自分の心に正直に
大きな身体の父上が静かに僕の隣に立ち、アルメリアの顔を覗き込む。
「穏やかに眠っているようだな。アルメリアの事故の様子しか聞いてなかったからとても心配していたんだ。苦しんでいなさそうで本当によかった」
ホッとしたような表情を浮かべると優しくアメリーの頭を撫でる。
アメリーは父上に頭を撫でてもらうのが大好きだった。
父上はとても背が高い。
知っている大人の中で誰よりも一番背が高い。
身体の大きな父上は手も大きいので、大きな手で頭を撫でられると小さな僕たちは包み込まれているようで、安心することができた。
でも、アメリーが喜ぶ様子をいつもあまりいい気持ちがしないで見ている僕がいた。
今ならなぜそれが嫌だったかが分かるような気がする。
すると急に父上が、『ヨイショ』なんて言って僕を持ち上げると、今まで僕が座っていた椅子に自分が座り膝の上に僕を乗せた。
父上の急な動きに僕は驚いてアメリーの手を離してしまったが、手を離す不安よりも何よりも父上に抱っこされていることの方が、驚きだった。
「ち、父上!これはいったい!!」
焦って膝から降りアメリーの方に行こうとすると、それを止めるようにすっぽり後ろから包み込むように抱きしめられた。
「よく頑張ったな、ファーレン。苦しかっただろ」
急な抱っこに驚いていた僕だったが、父上の言葉が自然と胸にすとんと落ちてきた。
するとなぜだか大きな父上の腕の中にいることにとても安心し、ランバートとはまた違った大きな安らぎを感じる。
苦しかった。
そう、僕はとても苦しくて辛くて悲しくて・・・すごく、すごく怖かったんだ。
ぽた、ぽた・・・
止まっていた涙がまた頬をつたい落ちていった。
「ち、ちち う え・・・」
父上の腕の中で向きを変え顔を胸に埋め、僕は人目を憚らずに大声で泣いてしまった。
ランバートの胸で泣いた時より、中々涙が止まらず、嗚咽が止まらずしばらく泣き止むことができなかった。
父上はそんな僕を静かに抱きしめ、
「すごく怖かったな。偉かったぞ・・・」
もう我慢するなと、優しい声と背中をトントンと叩く手つきにますます涙が止まらず、泣き声も止まらなかった。
どれぐらい泣いていたんだろうか。
気づいたら僕は父上に抱かれながら、泣き寝入りをしてしまっていたようだ。
でも、意識がなかった間、アメリーの手を離していたのに不安や心配する気持ちは、不思議と生まれなかった。
父上は大きな身体で僕を抱きしめ、アメリーのベットの脇の椅子にそのまま座っていてくれたのだった。
父上がアメリーを見てくれていたなら大丈夫。
ランバートと共に僕が信頼できる大好きな人だから。
「起きたか、ファーレン。アルメリアは特に変わらず、穏やかに眠っていたよ」
「はい、父上。ありがとうございます」
父上は僕を抱きしめる腕を緩めると、僕がアメリーの顔が見えやすいように向きを変えてくれた。
「なぁ、ファーレン。アルメリアがお前の『ただ唯一の自分の絶対』だったんだな」
父上が静かに僕に聞いてきたので、素直に頷いた。
そう。
アメリーは僕の『唯一の絶対』なのだ。
何にも変えられない、失うことを許すことができないほど大切な存在。
魂の片割れ、僕だけの、僕のためだけの、ボクノツガイ。
父上の言葉で、魂が納得し心が受け入れたような気持ちがして、泣き叫び荒んでいた心が、スッと落ち着いたような気がした。
「父上、僕はアメリーを失いたくないんですね」
「そうだよ。たった一人の大切な人だからね」
そう言うと父上は昔話をしてくれた。
父上と母上が出会って結婚する前の話を。
母上は、ちょっと変わった人なのだという。
ルノア国にはいない、魔法を使うための魔力がないのに魔法が使える人なのだと。
難しくて?という表情をすると、また今度ゆっくり教えてくれるという。
そんな母上を父上が『ただ唯一の自分の絶対』だと心が認めた時、僕と同じように父上も母上が死んでしまうのではないかというほどの大怪我をしたのだという。
目覚めてくれるまで失うのではないかという思いは恐怖でしかなく、苦しくて、辛くて、悲しくて、不安で、怖くて、気が狂いそうだったと父上が話す。
「僕と、おなじ?!」
「そうだね。だから俺が一番ファーレンの心を分かってあげられると思ったんだ」
分かっていたから、父上の言葉が胸にストンと落ち、心が納得することができたのか。
色々なことに納得することができた。
「そばにいてあげられなくてごめんね」
優しい父上に僕は首を振る。
大丈夫、その気持ちだけで十分だ。
だって仕方がない。
父上は国王なのだから。
大切に思ってくれている家族よりも、国民の命を預かる大切な仕事をしているのだから。
また涙がぽたぽた落ちてきてしまい、父上の服に顔を埋めて涙を隠した。