第二話 ルッタールンタと恋するわかものについて
雪の白さにため息を吐いて、花のいい匂いに目を細め、太陽の強さにめまいを覚えて、涼しい秋の香りを吸い込んでまどろむ。そんな月日を何度か越えて、ゆるやかに、でもあっという間にときは過ぎていった。
ワルナオス先生が言った通り、ぼくはゆっくりと、でも確実に年を重ねるごとにベッドで寝込む期間が減っていった。それにつられるようにメイトの泣き虫も減っていった。それでも、まだぼくが大きく体調を崩すとすぐに泣いてしまうんだけれども。
おじいさんのお手伝いをだんだん任されるようになってきて、すこしばかり熱中してしまったちょうど四日前くらいにそういうことがあって“油断大敵”ってやつだなぁって反省してる。
「よぉ、リオ坊。調子はどうだ?」
「ベルワーナさん!」
ルッタールンタの人たちは気さくで優しくて、ぼくのおじいさんに言わせると「浮かれ頭をこじらせたような人々」が大半なのだとか。そんなルッタールンタの住人であり、ぼくの家のお隣さんであるベルワーナさんは、この町に越してきたときに出来たぼくのはじめてのおともだちだ。
おともだちといってもベルワーナさんはぼくよりよっぽどお兄さんだけどね。
しかも、しかもだよ? メイトの話によると、ベルワーナさんはこのルッタールンタ一番の“いろおとこ”らしい。女の子の注目のまとでモテモテなんだって、メイトがにこにこ楽しそうにしながら前に話してくれた。
ぼくの外の情報のみなもとはだいたいメイトが担っている。ぼくはとってもメイトを頼りにしているんだ。だって、へたをするとおかあさんやおとうさんより長くいっしょにいるからね。
けれど、最近はベルワーナさんが情報のみなもとになることが増えてきた。
ベルワーナさんは、暇があると庭から見える低い生垣から上半身を乗り出して、窓ぎわで本を読んだり、ぼうっとしていたりするぼくに話しかけてきてくれる。すこしずつ体が丈夫になったぼくは、ベルワーナさんとお話しする時間が増えていった。
話し上手でとっても楽しいベルワーナさんのお話は聞いていてちっとも飽きない。ずっとずっと聞いていたいくらいだ。ぼくはベルワーナさんとお喋りするのが大好きなんだ。
「ふふ、大丈夫、今日は調子がいいよ。今さっきワルナオス先生の検診がおわったところなの」
「そうかい、それはよかった」
そう言ってベルワーナさんは快活に笑った。ぼくもうれしくなって笑い返した。
“いろおとこ”のベルワーナさんは、子供のぼくからみても、なるほど、かっこいいと思う。
太陽で焼けたこむぎいろの肌が健康的で、ぼくのようにまっしろじゃない。服からのぞく腕や首は太くたくましく、ぼくみたいにひょろひょろじゃない。風邪もひきそうにないし、まちがってもたくさん息を吸って吐いただけで倒れたりしないだろうし、走って気絶もしないだろうし、お水だってごくごく飲めるだろう。
まぁ、ぼくも今ではそこそこ息を吸って吐いてもちょっと微熱が出るくらいで寝込まなくなったし、走っても一日寝込むくらいになってすぐ元気になるし、お水だってごくごくと三回くらいは続けて飲めるようになった。すごいでしょう? って前にそんなベルワーナさんに話したら、目の端に涙をためて空を見上げながら「すげぇよ。リオ坊、お前はほんとに偉いよ」って返してくれた。
ベルワーナさんはとってもいい人だ。
ぼくの憧れを詰め込んだような、とってもかっこいい、ぼくの自慢のともだちだ。
「あれ? 今日は、メイトさんはいないのか?」
「ううん、いるよ。今、ぼくのお茶を用意してくれているところなの」
「そうなのか」
ベルワーナさんはすこしそわそわしながら相槌を打った。
「ベルワーナさん、せっかくだから座ってお話しようよ」
「ああ、そうだな。待ってろ、今そっち行くから」
そう言うと、ひょいと身軽に生垣をとびこえてベルワーナさんは庭に降り立った。
ぼくがやったらきっかり二日と半日は寝込む動作だ。
「病み上がりだろ? 今日はリオ坊にせがまれたって、長話はしないからな」
「わかっているよ。また寝込んでしまってベルワーナさんのお話を聞けなくなるのは嫌だもの」
「奇遇だな。おれもリオ坊に話せなくなるのは嫌だよ」
お前が寝込んじまってたときは本当に退屈だったよ、とベルワーナさんは他にもお喋りしたり、遊んだりするともだちがたくさんいるだろうに、心底残念そうに肩を落としてそんなことを言ってくれる。
ぼくはうれしくなって、ふふふと笑った。
「さぁて、何の話をしようかねぇ」
ベルワーナさんが窓際に座って足を組むと、カチャカチャと茶器を運ぶ音が部屋へと近づいてきた。メイトかな。ノックの音に「いいよ」と返事をする。
「失礼いたします」
メイトが部屋へと入るとぴたりと動きを止め、ゆっくりと部屋を見渡した。
いつも身のこなしが柔らかなメイトだけど、ときどきちょっとぜんまい仕掛けのお人形みたいな動きをする。ぼくはそのぎこちなさがちょっとかわいいなぁと思う。ベルワーナさんも「かわいいなぁ」と心ここにあらずといった感じで呟いているから、やっぱりかわいいんだと思う。
「リオさま、窓が開いています。お体に差し障りますよ」
メイトが、運んでいた茶器をテーブルに置いて、窓を閉めようと寄ってくる。
そこでやっとベルワーナさんは片手を上げてメイトに挨拶をした。
「よ、メイトさん。ごめんな、長話はしないようにするからさ」
「ベルワーナさん」
メイトは驚いて目を見張った。
「いつからそこにいらしていたのですか?」
「んー、ちょっと前だよ。リオ坊の顔を見たくてさ」
「そうだったのですか。リオさまの顔を見たくて来て下さったのですね」
「メイトさんの顔も見たかったぜ?」
茶目っ気たっぷりにベルワーナさんがウィンクすれば、メイトはひとつ瞬きをしてから、少しほっぺたを赤くして嬉しそうに微笑んだ。
「私もベルワーナさんのお顔が見たかったです」
「そ、そうかい! そりゃぁ、嬉しいね!」
「はい、とても嬉しいです」
はははと笑いながらベルワーナさんもほっぺたを赤くして大きく咳払いをした。
「そ、それはそうとリオ坊はもしかしてまだ本調子じゃないのかな?」
だったら、おれは帰った方がいいか? と今度はベルワーナさんが心配そうにぼくを見た。そりゃぁ、そうだよね。窓が開いてるくらいで心配されたら、そりゃぁ、そういう反応になるよね。
ぼくは大丈夫だというように頭を横にふる。急な動きにちょっとくらりとしてしまったら、ぼくの額にメイトの手が触れた。
「メイト、大丈夫だよ。ベルワーナさんとお話させて」
お願いだよと口に出さずにメイトを見つめると、メイトは困ったようにすこしだけ眉を下げた。
「わかりました。けれど、窓を開けておくのはお体に差し障るやもしれません。ベルワーナさんがよろしければリオさまのお部屋にお上がりになりませんか?」
「いいのか?」
「はい。ご案内いたしますので、玄関からどうぞお上がりください」
ベルワーナさんとぼくは顔を見合わせると、にかっと笑いあった。
「ちょっと待ってろな」と言って腰をおろしていた窓際から立ち上がると生垣を飛び越え早足で去っていくベルワーナさんの後ろ姿を、窓を閉めるメイトの後ろ姿越しに眺めながら、ぼくがやるときっかり三日と半日は寝込む動作だなぁとぼんやりと思った。
ルッタールンタの秋は、収穫祭という町をあげての一大イベントがある。
みんなで夜遅くまで騒いで歌って、秋の実りに感謝するんだ。
その名も“ルンタッタ祭”みんながルンタッタ、ルンタッタと浮かれて騒ぎ出すお祭りにはぴったりの名前でしょう?
……この名前を聞いたときのおじいさんの反応をおしえてあげようか?
「ひねりがなさすぎて反吐がでる」だって。
ぼく、おじいさんのネーミングセンスを知っているけど、実は“同属嫌悪”なんじゃないかなぁって最近ちょっと思ってる。
「では、失礼いたします」
ベルワーナさんを案内して、お茶も用意し終えたメイトはぼくたちのお話の邪魔にならないよう部屋を後にした。
扉が閉まるのを確認してから、メイトに向かって愛想よく手を振っていたベルワーナさんに、ぼくは呼びかけた。
「ベルワーナさん、今年のルンタッタ祭でメイトに告白しないの?」
「ぶっ!!」
ベルワーナさんは飲みかけのお茶を盛大に噴き出して咳き込んだあと、焦ったようにきょろきょろとあたりを見渡した。
メイトはさっき部屋を出ていったばかりなのにね。
「わ、悪い! 茶ぁ、かからなかったか?」
「大丈夫だよ。それよりもベルワーナさんの方こそ大丈夫?」
「あ、ああ。大丈夫だよ」
おいてあった布巾でこぼしてしまったお茶を拭きながらベルワーナさんは苦笑した。
「で、なんだい。いきなりリオ坊は」
「だって、ルンタッタ祭って秋の収穫を祝うお祭りでもあるけど、“恋するわかもの”たちにとっての一大イベントのときでもあるんでしょう?」
ベルワーナさん、言っていたじゃないとぼくは笑った。
「だから、メイトに告白するのにうってつけじゃないかなぁって思って」
だって、どうみたってベルワーナさんはメイトのこと好きだもの。
「そういうリオ坊は告白しないのかよ?」
ベルワーナさんは答えずに、逆ににやりと意地悪く笑うとぼくに問いかけた。
ぼくはカップを両手で持ったままびくりと肩を跳ねさせた。
「ククは今年こそイアンに告白するって意気込んでたぞ」
とっさに返す言葉が見つからなくて、ぼくはむっつりと黙りこんだ。
「ま、勝ち目はねぇかもしれねぇけど、言うなら最後のチャンスだと思うぞ?」
わかってる。
去年より、一昨年より、ぼくは体が強くなった。
恋もしてる。ククという同年代の中でとびきり可愛くてとびきり気が強い女の子だ。
ククにはターナさんという町一番の器量良しといわれているお姉さんがいて、ターナさんはいつもぼくの家にお茶を届けてくれる。お姉さんが大好きなククは、よくお姉さんについて一緒に訪れる。
ターナさんは性格も器量良しで、お茶を届けるついでにぼくのお見舞いにもきてくれたりする。そうすると必然的にククも一緒にぼくのところへ訪れることになる。
『わ、男なのにこんなひょろひょろで色白の子、はじめて見た!』
開口一番にそう言われたときぼくがショックを受けないわけではなかったけど、ぼくの体が弱いと知ってからもククは態度を変えなかった。
『そうやって諦めたように笑うの、すっごく腹立つのよ! だから、あんた弱いままなの!』
つらくても外に出ろ、すこしでも遊べ! と急きたてるように捲くし立て、ぼくの体調がいいときは手をひいて町の同い年の子たちのもとへと強引に連れ出した。
ぼくはククのおかげでベルワーナさん以外のともだちが増えた。ぼくはククのおかげですこしずつ外で遊べるようになっていった。ぼくはククのおかげで楽しいことが増えていった。
『ね、楽しいわね!』
ぼくの手を引いて笑うククは、とてもきれいでとても力強くて、ぼくはそんなククが大好きになった。
ククは強い男が好きなんだ。だから、同い年の中で一番腕っぷしが強いイアンが好きだ。
ぼくに勝ち目はない。わかってる。
でもぼくは、勝ち目はなくてもククに思いを伝えたいと思うんだ。
ぼくはククにとても感謝をしているから。