待って、どうしてここにいるの?
式典に参加された皆様はこれから王城に移動し、貴族の花祭りの始まりのパーティーが開催される。
レンは王太子として参加するが、私はまだ婚約者として公表されていないので、ここまででお役御免となる。
「ごめんね。いつも祭りの初日を楽しめなくて。真っ直ぐ屋敷に戻るんだよ。祭りは明日から一緒に楽しもうね」
「レンも大変だと思うけど無理しないでね。明日、いつものところで待ってるね」
私の頬に優しく唇を寄せると、陛下や王妃陛下と一緒に城に戻っていく。
レンとはここでお別れ、手を振り見送る。
ごめん、レン。
今日は言いつけを守らずに一人で城下町に行ってきます。
私が一人で動けるのは今日だけだから、フレイアを探してみようと思う。
一人で出かけることは内緒にして、家の馬車は屋敷に帰るよう御者に伝える。
花祭りの期間は馬車は城下への乗り入れを禁止されているので、大回りで帰るので、屋敷に戻るまで時間がかかる。
今日は私の一人でのお出かけが発覚するまで、時間が掛かると思われるので、絶好のチャンス日和なのである。
堂々と大門から歩いて外に出ようとして、ハッと思い出し目を閉じ体内にある光を髪に引き出すようなイメージ作ると、私の銀髪がみるみる金髪に変わっていく。
私が最初に覚えた魔法みたいな力。
銀髪は珍しくとても目立ってしまうので、街に行くときは必ず髪の色をレンと同じ金髪に変えている。
よし!久しぶりだけど上手にできた!
私は城下に向け、歩き出した。
城下は花祭りの露店が並び、たくさんの花々が飾られ、おめかしをした人々が往来しとても賑やかだ。
「おっ!アルちゃん久しぶり!この頃見なかったけど元気だったかい?」
パン屋の露店の店主が気軽に話しかけてくる。
レンが忙しくなる前は一緒によく城下で遊んでいたのでこのパン屋の主人とは顔見知りなのだ。
もちろん私たちの素性は教えていないが、どこかいいとこの貴族のお坊ちゃん、お嬢ちゃんと思っていると思う。
安全も兼ねて、呼び名も普段と少し変えている。
私はアル、レンはレーン。
レンはあまり変わり映えがないが、私が呼び間違えそうだからそうなった。
「今日は彼氏くん一緒じゃないの」
「か、か、彼氏ですか!?」
真っ赤になって盛大に慌てる私に店主の奥さんがカラカラ笑う。
「なんだい、やっとあの子は彼氏に昇格できたのかい。そいつはよかったよ」
お祝い、お祝いとパンを紙袋に入れて渡してくれた。
どうもレンからの好意に、全く気付かない私にヤキモキしていたらしい。
そんなにわかりやすかったかしら?
「でも、大丈夫かい?一人で歩いているの、レーン君はあんまりいい顔しそうもないんだけど。治安のいいペレとはいえ、アルちゃんみたいに可愛い子は一人じゃ危ないんじゃないかい?」
「今日は内緒で来ちゃいました。でも、多分一人じゃないから大丈夫です!」
?顔の奥さんに祭り中に今度は二人で来ると約束をして、街中を進む。
一人だけど多分一人じゃない。
あのレンのことだ、私がちゃんと屋敷に帰るまでジンさんを護衛につけていると思う、というか必ずいる。
そう思うとちょっぴり安心だ。
さて、フレイアはどこにいるかしら。
中央広場にやってきて周りを見渡す。
ドクンと心臓が大きく跳ねる。
なんで、なんで・・・
考えるより先に体が反応し、今視界から消えようとしている人を追いかける。
なんで、あなたがいるの!?
待って!待って、行かないで。
なんで!!
路地裏の横道に入っていく人影を私も横道に入り追いかける。
その人の広がる袖の端をなんとか掴んで引っ張ると、その人は少し驚いたようにゆっくり私の方を振り返った。
なんで、なんで、
「ゆうき・・・先輩?」
言い終える前に袖を掴む手をひねり上げられ、第三者がその人と私の間に入り込む。
「なんでその名前知ってんだよ。お前誰だよ」
痛い!と思った瞬間に掴まれていたはずの手が離れ、私はジンさんに抱き抱えられていた。
「お前こそ誰だよ。うちのお嬢様に何してくれるわけ」
バチバチと火花が飛び交っている中、私が捕まえた人が優しい表情をする。
「申し訳ない。私の連れが大変に失礼なことを」
「しかし殿」
「コウ。女性に対して失礼だ。怪我はないかい」
とても似ている。
黒髪なんだけど陽の光に透けると茶色く見えるところも、優しく細める胡桃色の瞳も、本当にそっくり。
前世の時に恋した『結城先輩』に。
「私はユウヤ。こっちコウで連れ。でも君は、名前なんで私の知っていたの?会うのは思う初めてだと」
ん?!ちょっとルノア語の喋り方がおかしい。
「もしかして旅行者の方ですか?」
コウさんと言う人が、東国語を話していたので東国語で話しかけてみると驚かれた。
「あなたは東国語が話せるのかい?」
「はい、少しですが」
すると、コウさんが余計に怪しい目で睨んできた。
そうですよね、ますます不審者ですよね。
あはははと、笑いながらジンさんに下ろしてもらうが、ジンさんは私を斜め後ろに隠すような体制を変えようとしない。
「ユウヤさんと言うのですね。私はアルと言います。先程はこちらこそ大変失礼を致しました。あなたが、知り合いにとても似ていたので」
「そうなんですね。その方もユウヤと言うんですか?」
私は首を傾け、曖昧に笑った。
もうその人には会うことはできない、名前も読んではいけないと思うから。
よく見るとかなり地位のある人なのだろう。
東国の洗練された衣装を着ている。
着物の袖のように少し広がった袖に、昔の中国の宮廷を思わせるような形の服で、華美でない程度さり気なく金糸と銀糸で刺繍がされている。
そこでふと思い出したのが、東国の王族について学んだ時のこと。確か王族の中にユウヤという人がいたと思う。
「あの・・・ユウヤ様はもしかして第三」
と言いかけて驚く。
いつの間にか私のそばに立ち左手を取り、自分の口元に寄せ手の甲にキスをしながら、反対側の人差し指を私の唇に寄せその先は言わせないと言いたげな表情。
「その先は内緒!」
「なっ!!」
似てるのは顔だけだ!
この人も恥ずかしい部類の人だ!
しかし驚いたが慌てたのはジンも同じだった。
まずいここで手を出したら外交問題になりかねない。
「やめろジン」
私がダメと止めるよりも前に、威圧的でとても怒っている声と共に私の腰に腕が回されフワッと抱き寄せられる。
安心するたった一人の香りが包み込むように抱きしめてくれたが、漂う雰囲気がかなり怒っている。
「勝手に人のものに触らないでもらえますか」
怖くて顔が見られないが、睨みつけてるんだろうなぁと想像ができる。
「へー、君が出てくるなんて驚いたよ。この子は君にとって大切な人なのかな?でも、確か彼女は銀髪だったんじゃなかったっけ?!」
「そんなことまで知られてるんですね。東国の情報網は凄いなぁ。で、今日は式典に出席されてなかったと思いますが、なんでいるんですか?」
「お忍びだよ。それに誤解しないでほしいんだけど、先に触れてきたのは君のお姫様だからね。とばっちりはごめんだよ」
ひらひらと手を振りコウさんをともないユウヤ様は広場の方に戻っていく。
ウインクひとつして、
「じゃあ、またね。アルちゃん」
なんて、言って機嫌よく行ってしまう。
これが先輩によく似た東国の第三王子、ユウヤ・ダイレン殿下との初めての出会いだ。




