閑話・自分の心に正直に(王視点)
私としては長文になりましたが、ファーレンの父ジルベール視点の話になります。
同じくただ一人の人を目の前で失う恐怖を知った者として、父としての思いや、大切で愛してやまない息子への思いなど表現できたらいいなぁと思っています。
アルメリアが落馬をして意識不明だと、影のアオが告げてきた時、俺は一番に息子の顔が浮かんだ。
最愛の妻のユーフォニアとの間に生まれた俺の大切な息子ファーレン。
男なのにユーフォにそっくりで、可愛くて仕方がなかった。
生まれた頃は泣いてばかりで、俺もユーフォもどう接したらいいか分からず困ったものだ。
でも泣き顔だったのがあやすとふわっと笑顔になる瞬間が愛しくて可愛くて、たかいたかいをして喜ばせると、周りが悲鳴を上げて止めにくる。
背が高い俺がファーレンを抱き上げて持ち上げると、高過ぎて見ている方が怖くなるのだという。
落とすわけないのに・・・
不貞腐れる俺の隣でユーフォが幸せそうに笑っていた。
そうとても幸せだった。
でもある時からあんなに泣いてばかりだったファーレンが、ぴたりと泣かなくなり、元々少なかった表情がどんどん乏しくなり、そしてとうとう無表情になってしまった。
常に無表情、無関心。
何かに心を奪われることも、怒ることも、我が儘を言うこともなかった。
小さな子どもなのに、何でもそつなくこなすことができ、初めてのことも何度かやるとそれなりに出来てしまう。
まだ生まれて3年しか経っていないのに・・・
武芸と剣術、馬術はどうも苦手なようだが、学問は年齢以上というか街中の学校程度の教えなら、知識量は負けていないとさえ思うくらいだ。
しかし、図書館で東国語と大陸公用語で書かれた本を読んでいた時には心底驚いた。
たった3歳の子どもが自分の国の言葉以外を、学んでもいないのに読めるものなのか?!
読めるならまさかとその二カ国語で話しかけてみると、東国語はちょっと言い回しがおかしかったが意味はちゃんと分かっているようだったし、大陸公用語は完璧だった。
なんだコイツは?!
背中を嫌な汗が流れる。
我が子なのに知らない人のようで、怖いと感じてしまった。
ユーフォがファーレンが生まれた時から常日頃言っていることをふと思い出す。
『この子は普通とは違う運命を持っている』
と。
ユーフォは通常では見えないもの、見えない力が見えたり、感じることができる力を持っている。
出会った当初は信じられなかったが、ユーフォと出会い愛し合うようになってから俺にも少し見えるようになった。
といっても、相手が見えてもいいと話してもいいと思ってくれないと無理なのだが。
そのおかげで俺にも俺だけの特別な存在が常にそばにいることがわかるようになったのだが、それはまた別の話の時に。
ユーフォが言うには、ファーレンには金の竜がついているという。
竜は神の化身だ。
残念ながら、神はユーフォの管轄外だから話すことはできないので、なぜファーレンと共にいるか聞けないそうだ。
そして婚約者となったアルメリアにも変わった精霊がついているらしい。
こちらは銀の精霊で、全ての花々の力を持っている花の精霊女王だそうだ。
本来ユーフォは精霊とは話せるのだが、流石に精霊界の頂点に立つ精霊女王ともなると、格が違いすぎて中々話しかけられないらしい。
ルノアで花の精霊といわれると花の女神との関係を一番に思い浮かべるだろうし、金の竜は光の神の化身なのではないだろうかと考えるだろう。
それを裏付けるかのように、ファーレンは光の神と同じ金の髪に翡翠の瞳、アルメリアは花の女神と同じ銀の髪に金の瞳を持って生まれてきた。
この神々だけが持つといわれる色はルノアの王家のみに伝わるトップシークレットだ。
だから、もちろん他国出身のユーフォが知っているわけはない。
普通とは違う運命・・・
なんでも出来て、数か国語を教えられてもいないのに使える能力など、ファーレンはまさに規格外の王太子だった。
アルメリアと婚約をして一緒に過ごすようになってあれから2年が過ぎ、ファーレンも5歳になった。
少しずついい意味で変わってきていた息子。
なぁ、ファーレン。
お前は、今どんな表情をしている・・・?
アルメリアの事故をうけ、俺はすぐに行動に移すことにした。
「アオはこれから俺たちが城にすぐに戻ることを伝えろ。そして俺たちが帰る前にリヤトにアルメリアの安否とファーレンの様子を至急伝えさせるように。いけ!」
俺の命令に頷くと音もなくアオは来た時と同じようにサッと消え、城に向かった。
俺の影は5人いる。
伝令などは移動魔法の使い手のアオとソラが行い、護衛には闇魔法を得意とするダイアンが常に俺のそばにいる。
そして今はレメディとランはユーフォの護衛についている。
頼もしい俺の影たち。
ファーレンにも彼だけの影のリヤトと弟子のジンがついている。
そして何よりも一番頼りになるランバートが、そばにいてくれているはずだ。
俺たちが戻るまで、彼らがきっとファーレンを支えてくれる。
俺はすぐに俺つきの執事と宰相を呼び出すと、
「帰国の準備を早急にしろ。東国王には後程俺が王宮に話をしに行ってくる。すぐに帰れるものだけ先に出立をする。時間のかかるものは後から帰ってくるよう手配をしてくれ。あと、先にユーフォに話をしてくるから、こちらの準備は任せた」
「はっ」
2人は俺の表情から緊急性を感じたようで、あっという間に帰国の手配に取り掛かってくれた。
できる部下は本当にありがたい。
そう思いながら、現在外交で訪れている東国で使わさせてもらっている夫婦の寝室にいるユーフォの元に急いだ。
部屋に入るとユーフォはソファに座り、何かを探るように目を閉じていたが、その顔は真っ青だった。
俺に気づくと、パッと顔を上げ立ち上がって、俺の元にかけてきて胸の中に飛び込んでくる。
「ジル、どうしよう。ファーくんの気配がおかしいの。暗い暗い闇の中で悲しみに覆い尽くされ心が壊れてしまうのではないかと思うほどよ。それに魔力もおかしいの。ファーくんの膨大な魔力が僅かしか感じないのよ。こんなこと初めて。一体どうしたの。ルノアは大丈夫?!」
俺の胸元を握り締めて矢継ぎ早に言い、涙を浮かべて見上げてくる顔色は 青を通り越し白さを感じ、息子を案じて不安でたまらない様子がヒシヒシと伝わってくる。
ユーフォのその様子を見て、実は俺自身もかなり動揺していたことに気づき、息をひとつついてから話をした。
「ユーフォ、これから急だがルノアに帰ることになった。それと、先ほどアオからアルメリアが落馬をして意識がないと話があった。ユーフォならわかるだろ。ファーレンの『ただ一人の人』がアルメリアだったなら、今のファーレンがどうなっているのかを」
「そ、そんな!!」
ユーフォは息を呑み口元に手を当てていたが、ふっと力が抜け崩れ落ちるように倒れた。
慌てて倒れないよう抱き止め、ソファに座らせ侍女長にほんの少量ブランデーを落とした紅茶を気つけがわりに持ってくるよう指示を出し、涙を流し震えるユーフォを優しく抱きしめる。
「なんで、なんでこんなことに・・・」
昔、まだユーフォと俺が出会って少しした頃。
俺の目の前でユーフォが大怪我をしたことがあった。
その頃、俺の想いが好意から愛情に変わり『ただ一人の絶対』と認識した頃で、最愛の唯一の人を失う恐怖に俺は俺でなくなっしまったのだ。
その時の俺の壊れっぷりといったら、周辺を灰にしてしまうほどの魔力を暴走させ、魔力の枯渇によりユーフォよりも俺の方が死んでしまうのではないかと思うほどだったという。
というのも、俺はその時のことを全く覚えてなく、その頃から俺についている影のソラとダイアンが教えてくれたのだった。
だからこそ、今のファーレンが心配でならない。
「早く帰ろう。ファーレンのところに」
腕の中のユーフォが、泣きながら何度も何度も頷いた。
東国の国王に急な帰国を詫び、取るもの取らず急いでルノアに帰る。
帰国の道のりはなんの問題もなく進むことができ、事故の知らせが入って2日目の夜、俺たちはルノアの首都ペレに無事に帰ってくることができた。
休みなく馬車を走らせ急いで帰ったが、それでも2日もかかってしまった。
ファーレンが心配で俺たちは城に帰る前にカサヴァーノ侯爵家に向かったのだった。
アオが知らせたのだろう。
馬車がつく前に玄関にはダンとフェリとカサヴァーノ家の筆頭執事が静かに待っていた。
憔悴し目を真っ赤に晴らしたフェリは、ダンに寄りかかるようにやっと立っている感じだった。
「フェリ!」
「お、お兄 さま」
涙を堪えたフェリは痛々しく、ダンの支えがないと今にも崩れ落ちそうだった。
馬車からユーフォを抱えて飛び降り、妹夫婦のもとに急ぐ。
「ダン。アルメリアの容体は?!」
「アルメリアの意識はまだ戻っていない。それとファーレン様なんだが・・・」
「あぁ、影から聞いている。ファーレンは今どこに?ランバートも一緒だろうか?」
屋敷の中に促され向かった先の部屋で、アルメリアの枕元で眠るファーレンがいた。
「ファーくん!!」
ユーフォが椅子に座りアルメリアのベットに頭を乗せるファーレンに駆け寄り、そっと抱きしめ静かに涙を流していた。
よかった、眠ることができたのかと安堵するが、一服盛られての強制睡眠と聞いて苦笑する。
そうだよな。
失ったらと思うと不安で眠ることなんて出来なかっただろうね。
ふっと息子の手が眠るお姫様の手をしっかり握っていることに気づく。
「薬でぐっすり眠られておりますが、意識がないはずなのにアルメリア様の手を離されません。大人が数名で渾身の力を込めて手を離そうとしても、子どものどこにそんな力があるのかと思われるほどで絶対に離しませんでした」
『ただ一人の絶対』と認識したのなら、まず間違いない反応と行動なのだが、眠るファーレンの側に立つランバートが寂しそうに微笑む。
「アルメリア様を心配される気持ちはわかりますが、もう少し私たちを信頼していただけたら、こんな騙して薬を盛るようなことをせずとも眠っていただけたのではないかと・・・自分の力の無さが不甲斐ないです」
「いや、これはルノア王家の血の呪いとも呼んでもいいと思うことで、執着、独占欲の塊なんだよ、『ただ一人の唯一の絶対』に対する想いは」
あと、これは言えないけどその大切な人を失いそうになったら、全ての防衛本能剥き出しに守ろうとするだろう。
それは一歩間違えれば誰にも盗られないために、相手を殺してしまうかもしれないほど危ういもので、自身をも滅ぼしかねない諸刃の剣のようなものだ。
こんな小さな体で心で、それを受け止めたファーレンの衝撃は計り知れないほどだったろう。
鍛錬を積んできた大人の俺でも記憶をなくして魔力を暴走させたほどなのだから。
ユーフォがファーレンの魔力が感じられないと言っていたが、同じように魔力が暴走したのだろう。
でも、何かを壊すのではなく他のことに力を使ったのか?!
一体何に?
ファーレンを抱きしめるユーフォの傍にフェリが立ち、握られた手の上に自分の手を重ね、子どもたち二人を包むように淡い銀の光を発動させた。
それは女神の癒しの魔法。
「でも、アメリーには私の魔法があまり届かないの。多分私よりも高位の癒しの魔力を持っているからだと思うのだけど。何もしてあげられなくてごめんね。早く目を覚まして、綺麗な金の瞳で私を見て。愛しているわアメリー」
フェリが悲しそうに涙を流しながら、アルメリアの頭を優しく撫で、ダンがそんなフェリを後ろから抱きしめた。
同じように息子を抱きしめ涙を流すユーフォを俺も抱きしめた。
顔を上げたユーフォの視線がアルメリアとファーレンの間のベットのシーツの上で釘付けになり、そっと俺にだけ聞こえるほどの小さな声で教えてくれた。
「ジル。金の竜が銀の精霊女王を守るように眠っているわ。よほど力を使われたのか、竜も女王も深い眠りの中みたい。ん、なに?」
女王を心配する精霊や妖精でもいたのだろうか?ユーフォが誰かの話に耳を傾けている。
「・・・そう。ありがとう、守ってくれて」
涙が止まったユーフォは、俺を見上げてぎこちなく笑う。
「子どもたち二人は本当の自分になるために眠っているんだと言われたわ。竜と女王は二人が壊れないように寄り添っているんだとも。手を離せる時がきたら離すから、それまで待っていてあげて欲しいって」
「本当の自分?ってどういうことだ??」
「分からない。でもフェリ様、あの子たちが大丈夫と言うなら大丈夫ですわ。私たちには愛しい我が子たちが目を覚ますこと、そして心が落ち着くのを待つしかないようです」
はいと頷きまだ涙が止まらないフェリをダンが優しく抱きしめた。
ファーレンは明日の朝までは眠り続けるだろうということで、その場はランバートに任せて俺たちは用意された客間で、ファーレンの目覚めを待つことにする。
帰国を強行したので体は疲れていた。
でも気持ちが昂っているため眠ることはできず、愛しいユーフォを抱きしめてベットに寝転がる。
ユーフォも眠る気配はなかった。
しかしお互い口を開くことはなく、ゆっくりと時間だけが過ぎていく。
朝方になって、やっとユーフォが浅い眠りに落ちたので、そっと額に口付けを落とし守りの魔法を薄くかける。
愛しい君の眠りを守れますように、と。
そしてそっとベットから起き上がり、軽く身支度を整えるとファーレンの部屋へと向かった。
そっと扉を開けると目覚めたファーレンがランバートと話をしている声が聞こえたので、声が聞こえる程度薄く扉を開けて中の様子を伺う。
するとランバートが剣を抜きファーレンに騎士の誓いをたてていた。
『私はルノアの騎士です。それを誇りに思っております。陛下への忠誠はもちろんですが、私は今はファーレン殿下ただお1人のための騎士です。出来れば陛下に刃を向けたいとは思いませんが、殿下への忠誠はそれを凌駕しております。殿下の手となり足となり目となり、お守りしたいものを一緒に守らせてください』
(おいおい、それってファーレンが望めば俺にでも楯突くってことだよな)
苦笑してしまうが、信頼できるランバートがファーレンを大切に思い支えてくれていると思えば、親としては嬉しい。
ランバートの言葉が、あいつの心を溶かしてくれることを祈った。
しばらくしてランバートが部屋から出てきてそっと扉を閉める。
「陛下、殿下がお目覚めになりました」
俺の覗きをちゃんと分かっておいてしれっと言うあたりが憎たらしい。
「で、ランバートさんは、その時がきたら俺に刃向けちゃうわけ?!」
ニヤッと笑って聞くと、さも当たり前のようにあいつも言う。
「私は陛下に忠誠を誓い殿下のそばにいることを任されております。今は殿下を我が主と思っております。聡明な殿下が私にそんな愚かなことを望むとは全く思っておりませんので、その時が来ることはないと考えております」
「お前の言うとおりだな」
「まぁ、貴方様が王妃様に溺れ愚王になられたときは、迷わず剣を握ると思いますが、まだ目を瞑れる程なので見て見ぬふりを致します。陛下、ほどほどに・・・ですよ」
ちゃんと釘を刺してくるあたりがランバートらしい。
「はいはい。肝に銘じておきますが、ルノアの王族にそれは酷なことなんだけどね。ってか、俺はこれからのファーレンの方が心配だと思うぞ」
「そうですね。殿下の執着はあなた様以上と思われますから、溺愛っぷりは凄いでしょうね」
俺もランバートもため息をつく。
我が息子ながら、怖いなぁ。
「そうでした殿下が中でお待ちです。陛下」
思い出しかのようにランバートが言い中に促される。
息子に父として、ルノアの王族として、そして大切なただ一人を認識した男として話を聞き、小さな我が子の心の声を吐き出させないといけないと、部屋の中に入るのだった。
いつも読んでいただきありがとうございます。
この後同題名の1話前のファーレン視点に続きます。
先にジルベールの話を入れた方が良かったかな?と後から反省しました。
ファーレンよりもジルベールは書きづらかったです。
父と母の話も進めたいのですが、いろいろ手を出し過ぎて進まずすいません。
今はレンリアの話を先に進めたいと思っています。
次はアルメリアが目を覚ます5日後の話になります。
また読んでいただけると嬉しいです。




