色々、それは色々あったんです(ジュローム視点)
殿下とアルメリア様をお見送りし、メアリの持ってきたサンドイッチを一緒に最後まで食べる。
メアリが作ったわけではないが、残したものを持って帰すわけにはいかない・・・が、さすがには全部は無理だった。
責任をもって俺が持って帰ることにしたが、殿下に持たせればよかったと、反省する。
「アルメリア様大丈夫ですかね・・・」
「殿下が一緒だから大丈夫だろう。明日、いつもと同じようにお会いしよう」
「うん」
にっこり頷くメアリ、あ~、可愛い。
絶対に顔に出さないが、メアリの笑顔に心の中でつぶやく。
さて、殿下からの指令を遂行しないといけないが、どこから取り掛かろうか。
メアリと一緒にランチの片づけを行い、一緒に持って行く途中、黒髪で漆黒の瞳の一人の学生とすれ違う。
すれ違い際に小声で指示を出す。
「バーミンガム男爵領に行き、フレイアについて調べろ」
「承知いたしました」
彼は同じクラスに潜入している殿下の密偵のジン。
年齢は俺たちよりもっと上らしいが、本当の年齢は知らない。
周りのご令嬢たちに人気があり密偵にしてはとてもいい顔をしている。
仕事をするには人に記憶され動き難いのでは?と心配になることがあるが、そのようなことはないようで、どこにでも潜入出来、欲しい情報を手に入れてくれる。
本当は殿下からの指示で動く彼だが、必要なときは俺の指示でも動くよう、殿下から言われているので、今回はお願いすることにした。
バーミンガム領は往復すると2日ほどかかるので、調査と合わせて早くて3日ってとこかな。
そんなことを考えながら、メアリの後に続き、校舎への足を進めた。
午後の大陸公用語の事業を終え、今日は早く帰って王都で出来る調査を行おうと思っていたのだが、メアリがいない。
帰りは一緒に帰るので探していると、誰かを前に頭を下げている様子が見えた。
誰だ?!メアリはアルメリア様には適わないが、ルノア王国の公爵家メアリアン・ラスティン公爵令嬢だ。
学園内で人に頭を下げるなんで、中々ない。
相手は誰だ?と前に立つ人を確認すると、チェリーブロンドの巻髪にチェリーピンクの瞳、調査対象のフレイア・バーミンガム男爵令嬢だった。
ありえないだろ、相手は男爵令嬢だぞ!
ルノア王国は爵位を重んじている。
同じ公爵家でも筆頭公爵家から末席公爵家まであり、その下に侯爵、伯爵、子爵、男爵、准男爵、士爵と続くのだ。
その爵位の高い公爵家の令嬢が男爵家令嬢に頭を下げるなど・・・周りで様子を伺っている学友たちも小さな声の騒めきが聞こえだした。
まずい、このままではメアリがよくない噂を立てられてしまう。
「メアリ、どうかしたのか?」
どこか目がうつろのメアリを心配しながら、フレイア嬢と目が合った瞬間、頭の中からメアリのことも何もかも一瞬忘れ、この令嬢を抱きしめたいと感じ手を伸ばしてしまった。
「ジュジュ・・・」
制服の上着の裾を引っ張りながら、幼い頃の愛称でメアリに呼ばれて、ハッと手が止まる。
イマ、ナニヲシヨウトシタ?!
自分の意識とは違う行動にゾッとする。
メアリがこう呼ぶ時は、困った事がある時や泣きたい時など、心が弱くなった時だ。
振り返って顔を見ると大きな瞳に涙をいっぱいに溜めて、今にもこぼれ落ちそうだった。
泣いてもメアリは可愛い、でもその泣かせたのが自分じゃ無いとこに腹が立つ。
こいつ何様だ!
「あなたがジュローム様?とっても知的な雰囲気に瞳が本当に綺麗ね。ドSキャラなとこもいいわ〜。ねぇメアリアン、まだ婚約してないんでしょ?!私がもらってもいいよね」
目をギュッと瞑った事で涙が溢れ落ちる中、胸を押さえながらイヤイヤと首を振っていた。
でも声が出ないように見える。
それが分かるのは、異を唱えたい俺も声が出せないからだ。
なんだこの感覚は・・・
「まぁ、いいわ。ところでレン様はどこ?メアリアン、レン様のところに連れて行ってちょうだい」
「・・・殿下は、帰城されましたので、学園にはいらっしゃいません」
「え~っ、そうなんだ。残念」
不服そうに頬を膨らませ、まぁいいわと呟きぞっとするような笑顔を浮かべた。
殿下が令嬢かと思ったが、纏っている雰囲気が異色と言っていたが、俺も同じように感じた。
ぞくっとするような全てを喰らいつくすような、まるでそれは蛇に睨まれた蛙のよう。
この世界の異端としか感じられなかった。
『じゃあジュローム様でいいわ。私と一緒に来て、私の駒として働き私に忠誠を誓い、私のために一緒に過ごしましょう。私はあなたの天使なんだから』
「くっ・・・」
頭の中に直接響いてい来る声に首を振り抵抗する。
なんでお前のために働かなきゃいけない、俺は殿下に忠誠を誓い、あの人の作りたい世界のために働くと決めたんだ。
やめろ、やめろ、やめてくれ!
「ジュジュ!!」
ハッと急に周りが見えるようになり、頭に響いていた声が消える。
目の前では俺を見つめ大きな瞳からきれいな涙をハラハラ流すメアリがいた。
「メアリ・・・」
「ダメだよ行っちゃ。行っちゃイヤだ」
「うん、ありがとう。行かないよ、俺は君と殿下のために生きるって決めてるから」
大事なメアリ、そっと抱きしめ腕の中に感じる温かさが俺を元に戻してくれる。
この温かな存在を守るためなら、なんだってする。
メアリを抱きしめながら、フレイア嬢をにらみつける。
「そういうわけだから、ご遠慮するよ。俺はこっちにいたいんだ」
「う~ん、なんだか色々変なことが多いな。みんな私の求めるストーリーにならない。何かバグが存在するのかしら。それなら見つけて排除しないとね・・・」
怖い。
何を考えている・・・
「またお会いするのを楽しみにしているわね、ジュローム様。それとメアリアン」
フレイア嬢が離れていくと、息が出来るようになり肩の力が抜けるような感じだった。
「私、あの方が怖い。あの方の言うことを聞かないといけないような気がしてしまう。アルメリア様を裏切ってしまうような気がして、怖いの。とっても怖い・・・」
ポロポロと涙を流し、俺の胸に顔を埋めて泣くメアリの涙は暫く止まりそうにない。
俺も同じような恐怖を感じた。
あの頭の中に響く声と、言うことを聞かなければいけない感覚と、メアリだけを愛しているはずなのに、お前の天使は彼女だ彼女だけを愛せと、心が訴えてくる。
この変な思いや感覚を殿下に伝えなければと思った。
メアリを落ち着かせ屋敷に送ってから、城に伺うと殿下はアルメリア様を送って行っていて、いなかった。
待たせてもらうと帰ってきた殿下は、ちょっぴり嬉しそうで何かいい事があったんだ・・・と顔に書いてある。
あの後何があったか知らないで!と怒りのオーラのようなものが出てしまったが、殿下にことのあらましを話すと深いため息の後、テーブルに膝を付き腕を組み考え事をするような表情をした。
「で、おまえは怒っているというわけだな」
「メアリをあんなに泣かせたんですよ。当たり前じゃ無いですか。殿下だってアルメリア様が泣かされてたらどうですか」
「もちろん許さない」
同じだよ!と思う。
お互い、相手に何かあった時の心の狭さは同等だと認識している。
「あのキミノワルイ声にどう対抗するかは、まだ分かっていませんが、自分で気持ちを保ち、大切な人の呼びかけが一番効果があるように感じます。ジンに、バーミンガム領に行ってもらいましたが、どこまで分かるか。俺もこれから王都でわかる範囲やってみたいと思います」
「頼んだ」
絶対に、あの声に負けないと心に誓った。




