閑話 カイ・カサヴァーノ
僕には兄が2人と妹と弟がいる。
兄とは4才、7才違いで特に長男のノア兄さんは何でもできる憧れの存在だ。
そしてたった一人の女の兄弟、俺より1才年下の妹アルメリア。
初めての女の子をみんながかわいがる中、僕はどう接したらいいか正直分からなかった。
一緒に遊びたくても遊びが違う、森に連れていけば迷子になってしまい僕が怒られる、馬にも乗れない、すぐに泣いてみんなが優しく慰める・・・自分とはすべてが違う生き物。
たった一つ下なだけで、みんなに守られ優しくされる。
嫌いだ、嫌いだ、大嫌いだ!!
家族の中でただ1人アルメリアに優しくできなかった。
そんな僕が変わったのは6歳の時、アルメリアが落馬をしてからだ。
落馬をした馬場には僕もいた。
愛馬の毛並みを整えたり世話をしているところに、ファーレン殿下に連れられアルメリアがやってきた。
ポニーに乗る練習に来たのだという。
「カイ兄様のお馬さんは大きくてきれいですね!!」
目をキラキラ輝かせ、僕の馬を見つめる。
僕の愛馬は昨年生まれた栗毛の雌馬でカーラという。
年齢より背が高く馬に乗るのが好きだったので、父様から小さめの馬をいただいていたので、アルメリアのポニーよりは大きく見えたのだろう。
調教師と一緒にゆっくり乗馬を楽しんでいたアルメリアだったが、ポニーが急に暴れだし小さなアルメリアの体は投げ出され地面に叩きつけられた。
落ちていく姿がスローモーションで見えたことを今でも覚えている。
馬屋の調教師が慌ててアルメリアを抱き上げ、屋敷に掛けていく後ろ姿を何もできずに見送った。
ぐったり目をつぶったアルメリアの血の気の引いた青白い顔だけが目に焼き付いた。
このままを目を覚まさなかったらどうしよう。
目を覚ますまでの1週間は、とても長く感じた。
目を覚ましたアルメリアは何かが違った。
何が違うか分からないけど、目を覚ます前と何かが違う、僕の知っているアルメリアではないような気がした。
落馬のショックからなのか、今までより静かになり、雰囲気が落ち着いた。
でも、アルメリアはアルメリアで、僕の妹だ。
僕はそれ以降一つだけ心に誓ったことがある。
アルメリアは守られるべき存在で、僕の大切な妹なのだと。
あれから10年たった。
ノア兄さんやカムロ兄さんのように目に見えて甘やかすことはしなかったが、俺なりには妹を大切にしてきたと思う。
その大切な妹が思い悩んでいるのに、何もできない自分が歯がゆい。
そしてその原因であろう婚約者殿を前に、うろたえている妹。
妹との間に入り、そっと殿下に耳打ちをする。
「殿下、約束忘れないでくださいね」
あの時、落馬をしたアルメリアを前にファーレン殿下と約束をした。
『一生アルメリアだけを大切にする』と。
妹には聞こえないよう小さな声で、殿下に伝える。
「約束守ってもらわないと、相手があなたでも許しませんからね」
「約束を違える気はない」
まっすぐ見つめてくる澄んだ目にふっと笑いがこみ上げた。
俺の大事なお姫様をこれからも、守っていってくれることだろう。
ま、幸せにしてくれなかったら家族全員に一生恨まれ、国すらも亡ぼしてしまうかもしれないけどね。
怖い義兄を敵に回すなよ。
「んじゃあ、アメリー。自分の気持ちはきちんと話すんだな」
「え!カイ兄様」
慌てるアルメリアを残し、俺は屋敷に戻ることにした。