あの時はありがとうございました
花祭りが終わって1ヶ月が経とうとしている。
祭り気分が終わった街中だが、その時飾られていた花々はまだ街中を彩り、街中を美しく飾っていた。
「今日やることはもう終わりか・・・」
机の上に並べられていた書類は決済済みの箱に入れられ机の上はスッキリしている。
また今日の分の勉強の課題も終わってしまい、先ほどランバートが先生に持っていってくれたことで、珍しく全てが予定時間よりも早く終わってしまったのだった。
何しようか・・・
考えてもこちらも珍しく何も思いつかない。
手持ちぶたさを感じて窓から外を眺めるしかなかった。
今日は青空が美しくとても気持ちのいい1日だった。
本当ならアメリーのところに行って一緒に散歩に出かけたいと思うところだが、今日は僕と違いアメリーは一日忙しい日だ。
毎月10日はフェレノア叔母様と大神殿の祈りの間に籠り叔母様の女神としてのお仕事を見学する日となっている。
『力もない自分が何で・・・』
と、不安そうに言っていたが、一緒に祈りの間に入ることで、アメリーの魔力の質が上がっているように感じる。
本人も魔法が使いやすくなったと感じているようで、前ほど行くことを嫌がらなくなってきている。
そして、叔母様がされていることが、いかに素晴らしいことなのか、キラキラした瞳で話してくれるアメリーは未来の女神候補としての勉強が始まっているのだろう。
多分本人は気づいてないと思うけどね。
なぜなら、彼女だけが女神となれる王家の直系の血を引く唯一の女性なのだから。
『ふふふ、違うわ。だってあの子が女神なんだもの』
えっ、誰?
振り返っても誰もいない。
この頃ふっとした時に誰かの声が聞こえる時が増えてきた。
今回は女性の声だった。
それに、今のって僕の考えていたことに対する答え?!だったような気がする。
『僕たちの声が届くようになってだいぶ時も経ったし、そろそろどうかな?』
『いいの!?やったー!!ファーレンお許しが出たわ!いらっしゃい。待ってる』
「お許しって?待ってるって!!??どういうこと?」
『ふふふふ。そんなに喜んで本当に〇〇は可愛いね。ファーレン、自分でここまで来ないと意味がないから、頑張ってきてね。待ってるよ』
一体誰?
「だから待ってるって?!どこに?」
それっきり声は聞こえなくなってしまった。
たまに聞こえてきていた、心地よいと感じる声。
でも、本当にあなた達は誰なの?
どこに行くは分からなかったけど、僕は呼ばれる声を頼りに呼ばれていると感じる方に向かうことにした。
そしてこの時、全く気づいてなかったが、僕の周りには誰も居なかったのだ。
そうランバートも、常日頃僕の影に徹しているはずのジンさえも。
誰にも会わない。
回廊でも、庭でも・・・
頭がぼーっとしてきて、どこに向かっていたのかさえ分からないけど、足を止める気にはならなかった。
気付くといつの間にか城を出ていたようで城の裏手に立っていた。
どうやってここまで来たんだ?
首を傾げる僕だったが、馬の鳴き声がして驚いて振り返る。
「キース?何でここに?!」
ぶるる・・・と鼻を鳴らし、こちらを見ている僕の愛馬のキースがそこにはいた。
こんなところにいるなんて?と一瞬頭をよぎるが、キースの瞳が背中に乗れと言っているように感じる。
「乗ればいいんだね」
無言は肯定。
彼はどこかに僕を連れて行きたいようだった。
ヒラッと飛び乗るとキースは軽く駆けるように森の中に入っていった。
気づくと、城の裏の湖に来ていた。
「ここは・・・」
そう、まだ僕がアメリーを大切に思っていたのに、気づいてなかったころ、一緒に来た湖。
(懐かしいなぁ。あれから7年か)
キースから降りて湖の方に歩いて行く。
もう7年もたってしまったんだ。
まだ前世の記憶を思い出してなく、ただただアメリーのそばが心地良かったくせに、それに気づかないふりをして、好きな気持ちに蓋をしていたあの頃。
今も好きで仕方がない僕の重い思いに、蓋をしていることには変わらないけど、どこにも逃げられないようアメリーに好きになってもらえるよう頑張っているから、少しは成長したのかな?!と、思っている。
懐かしい気持ちであたりを見回すと、シロツメクサの花畑の中に座っている2人が目に留まる。
(あれは、だれ?)
僕は2人の方に近づいていった。
『やあ、こんにちは!待っていたよ』
にっこり笑って優しく僕のことを見つめるその人は、僕と同じ色を持った人だった。
「あなたは、あの時の・・・」
あの時、あの落馬の事故の時、力のない僕の代わりにと言ってアメリーを助けてくれた人だった。
そしてその隣に座りこちらを見て微笑んでいる、アメリーによく似た金の瞳の女性。
その人はアメリーと全く同じ色を持った人だった。
「あなた方は、一体・・・」
『わかってるんだろう、ファーレン。僕らが誰で、君が何なのか。心の声を素直に受け入れたらいいだけだ。僕らからはそれ以上は答えてあげられないから』
この声だ。
いつも迷っている僕に助言をしたり、優しく導いてくれた声。
本当は分かっている、生まれてからずっとどこにいても感じていた。
街中で、城の中で、そして大神殿の中を満たす力の波動を感じたことがあるから。
あなた方が神だって。
この国を作った光の神と花の女神だってことを、頭が、心が、そして覚えてもいない先祖の記憶のかけらがそう言っている。
そして・・・
「僕は、あなたなんですか?!」
『その問いかけにはNOだよ。君は僕じゃない』
「でも、あなたから感じる力は僕の魔力にとても近いと思われます。同じなのに、僕はあなたではないんですね。じゃあ、僕は僕?!神は神!?じゃあ、僕はあなたの力を伝える巫女みたいなやつなのかな?」
『ほー。本当に察しのいい頭のいい子だね」
男性の方が、花畑から立ち上がり僕の前に来て腰をかがめて目線を合わせてくれた。
『正解かな。君は僕の力を受け継ぐ者。今代の継承者くん』
そう言って優しく頭を撫でてくれた。
「継承者?!」
『そう。僕らの力を増幅させてくれる、僕らの愛するルノアを一緒に護れる力を持って生まれてくる者。だから、君は君であって、僕にはなれない。だって僕らは常にルノアと共にいるのだから。そして、僕は光の神コウイン。よろしくねファーレン』
『ファーレン!!やっと私たちを見てくれたね。ほんと可愛い!!!可愛いよ〜』
キャーキャー言いながら、急に立ち上がった女性に抱きしめられしまい僕は慌て出す。
「あ、あなたは!ということは、花の女神様ですか??!」
『そう、私はフィーミア。花の女神でコウインの奥様。よろしくね、可愛いファーレン!』
何だか可愛い、可愛いと言い過ぎではないか?!
僕もう10歳だし男だし。
ムスッとする僕に女神のフィーミアは『ん?どうした?』と、腕の力を緩めて顔を覗き込んでくる。
「僕、可愛くないですよ。男に可愛いって言っても喜ばれませんよ」
『いや〜ん!!可愛い!なにその顔!!』
言っても無駄だった。
はあぁ〜〜、盛大にため息をついてしまった。
『ごめんね。フィーミアにとって、みんな可愛い子どもなんだ。そして自分たちの子孫への愛情は特別なんだ。可愛いって言っても怒らないでね』
そんなフィーミアが可愛い!なんて言っているこの二人。
光の神、女神のこと溺愛すぎじゃない?!
これもルノアの血筋なのか?
色々疲れてきてため息しか出ない。
でも、ストンと普通にこの神のことを受け入れられる。
心のどこかで流れている血が、これが当たり前とわかっていたのだろう。
そして、
「光の神。あの時はアメリーを助けてくれて本当にありがとうございました」
やっと、5年かけて僕は僕とアメリーの恩人にお礼を言えることができたのだった。