運命の扉が開くとき
それから僕たちは今までと変わらず、今までと同じように過ごしてきた。
僕の誕生日にはアメリーが大きなケーキを作ってくれた。
砂糖でコーティングされていてケーキの中と外にイチゴがどっさり使われている。
普段から砂糖のケーキは食べているが、こんなにたくさんのイチゴがのっているケーキは初めてだった。
「レン様、お誕生日おめでとうございます。ケーキは料理長と一緒に作ったんで、味は大丈夫だと思います」
ゆっくりだが危なげなく紅茶もアメリーが淹れてくれた。
今日は特別なのだと笑っているアメリーはとても可愛いと思う。
「いただきます」
ふわっと口の中でほぐれるスポンジにアイシングされた砂糖がとても甘い。
でもその甘さを酸味の強いイチゴが和らげてくれて、とってもおいしかった。
これが砂糖ではなくクリームたっぷりならもっとおいしいんだろうな・・・
ん?!クリームって・・・なに?
自分の考えに驚いて手が止まってしまう。
なんだかわからないけど、知らないのに知っている感じがする・・・変な気分だった。
「レン様、おいしくないですか?」
手が止まった僕を心配するようにアメリーが恐る恐る聞いてくる声がして驚く。
「おいしいよ!とてもおいしすぎて驚いたんだ!」
「よかった」
ふわっと優しく笑うアメリーに安堵する。
でもそれ以降、何かを思い出すようなそんな感じは度々経験することがあったが、特に気にすることなく、誰かに言うこともなかった。
季節は過ぎ、もうすぐアメリーの誕生日だ。
今年はどうやってお祝いをしようか、考えるのが楽しかった。
でも、誕生日より先に・・・
僕たちの運命を変えてしまう、あの日がやってくる・・・
「レン様、今日はお馬さんを見に行きませんか!」
先日城に来たアメリーが教えてくれたのだが、小さなかわいいポニーを父君に買っていただいたのだという。
今日はカサヴァーノ公爵邸にお邪魔する日だったので、僕に見せたかったのだろう。
着いて早々に馬場に引っ張って連れて行かれてしまった。
「ほら、かわいいでしょ!!」
栗毛の中に濃いこげ茶の色が混じったかわいらしいポニーで名前はチョコと言うそうだ。
菓子好きのアメリーらしいネーミングである。
「殿下、おはようございます」
馬場にはアメリーの一つ年上の兄、カイが乗馬をしに来ていた。
家族に溺愛されているアメリーだが、唯一この兄だけはアメリーのことをあまりよく思っていないように感じていた。
「うわ~!カイ兄様のお馬さんは、大きくて綺麗ですね!」
アメリーはキラキラした瞳でカイ兄さんの馬を憧れのこもった瞳で見つめていた。
カイ兄さんの馬は、栗毛の落ち着いた雰囲気のある馬だった。
「カイ兄さんはポニーではなく馬なんですね」
「あぁ、僕背が高いから小さ目な馬の方が乗りやすいんだ」
カイ兄さんは僕より一つ上なだけなのに、背が高くとても頼もしく見えた。
それに比べて僕は小さい。
僕の父上はあんなに大きいのに、僕はアメリーよりもちょっと小さく中々身長が伸びない。
背の高いカイ兄さんには少し小さめな馬がとても似合っていて羨ましいと感じた。
「お嬢様、チョコに乗って行かれますか?」
「はい!そのつもりで乗馬服を着てきました」
ニコニコ笑って本当に楽しそうだ。
僕がいることなんて忘れているんだろうなぁ、まぁいいけどね。
調教師が手綱をにぎりポニーに乗るアメリーを、馬場の柵の外からランバートと一緒に見守る。
「殿下もアルメリア様のポニーを後でお借りして、乗られますか?」
「いやいい。僕には城でキースが待っている。他の馬に乗ったと知ったらあいつ絶対怒って乗せてくれなくなるから」
そうですね、とランバートがくすくす笑う。
僕も今年の誕生日にキースという馬を父上から頂いた。
しかしこの馬、かなりの気難し屋でこの頃やっと僕をその背に乗せてくれるようになったのだ。
今はランバートに教えてもらいながらゆっくり城の馬場の中を歩く練習をしている。
キースは大きく背も高い。
その為、乗っている僕の目線もかなり高くなるので怖さを感じる。
僕の怖気付いているこの思いをキースが感じ、彼を信じていない僕のことを、彼も信用してくれていないのかもしれないと思う時がある。
アメリーにはポニーがちょうどいいなぁと見ていると、ポニーの動きが急変する。
「こ、こら、落ち着け!」
調教師が慌てて落ち着かせようとするが、ポニーは落ち着かず
とうとう暴れ出してしまう。
慌て馬場の中に入ろうと柵を乗り越えようとするが、ランバートの腕にがっしりと捕まえられてしまう。
「放せランバート!!」
「いけません殿下、危ない」
「アメリーが!」
暴れるポニーに振り落とされ、小さな小さなアメリーの体がスローモーションのようにゆっくり宙に浮く様子が見えた。
「アメリー!・・・りあ!!!」
アメリーに向かって伸ばされた僕の小さな手が目に入る。
こんな小さな手じゃアメリーを、リアを守れない。
なんて、なんて僕は無力なんだろう。
力が欲しい。
あの人を、あの子を守れる、護るための力が!
『大丈夫、今は僕が君の代わりに守るよ』
誰?
急に目の前に現れた僕と同じ色を持った人。
輝く金色の髪に緑の瞳をした、父上と同じ年頃の男の人。
周りがゆっくり進んでいる中、その人だけは普通に動いていた。
知らない、でも知っている。
知らないはずなのに、なんだか懐かしいような不思議な気持ちがした。
そう思ったのは多分ほんの一瞬だったんだろう。
僕を見て優しく笑ってくれたその人はあっという間に消えてしまった。
消えたと思った時、ふわっと体の中から力が溢れたような気がして、アメリーの小さな体が地面に打ち付けられるほんの少し前、金色の光が彼女の体の周りを包み込んで守ってくれたような気がした。
でも、そう思ったのは一瞬だけ。
誰も気付いてなかった。
「アメリー・・・」
あまりのことに言葉も出す、茫然としてしまう。
ふっと、地面に横たわるアメリーの体に、誰かの影が重なって見えた。
あれは、あの人は?
「ウッ・・・あた、ま、痛い・・・」
頭が割れそうに痛くて頭を抑えて呻き声を上げてしまう。
そんな僕の変化に気がついたランバートが慌てて地面に降ろしてくれたが、力無く地面に膝をついてしまう。
ランバートが何か言っていたようだけど、僕は倒れるアメリーから目が離せず何も聞こえていなかった。
激しい頭痛とアメリーの姿。
「う、う、うわぁ!!」
頭の中で何かが大きな音を立てて砕け散る、そんな音を聞いたような気がした。