嫌がる彼女と花祭り
ユウヤ殿下との初顔合わせは僕の動揺という、完璧な敗北だったが、その後の歓談では平常心で臨めたと思っている。
話をすると彼は本当に聡明で頭のいい東国の第三王子で、人当たりも悪くないと感じた。
だからこそ、気づいてしまった。
絶対にアメリーに会わせたくない!
と。
多分、前世の僕たちはいい関係を築けていたと思う。
僕は莉愛が好きだったし、楽しそうにしていた雰囲気から彼女も少なからず蓮のことは嫌いではなかったはずだ。
まだ前世の記憶が戻っていないアメリーがユウヤ殿下にお会いして、好意を持ってしまったら?記憶を思い出して東国に行ってしまったら?
僕には耐えられない!
絶対に会わせてはいけない・・・
心に固く誓うのだった。
しかしこれから5年間、ユウヤ殿下は公にルノア国に訪れることはなく、あの日のアメリーとの遭遇まで二人が出会うことはなかった。
僕は毎回この人を前にすると動揺してしまい失敗ばかりを繰り返してしまうのだが、それはまた5年後の話ということで・・・
「母上。今年もまだ妖精役ではないので衣装はいらないと思うのですが?!」
花祭り当日。
僕は今年も母上が作った可愛らしい花祭りの衣装を無理やり着せられていた。
「あら、毎年アルメリアちゃんとお揃いにしているのに嬉しくないの?!これからデートでしょ!母に感謝こそあれど、文句はないはずですわ」
「そ、それはそうなのですが」
そう。
僕はこれからアメリーと出かけるのだ。
多分今年で最後になるであろう、花祭りをルノア国の一般の民の一人として楽しむために。
まだ子どもの僕は花祭りのメインイベントである神殿で行われる式典に参加しなくても良いとされている。
式典後の夕方から行われる花祭りを告げるパーティーには参加しないといけないが、それまでは自由に祭りを楽しむことができる。
しかしそれも10歳である今年で最後だ。
来年からは神殿内で式典に参加をするようになるだろうし、もしかしたら花をもたらす妖精役をアメリーとすることになるかもしれない。
だからどうしても、最後に2人で神殿から溢れる奇跡のような金色と銀色の光をしっかり見ておきたいと、なぜだかとてもそう思うのだった。
「今年は二人とも色を青で揃えたのよ。背中の透けるほど薄いマントは妖精の羽根をイメージしたもので、ここだけは全くのお揃いで、後は雰囲気を似せてあるからね」
母上は本当に楽しそうだ。
娘が欲しかったと言っている母上にとって、アメリーは可愛いくて仕方がないらしい。
僕としても母上とアメリーが仲が良い事は嬉しい事なので、二人の関係を見守っている。
着付けが終わり僕をくるっと回らせると、母上は満足そうに微笑んだ。
そして急に表情を固くし、至極真面目に言うのだった。
「いいですか、ファーレン。決してランバートから離れてはいけません。いくらジンが常に側にいるとはいえ、わかる人にはあなた達が誰だか気づかれてしまうことでしょう。あなたの安全が最有力になる時、まだ候補でしかないあの子は、簡単に切り捨てられる。まぁ、王太子であるあなたの執着心がそんなことさせないとは分かってはいますが、何があるかわからないから十分気をつけてね」
「はい、母上」
5年まえ、僕の危険を排除することを最優先した彼らの事は忘れもしない。
それは、仕方がないことだったと理解ってはいる。
でも、・・・納得はしていないけど。
だからこそ、これからは絶対にそんなことにはさせない。
この5年間魔力はなくても、まだアメリーを護る事はできなくても、僕は僕を守れるだけの力をつけてきたのだから。
(本当に仕方がないほどの執着心よね)
僕を見つめて母上が苦笑する。
ただ1人の人と定めた相手にもしものことがあったら大切な僕も命を断ってしまうかもしれないとわかっているのだから、切り捨てることなどできるわけがない。
僕に自覚を持たすためだけの言葉だったのだが、ぐっと拳を握りしめている僕には、優しく見つめる母上の本当の気持ちには気付けなかった。
母上に挨拶をし出かけようとする僕の右斜後ろに私服姿のランバートがそっと並ぶ。
そう、ここが彼の定位置だ。
今日の僕らはどこかの良いとこのお坊ちゃんとその護衛に見えるだろう。
「ごめんな、ランバート。リリアンナおば様の具合があまり良くないのに僕の護衛につかないといけないなんて。誰か代わりの者、カノリにでも頼んでもいいんだぞ?!」
ランバートの奥方であるリリアンナおば様はこの頃体調があまり良くなく、ランバートも休むことが増えていた。
今日も本当は休みたかっただろうに・・・
「いえ、今日は殿下とアルメリア様をお守りしなくてはリリーに怒られてしまいます。明日からはお休みを頂き、カノリを護衛につけさせますが、今日だけは私で我慢してくださいね」
にっこり笑うランバートには申し訳ないが、アメリーも気心知れたランバートの方が話しやすいだろうからありがたい。
「よろしく頼む。でも今日の僕は『レーン』であって殿下ではないから気をつけろよ。あとアメリーは『アル』だからな」
「承知いたしました、レーン様。それではアル様を迎えに参りましょう」
そういうとランバートは僕の髪に触れ目を閉じて魔力を流してくれる。
僕の金髪は眩しいくらい輝いているので目立ってしまい、またここまでの金髪は珍しいので少し霞んだ金髪に見えるようにしてから城下には行くようにしている。
これはアメリーも同じことが言え、僕よりも珍しい銀髪は大変目立ってしまうため僕と同じくらいの霞んだ金髪に見えるようにして出かけている。
「ありがとう」
「どういたしまして」
素直にお礼が言えるようになった僕を褒めるように頭を撫でられてから僕らは厩舎に向かった。
花祭り期間中は街中は馬車の通行を制限しているため、カサヴァーノ公爵家に行くのがいつもの3倍から4倍、時間がかかる。
そのためこの期間の移動は基本馬を使う。
馬なら、街中を通らず森も抜けられるから、時間のロスがないのだ。
厩舎に行くと愛馬のキースに鞍が乗せられ、出かける準備ができていた。
「おはようキース。今日はアメリーも一緒だからいつも以上に優しく頼むな」
キースの鼻先を優しく撫でると甘えるように僕に擦り寄ってくるのがとても可愛い。
初めの頃仲良くなれなかったのが嘘のように、キースは僕のことを好きになってくれた。
そしてあの事故以来、馬に苦手意識のあるアメリーとも優しく触れ合ってくれたおかげで、キースになら乗ることができるようになった。
僕と一緒という条件つきだけどね。
僕らはお互いの愛馬に乗り、城の裏を抜けてカサヴァーノ家の邸宅にやってきた。
馬を降り手綱を持って玄関まで歩くと、顔馴染みの執事が出迎えてくれたが、困り顔でアメリーが部屋から出てこないことを教えてくれた。
(またか・・・)
着替えて準備も終わっている。
でも、部屋から出ようとしない。
そう、これは毎年のことなのだ。
ランバートにキースの手綱を預けると、僕はアメリーを迎えに邸内に入らせてもらう。
今日は花祭り。
神殿長である公爵と女神の大役をされる叔母様は昨日から神殿に行かれていて不在のため、勝手知ったる邸内、アメリーの部屋に向かった。
部屋の前に着くと扉をノックする。
「おはようアメリー。支度は出来ているかい?一緒に街へ行こう」
すると、アメリー付きの侍女がそっと中から扉を開けてくれ、
「殿下、おはようございます。お嬢様は体調がすぐれないということで、今日のお出かけは・・・」
と、言われた。
しかしこれも毎年のことで、侍女のウタも困ったような表情をしていたが、僕を拒絶する雰囲気は全くなく、なんならどうぞ連れて行ってくださいと言いたげだ。
「おはよう、ウタ。毎年ごめんね。と、いうことで中に入れてくれるかな?」
「どうぞ殿下、私は廊下で待ちしております」
中から『ウタの裏切り者!!』と言っているアメリーの声が聞こえたが、僕を室内に招き入れるとウタは廊下に出ていってしまう。
中には、ソファに座ったアメリーが涙目でこちらを睨んでいる。
「おはようアメリー。今年もとっても似合っているよ」
とてもとても可愛い。
僕とお揃いの青い衣装で、ふわふわしたイメージの可愛いアメリーにピッタリだ。
それにしても本当に行きたく無いなら着付けてもらわなければいいだろうし、なんならぐちゃぐちゃにしてしまえばいいだろう。
でも根が優しいアメリーは着付けてくれた人を思うとそれが出来ない。
ベットの中に隠れることもできないのだ。
毎年何で行きたがらないんだろう?
祭りに行けば楽しんでいるし、なんならこの可愛い衣装を着るのを喜んでいると感じる。
なのに花祭りはあまり好きで無い・・・
アメリーの心理の矛盾を感じながら、そばに行き左手を差し出す。
「さっ、行こうアメリー。式典が始まってしまうよ。僕は君と奇跡の光を一緒に見たいんだ!」
ぶつぶつ何か言っていたが、上目遣いに僕を見つめると、
「行かなきゃダメですよね」
「うん!」
にっこり笑って根気よく左手を出して待っていると、何度も手を出すことを躊躇していたがそっと右手が差し出されるのを待ち手を取る。
「可愛いお姫様。僕と一緒に花祭りを楽しんでね!」
にっこり笑ってその手を取り引っ張って歩く。
顔を真っ赤にして俯くアメリーは本当に可愛いかった。
ふっと忘れていたことを思い出して玄関で僕は立ち止まりアメリーに向き合う。
不思議そうに僕見るアメリーの結い上げられた髪を手に取る。
「出かける前に、やっておかないとね」
そう言って僕はアメリーの結い上げられ髪にそっと口付けを落としながら僕とお揃いの鈍い金色に見えるよう魔力を流した。
魔力量が少なくても、アメリーに流す魔力は僕の以外考えられないし、やった相手を許すことができない。
声にならない悲鳴をあげて先ほどよりも真っ赤になって慌てるアメリーに笑いかけた。
10歳。
王族としてで無い最後の花祭りを楽しむために、僕は大切な彼女の手を取り町へと向かうのだった。




