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【web版】オネエ魔術師と拾われ弟子◆汚城掃除婦は今日も憂鬱◆  作者: ナユタ
◆第六章◆

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★1★ とある愛し子の昔語り。


「ふん……短期間に座標を使いすぎたな。この後も入り用だし補充するか」


 外から屋敷内に侵入してすぐに気付いたのは座標の消費量だ。使えば当然減る。さっきアリアに分け与えた分とマーロウに与えた分で、軽くこの先三百年分くらいの座標が消し飛んでいた。どっちに多く割いたかといえば当然前者だ。


 アリアのは呪いの無効化と失われた部位の再構築。マーロウの方は〝マーロウという確固たる、しかし視えざる座標〟に、上から他者でも認識出来るよう皮となる座標を被せただけだ。


 本人が強い概念で自己を認識出来ている(・・・・・・・・・・)場合は、厳密に言うと再構築ではない。この場合の自己認識に性別などは含まれない。これが存外難しいから視えなくなるまで自身の座標を削った魔術師は消滅する。自分で自分の証明を出来ないからだ。


 アリアは自分の失われた側の顔を証明出来ない。無事な頃の自分の顔を憶えていないというのもあるが、純粋に爛れた部分を視界に入れることを極端に恐れて、細部まで自身の座標を見ることがないからだ。わたしが元に戻してやれたのは偏に一緒に過ごした年月の賜物だろう。アリアの持つ魔力は自己主張もなく穏やかで心地良い。


 その点あいつは置き換えと書き換えで肉体の座標を使いきっただけで、自身がマーロウという異常な魔術狂いだったという、しっかりとした核となる座標を持っている。良くも悪くも規格外の狂人で一握りの天才と呼べる人種だろう。


 ――が、肝心の座標の扱い方が上手くない。魔術に使用する座標は感知、把握、展開、分解、再構築と順序立てる。マーロウは昔からこの内の分解が苦手だった。


 そしてそんな狂人マーロウからここに来る前に面白い話を聞けたので、それを応用してこの屋敷内の人間達から座標を強奪しつつ、奴等がアリアに対して行った行為への報復もしてやるつもりだ。


『初めて座標を置き換えた時にさ、先に自分の痛覚を書き換えて他のところに預けとくのを忘れてたんだよネ。気付いた時には腕の座標を半分以上使っちゃってテ。骨剥き出シ。痛覚神経の座標はそのままだったから、もういっそ笑っちゃえるほど痛かったヨ』


 座標はその生物を構築する情報であり、記憶や寿命もこれに含まれる。だから単細胞細生物よりは、多細胞生物からの方が多く抜き取れて効率が良い。細かく分解することが出来れば一人の人間からでもそれなりの座標を抜き取れるのだ。魚や獣の解体と原理は同じである。


「本当なら派手に精神を痛めつけて怯えさせる方が楽しいが……アリアを早く安全な場所で寝かせてやらないといけないし、かといって簡単に死なせるのも惜しいな」


 ふとそんな独り言を口にして、自分も随分と甘くなったものだと自嘲する。


 今より九百と少し前。栄華を極めて滅んだ愚かな大国があった。

 闇の精霊王を崇めたその国は、精霊を信仰をしながらも合理的な国だった。

 

 破壊と殺戮をもって他国の精霊信仰を圧倒した軍事大国バルトワ。それがわたしが人だった頃に生まれた落ちた場所であり、遠い昔にこの手で滅ぼした祖国の名だった。


 現在も僅かに残る〝愛し子〟は、かつてもっと違う扱いをされていた。時折人間界に生まれ落ちる、人ならざる奇跡の力を持つ子供達。


 大人にとっては脅威であり、教育の仕方によっては有用な手駒になり得る者。生まれればどこの教会もこぞってその赤子にどの精霊王との縁があるかを調べ、親には〝神官見習い〟にすると称して、多額の金を握らせて自教会に引き入れた。


 だから裏を返せば王や各教会のトップよりも強大な力を持つ愛し子達は、目の上の瘤でもあった。その点で言えば精霊達が気に入り気紛れに狭間の世界に攫っていくという行為は、密やかに〝選定〟と呼ばれ、むしろ権力者達にとっては好都合だったのだ。


 そしてより精霊に選ばれやすいよう、目印として愛し子候補達につけられるようになったのがあの忌まわしい腕輪。表向きは攫われないよう加護と称して、裏では将来民衆からの求心力を得て邪魔になりそうな者を排除するために。ただしそれはあくまで他国の七教会での話だ。


 バルトワでは信仰する教会といえばガルツ()しか選択肢はなく、愛し子の扱いも誕生も全く異なる。


 遠い遠い遠い昔。

 この手首にも填められたあの枷の冷たさも重さも音色も、忘れたことはない。


 ただまさか現代に残っている書物の中に自分の生い立ちをなぞったものがあるとは思わなかった。それは今から五百年ほど前に書かれた寓話で、子供の寝物語に読まれる絵本だった。


 十二ヶ月の賢者と七人の精霊王の集い……一週間の暦に入れてもらえなかったガルツ()の王。その物語は平凡な能力しかない青年魔法使いが、研究に研究を重ねて魔導師になろうと足掻く途中で、次第に熱意が野心に、野心が妄執に変質していき、そこをガルツに気に入られて力を貸してもらうというものだ。


 ガルツは美しい女性の姿をとって青年の傍に身を置きつつ、甘い言葉で彼を破滅に誘う。邪精霊らしく彼女は清らかな魂が黒く汚れていくのを見るのが好きなのだ。でも青年はガルツのそんな心を知りつつ、初めて自分を認めてくれた存在へ依存していく。だがそこは寓話。


 悪しき者の力を借りて大成した青年が破滅することによって物語は終わる。唯一の救いは、それを望んだはずの彼女がいつの間にか彼を愛してその子供をお腹に宿し、産み落とした子供を人間界の教会に預けて消滅する――といったものだったか。当事者の身からすれば酷く笑える。


 実際のところは、愛し子を軍事転用して最強の魔導兵団を作ろうと目論んだバルトワの初代国王が、愛し子候補達と宮廷魔導士達を番わせて、人為的に血統を固定化させていっただけだ。我が子を愛し、多額の金を差し出しても首を縦に振らない親は叛逆者として見せしめに殺される。そういう膿んだ国だった。


 しかし特権階級入りに酔う人種にとっては最高の国だったのだろう。少なくとも一応血縁的に父母だった人間はそうだった。そして作り出された愛し子の中でも最上級だった自分にさらに付与されたのは、このありがたくも何ともない美貌。


 皮肉なことにこの美貌と膨大な魔力は、親からの嫉妬と、教会内での序列にかこつけた下世話な捌け口、作り出しておきながら報復を恐れた国によって処分される対象となる。そして腕輪をつけられて精霊に攫われるまでそう時間はかからなかった。そうなったところでどうでも良かった。


 あの頃の自分は、ひたすら上から下される殺戮せよという命令に従うだけで。誰かに愛される必要を感じる機能すら持たない人形でしかなかった。けれど――あの場所にいた愛し子達は違った。


 当時のわたしよりもっと悪いというべきだろう、己を差し出すことで祖国や家族が未来永劫安寧であれると教え込まれた純粋無垢な供物。柔らかい心を持っていたがために、親しい者達から引き剥がされたことに耐え難い孤独を感じて気を患い、精霊達が面白半分に現世を映した泉の向こう側、自らを売り払った金で贅沢に暮らす家族を見て身を投じていった。


 泉に揺蕩う膨大な魔力と座標。

 折り重なるように沈んで輝く腕輪。

 綺羅びやかな檻の中で死んでいく心。

 そんなあの地獄の中でふと誰かが口走った。


 〝ここにいる愛し子達の座標を抜いたら、その得た魔力を構築して、地上に続くこの泉を抜けられたりしないだろうか〟と。


 その一言で狭間の世界は本当の地獄に成り果てて、そして思えば人形のようだった当時のわたしに心が宿った瞬間だった。この腕輪を嵌めてこんなところに自分を追いやった奴等を殺し尽くそう。非常に単純明快な殺意に初めて自我が宿った。


 けれど周囲にいるのも各国で持て余して狭間に追いやられた愛し子達。手心を加えていてはこちらが座標を抜き尽くされてしまう。けれどそこは奇跡で済まされる生い立ち。人工的に純血化させた化け物に肉薄は出来ても、座標を奪うことまでは出来なかった。


 かくして当時その場にいた愛し子の最後の一人になった頃、とある精霊が面白半分に姿を顕した。創作物というのは本当に時として馬鹿に出来ないものである。わたしは一目でアルマ()の王の眷族であると分かったその悪趣味な精霊を、即座に解いて(殺して)己の座標にした。

 

 人間の理を壊して異界を超えた愛し子――……それが永遠に近い歳月を独りで生きる呪いを得た、ルーカス・ベイリーという化け物の名。


「ああ、やはり駄目だな。わたしの唯一の弟子に手を出したのだ。精々派手に苦しませて、呪い避けを必要とする愚か者が誰か口を割らせよう」


 精霊殺しをする高揚感には遠く及ばないが、これもまた一興だ。

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