男と男の約束
アメリーが目覚めたことが本当に嬉しいと泣く家族に囲まれ、幸せそうに笑うアメリーの姿を、僕はそっと廊下から眺めていた。
家族に愛されている彼女の、笑顔が本当に嬉しい。
前世は複雑な家庭のようだったから、今世が幸せであってくれることが、嬉しかった。
心から良かったと思う。
そして、またアメリーの笑顔が見られて本当に良かった。
家族の団欒を邪魔をしては申し訳ないとアメリーの部屋の前からそっと離れ、自分が使わさせてもらっている部屋に戻ろうとする僕を、アメリーの一つ上のカイ兄さんが追いかけてきた。
「ファー様、ちょっといいか」
「はい、なんでしょう?!」
「ここじゃぁなんだから、外に出ないか」
「外?別にかまいませんが?」
じゃあ、支度をして後でと言ってカイ兄さんも自分の部屋に戻って行かれた。
支度とは?
僕は側にいるランバートに確認を取る。
「ランバートは聞いてたのか?」
「はい。アルメリア様が目覚められたら殿下との時間を作りたいとご相談を受けていました。それもここではなく、外で2人で話したいとのことでしたので、王城からキースも連れてきております」
「えっ?!カイ兄さんは乗馬でどこかに向かうつもりなのか!?」
「そのようでございます。殿下、もう上手に馬に乗れていると思いますよ。それに、本当はもうキースのこと怖いと思っていませんよね。自分に自信をお持ち下さい。自覚を持つちょうどよいチャンスと私は思っております」
ランバートはそんな風に言うけど、本当に乗馬は苦手だ。
キースのことは好きになってきている。
でもまだ大きな馬のキースを苦手と感じていることも本当なのだ。
でもいつまでも苦手で終わらせるわけにはいかないこともわかっている。
でも・・・
アメリーの落馬を目の前で見ているのに、僕はちゃんとキースに乗ることができるのだろうか。
不安を胸に抱えたまま、乗馬服に着替えるため、気持ちが乗らないまま部屋に戻った。
侍女に着付けてもらった僕の乗馬服は、上着は薄い緑を基調としたもので、ところどころに青で刺繍が入り、下は紺色でまとめられている。
僕が着る物は全て母上が決めている。
母上は僕に色々なものを着せるのが好きだが、どこか一つを贔屓にせず色々なブランドのものを用意してくれる。
着せ替え人形のようだが、センスがいいので特に嫌だと感じることはなかった。
しかしこれから先の花祭りで、アメリーと僕との2人の服装がコーディネートされていくことに繋がるとは、この時は全く思っていなかった。
「ランバート、これ新しいよね。あまり着ないんだから、体が大きくなって着れなくなるまで同じ物でいいと母上に伝えてくれ。無駄になるから国費が勿体無いってね」
「まぁ、乗馬服は後少しで卒業でしょうから、王妃様の趣味に付き合って下さい。それに、城下に貨幣を回すのも王家の役割でございます」
どこか一つを贔屓にしてませんしね、なんて言いながら『お似合いですよ』なんて笑うランバート。
乗馬の技術が上がれば、服なんてなんでもいいのだと彼は常々言っている。
そりゃあランバートなら騎士服だろうとパジャマだろうとなんでも乗れるだろうけど。
心の中で悪態をつきながら、ランバートを伴いカイ兄さんが待つ厩舎に向かった。
そして厩舎で待つカイ兄さんにも僕は悪態をつきたい気持ちになるのだった。
「ファー様、遅かったな」
すっかり支度を終えて待っていたカイ兄さんは、先ほど別れた時と変わらぬ服装で、ここにも服装を気にせずに乗馬ができる人がいたんだと思わずにはいられなかった。
僕より一つ年上なだけなのに、体つきに恵まれていることが羨ましいと感じた。
「すいません。まだ馬に乗ることが不慣れなもので服を着替えてまして、遅くなりました」
ふぅ〜ん、と気持ちが見えない曖昧な返事を返されるとヒラリと自分の愛馬にまたがる。
それを見て何だか反対に諦めがつき準備されていたキースに僕がまたがると、カイ兄さんは僕を促すとそれはそれは美しい姿勢で愛馬を走らせたのだった。
その美しさについ見惚れてしまい、出足がちょっと遅れてしまったが置いていかれないように慌ててついて行くのだった。
絶妙なスピードでカイ兄さんは前を駆けていく。
僕の後ろにランバートが続きその後ろに護衛騎士が2名ついてきていた。
緊張していた乗馬だったが、思っていたよりもキースの動きに合わせやすく、今日は今までで一番乗っていて楽しいと感じることができた。
そんな僕の変化を後ろのランバートが嬉しそうに見ていたことは知らなかったが。
カイ兄さんが連れて行ったところは、カサヴァーノ家から森を抜けた少し先の小高い丘だった。
城とカサヴァーノ家の邸宅が見える景色のいいところだった。
馬から降りると、近くの木に手綱を結びカイ兄さんはランバートに話しかけた。
「ここなら、誰にも邪魔されない。ランバート様、殿下と少し2人で話をしてもいいでしょうか」
「わかりました。私たちは声の届かないしかし視界に入る距離で警護させて頂きます。それでよろしいでしょうか」
「ありがとうございます。では、ファー様こちらでよろしいですか」
カイ兄さんに促され、僕たちは眺めのいい丘の高台まで歩き、そこにある大きな石の上に並んで座った。
ランバートたちは馬をつなげた場所からこちらの様子を見ていた。
風が2人の間を吹き抜け心地よく感じた。
じっと空を見ているカイ兄さんは何も言わない。
僕も静かに、カイ兄さんが話し出すのをじっと待っていると、しばらくしてから僕の方を見ずにカイ兄さんが話し出した。
「俺は間違っていたと今なら思えるんだ」
「何をですか?」
「アメリーは間違いなく守られる立場だったんだって」
変わらずに空を見つめながら、カイ兄さんは話を続けた。
自分よりたった一つだけ年下なだけで、2人の兄は過保護なくらい妹を大切にしていたことが、面白くなかったし、何かあるとすぐに泣くし、走れば自分について来れなくて転ぶ、迷子にもなったことがあったが、怒られるのはいつも自分で理不尽だと常々思っていたのだとカイ兄さんは話す。
年子って難しいなぁと、笑いながらカイ兄さんは僕を見た。
僕にも一つ年下の弟エリシオンがいる。
僕と違って喜怒哀楽を素直に表現でき、王城のみんなから愛されていた。
もちろん母上もきっと笑わない僕よりエリシオンの方が可愛いと思っていることだろう。
でも、それを理不尽とは感じたことがなかった。
笑えない、素直になれない自分がいけないのだから・・・
「そんなことはない、ファー様は素直だよ。弟の方が愛されていると感じても自分が悪いから仕方がないなんて思うんだから。でも・・・
俺はそう思えなかったんだ。泣けば先にいつだって抱き上げてもらえる。そんなアルメリアがいるから悪いって思っちゃったんだよね」
カイ兄さんはふっと僕から視線を外し遠くに見えるカサヴァーノ邸の方を見る。
その瞳は寂しそうで後悔を滲ませたような、そんな瞳の色をしていた。
「どんなに意地悪をしても、笑って後ろについて来る妹のことが、可愛くないわけないんだから。・・・今回のことで思い知ったよ。アメリーに何かあったら、俺が苦しいし守ってあげられなかったことを後悔してしまうんだってね」
胸の辺りで拳を握り締めたカイ兄さんは真剣な眼差しで僕を見つめた。
「だから、あいつを絶対に悲しませないでほしい」
「カイ兄さん?」
「ファー様はアメリーの婚約者だ。生涯あいつのそばにいてくれるべき存在だ。それに自覚したんだろ、王家の人間だけが感じるという『ただ一人の絶対』だって」
僕は大きく目を見開いてカイ兄さんを見た。
何と答えていいのかわからず、YESともNOとも言えず答えに困っていると、カイ兄さんがおかしそうに笑い出した。
「ほんとに真面目だよなぁ。答えなんて求めてないから。まぁ、その無言が肯定なんだろうけど」
上位の貴族の子どもたちは、みんななんて大人なのだろう。
カイ兄さんだってまだ6歳の子どもだ。
なのに話す内容は大人も驚くくらいの知識量と、しっかりと自分の意見を言うことができている。
前世の大人の記憶のある僕とは訳が違うのに・・・敵わないと感じる。
でも。
「今度は守ります。悲しませることはしません」
「約束だぞ!」
カイ兄さんが拳を握って僕の前に突き出したので、僕も握り締めた拳をカイ兄さんの拳に合わせた。
「男と男の約束だからな!」
「はい!!」
合わせた拳を自分の胸に置き、僕はしっかりと頷いたのだった。
いつも読んでいただきありがとうございます。
次話が中々書けずすいませんでした。
やっと、カイ兄さんとの約束をすることができました。
守る、泣かせないなど言わせたかったのですが、中々守るって難しいですよね。
実際ヒーローはヒロインと結ばれると信じていた頃のアルメリアにとって、ファーレンの優しさは辛かったことでしょう。
ヒロインの存在を知らないヒーローは罪な奴です。
ブックマークが200件を超えました。
ビックリです!!
これもいつも読んでくださる皆様のおかげです。
本当にありがとうございます。
また、誤字脱字の報告ありがとうございます。
大変嬉しく思っています。
これからも読んでいただけるようなお話にしていきたいと思っています。
よろしくお願いします。