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あなたの手

ゆらゆら揺れている。

それは心?記憶?それとも現実?


深い深い思いの底の方に眠っているかすかな記憶。

私であって私でない時からの記憶。


レンは昔、笑わない子だった。

一緒にいてもちっとも笑わない、表情が変わらない、一緒にいて楽しいのかな?それとも私は嫌われているのかな?

一緒に楽しみたい、少しでも私を好きになってほしい。

昔は彼の左手を握って、引っ張っていたのはいつだって私だった。


一緒に庭を散歩した。

花の名前を教えてあげたけど、興味がなかったようで無視された。

ナイショで木登りをして降りれなくなって呆れられた。

無理にベットに引っ張り込んで、一緒に毛布にくるまってお昼寝した。

私の嫌いなブロッコリーを食べてくれる代わりに、レンの嫌いなトマトを食べてあげた。

湖に落っこちそうになって凄く怒られた。

でも怒っている表情が、いつもの仏頂面じゃなくて私を見てくれるのが、嬉しかった。

私が泣くと困ったような表情で頭を撫でてくれるから、わざともっと泣いてみたら、嘘泣きはバレてしまって笑われた。


行こう、楽しいよ!

私が引っ張る手をイヤそうにしなくなり、笑ってくれるようになった。

嬉しかった。

私を見てくれるようになって、私に笑いかけてくれるようになって。

レンの左手に自分の右手を重ねると、私はいつでも安心できた。


昔、昔、一度だけ、大好きな人に手を握ってもらえて嬉しかった、幸せだった。

最後のその瞬間まで彼の左手が私の右手を離さず繋いでくれて、本当に嬉しかった。

彼の手は小さくても大きくても、昔も今も私を守ってくれる、幸せにしてくれる大好きな手。

・・・あれ?でもあの大きな手はだれだったんだろう。

私の大好きな人は、レン・・・れん?



ザバァっと水がかかり意識が戻る。

あれ、今何か夢を見ていたような気がするけど、思い出せない。

前髪を伝って水が落ちるのを、まだ覚醒しきらずぼーっと見てしまう。

私、どうしたんだっけ?

冷たい床と水が服に染みていく感覚にぶるっと身震いし意識がはっきりしていく。

そうだ、私はメアリアン様の馬車に乗っていた時に意識を失ったんだ。

ここはどこだろう?

薄暗く湿気を感じるどこかの倉庫?地下室?のようなところに後ろ手に手を拘束し、足首も縛られて床に転がされていた。

私の他には見知らぬ男が二人いて、そのうちの一人は私の目の前で顔を覗き込むようにしている。

多分水をかけたのはこの人だろう。


「おっ、起きたか」


ほんとに綺麗な姉ちゃんだなと言いながら、私の顎に手をかけ上に向かせる。

ぞわっっという、気持ちの悪い感覚が全身を包み、気持ち悪い。

やだ、やだ、やだ、この手はやだ!


「やっ、離して」


「手出すなよ。雇い主に怒られるぞ。五体満足に連れてくるって契約になっているんだから」


「分かってるって。で、意識戻してどうすんだ?」


「そろそろ来るころだからな」


階段を降りてくる足音が聞こえ、重い鉄の扉がギーッと大きな音をたてて人が入ってくる。

予想通りの人フレイアとその隣にいるのは確かアーセル侯爵家の次男とメアリアン様だった。

メアリアン様は特に怪我もなく何か酷いことをされた様子もなく、無事な姿を見てホッとする。


「あら?驚かないのね。助けが来るから余裕ってことかしら?」


「余裕なんてありません。一緒にいらっしゃった皆さんは無事ですか?!あと、フレイア様とは先日お会いしましたが、アーセル公爵家の方は、申し訳ありませんがお名前をご存知なく初めてお会いするかと思います」


名前を知らないということが気に障ったようで、侯爵家の次男の方が私の前にしゃがみ込んで私を見下ろして言う。


「僕はヤロン・アーセル。よく覚えておいてね、カサヴァーノの妹。で、僕はカイに一泡吹かせられればいいんだけど、この妹をどうするんだ?」


「ヤロン様、少し待っていてください。私、この子に聞きたいことがたくさんありますの。あなたのお付きの方々には帰っていただきましたわ。誰も殺さないでと言っておいたけど、大丈夫よね」


大丈夫だと先ほどの男の人たちが答える。

それはちょっとホッとしたが、ヤロンという人はカイ兄様に何か恨みでもあるのだろう。

カイ兄様はとても真っ直ぐな人だから、それを好ましく思う人にはいいけど、その分敵を作りやすい。

今回はそこをフレイアに利用されてしまったのかもしれない。

まだ薬が抜けきっていないのだろう、うまく体に力が入らず起き上がることが出来ず、二人を見上げた。



「さて、本題。あなたどうして私のポジションに収まっているのかしら?確かあなたは『カサヴァーノ家の妹』というはずだったけど?」


「先ほどから何を言っているか分かりませんが、私のポジションとは?なんのことですか」


私を覗き込むフレイアの胸元からポロッとペンダントトップが転がり落ち、私の前でユラユラ揺れる。

これは琥珀?

琥珀を守護宝石とする攻略対象は存在しない。

でもこの石からは、石の力と、それを送った人のとても強い強い想いの力を感じる。

ふと、この石から感じる力を持った人が思い浮かぶ。

黒髪なのに日にかざすと薄い透けたような茶色に見える髪や胡桃色の瞳の人。


「ユウヤ様?」


急に顔色が変わったフレイアは私の襟元を掴み、引きずり起こして声を荒げる。


「なんで、あなたがユウヤを知ってるの?!ユウヤまで取るの!?なんでも持っているあなたが、みんなに愛されているあなたが」


バンと手を離されたが、力がまだ入らない私は水溜りの中に倒れ込む。

やっぱりあの石から感じるのは東国のユウヤ王子の想いの力。

どうゆうことだろう?なぜヒロインから関わりのないはずの東国の王子の力を感じるのか。

それもとても大切に思っている、恋人に贈ったような想いを感じるのか。


「私はあそこにいたかったのに、ヒロインの役割なんていらないのに。ヒロインになんてなりたくないのに。それなのに、私いらないじゃん。もうヒロインいるじゃない」


ユウヤ・・・と泣き出すフレイア。

もしかして、この人もゲームの補正の被害者なのかしら?


「フレイア様、ユウヤ様は今ルノアにいらっしゃいます。あなたを探しにきたのかもしれません」


「嘘よ!だって私待っていた。3年待ったのに来てくれなかった。なんでそんな嘘つくの!」


嘘なんてついていない。

石の輝きが真実を訴えている。

ユウヤ様はフレイアを探しに来たと、そして今も彼女のことを大切に想っている。

フレイアはグズグズ泣きながら、


「あんたがいたから、話が変わった。私に見せられたビジョンとは全て違う展開になっている。私にこれをしろとここに連れてこられたのに、全て邪魔される。これじゃあここに来た意味がない。私の存在意義がない」


やっぱり補正だ。

転生者でもゲーマーでもない、この世界に暮らしていた普通の女の子だったのにゲームの補正でヒロインさせられたんだ。

どうやったら、分かってもらえるのだろう。


外にいた男の人たちが数名中に入ってきた。


「やばい、見つかった。黒髪の超強いやつがもう一人の女を連れて逃げた。追いかけているが、援軍が来るのも時間の問題だ!さっさとずらかるぞ!!」


ジュローム様がメアリアン様を連れて逃げてくれたんだ。

よかった。

そのうち騎士団がここにきてくれるだろう。

それまでなんとかフレイアを元に戻さないと。


「話が違うぞ!フレイア!!僕はカイの奴をちょっと困らせる程度でよかったのに、なんでこんなことになるんだ!!」


「ヤロン様何を言っているんですか?この子ファーレン王太子の大事な人ですよ。未来の王太子妃を誘拐しただけでも重罪になるって、初めから分かっているでしょ。私はもうどうでもいいけど・・・」


最後は消え入りそうな全てを諦めた言葉だった。


「ぼ、僕はヤダ!こいつらさえいなくなればいいんだ、僕は知らない、何も知らない」


ギャーと叫びながら思い扉を開けて鍵をガチャガチャ閉めて、出ていった。

私とフレイアは閉じ込められてしまった。




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