フレイア・バーミンガムという女(レン視点)
手の震えが止まらないアメリーは、下を向いて自分の方を見てくれない。
少しでも落ち着けるようにと手を包みこむが、震えは止まりそうにない。
やっぱり、あいつがアメリーを苦しめている原因か。
フレイア・バーミンガム男爵令嬢。
チェリーブロンドの巻き髪、チェリーピンクの大きな瞳、一般的には美少女という部類に入るのだろうけど、俺の一番がアルメリアだから、あ〜可愛いんじゃないの程度の感想。
特に仲良くしたいともなんとも思わないはず、なんだけど・・・
なぜかその手を取らないといけないと思わせる、抱きしめたいと思わせる、今思うと鳥肌がたち、マジ吐きそうなくらい不快な出会いだった。
街の教会に花祭りのことで父と一緒に訪れたのだが、急に後ろから体当たりをされて驚いた。
なんで、こんな広いとこでぶつかる?!
非常識な奴はどんな奴だと顔には出さずに振り返る。
目があった瞬間その一瞬だけ、周りの何もかも忘れて見入ってしまう、そんな力のある瞳に魅了された。
無意識に手が動き相手の手に触れようとした瞬間『レン』と俺を呼ぶアルメリアの声が聞こえて我に帰る。
今、俺は何をしようとしてた?
パッと距離をとり相手を睨みつける。
こいつなんだ?
「あれ?おかしいな」
なんて小首を傾げて笑顔を浮かべるが、何だか作られた笑みでゾクリと、冷や汗が背中を流れる。
「はじめまして、ファーレン殿下。私はフレイア。あなたのために舞い降りたあなただけの天使よ」
「・・・」
こいつ何言ってんだ。
でも、頭の中でそれを認めろと、この手を取れと騒ぎ立てる感情があり、あまりに強い思いが押し寄せぐらぐら揺れて気持ちが悪い。
近くの壁に手をつき息を整える。
急に体制を崩した俺を心配したのか、顔を近づけ覗き込み笑った。
「大丈夫。レン様」
ゾワッと、今まで感じたことない悪寒が全身を包む。
気持ち悪い。
なんだこいつ、怖い。
それにお前には許してない。
呼ぶな、その名で呼んでいいのは一人だけだ。
気持ち悪くて言葉が出せない俺は、睨みつけることしかできなかった。
「ふふふ、なんだか思っていたのとだいぶ違うけど、推しのレン様に会えてよかった。私のこと絶対に忘れないでね」
「・・・お前に、その呼び名を許してない」
やっとの思いで絞り出した声は掠れていたが、睨みつけることだけはやめなかった。
そうでないと、俺が俺でなくなりそうだったから。
「あら、いいじゃない。あなたは私のためだけの王子様なんだから。花祭り楽しみにしてるね」
にっこり微笑む顔から眼が反らせない不快感と、動くこともできずに立ちすくす俺に背を向け、従者と共に去って行った。
その姿が離れていくにつれ、やっと息ができるようになり、重く感じていた圧力もなくなった。
今まで俺の異変に気づいていなかった俺の従者が、慌ててそばに来たので、今の令嬢について調べるよう指示を出す。
花祭り。
アルメリアと行く約束をしている大事なお祭り。
あいつがアルメリアを苦しめている。
それに、俺の中にある別の感情や気持ちや想いが混在していて、気を抜くと俺じゃなくなってしまうようで、本当はもう二度と会いたくない。
なによりもアルメリアの前で俺でなくなることが、彼女を傷つけてしまいそうで、とても怖い。
誰よりも何よりも傷つけたくない、大切な大切な愛しい俺のお姫様。
先ほど話した通り、どうも夏が過ぎた頃転入してくるらしいことは分かったが、まだ相手についての資料が欲しい。
ジュロームがこちらを伺っているので、小さく頷くと奴も頷き返す。
ジュロームは俺の右腕として働いてもらう予定で、とても有能だ。
目配せだけで、今俺が何を求めているか分かったのだろう。
『フレイアを調べろ』
明日には今手元にある以上の資料が揃うだろう。
「アメリー、今日はもう帰ろうか。体調が良くないみたいだし、送っていくよ」
小さく頷くのを見てそっと抱き上げる。
普段だったら怒って中々させてくれないお姫様抱っこだが、今は何も言わずに受け入れギュッと首に手を回して抱きついてくる。
無意識だとほんと可愛いことしてくれるんだけどな。
腕の中の宝物をそっと大事に抱きしめた。




