似た者同士って言葉、知ってる?
ちょっと小説止まってる部分より前の話で、
ほのぼの日常回してますがよろしければご賞味下さい。
珍しく客足の途絶えた店内は、普段のこの時間帯なら華やかな笑い声と常春を思わせる花の香で満ちているが、今はそのどちらもなく静まり返っている。
しかしここは街でも屈指の人気店で、顧客の半分以上はお忍びでやってくる貴族の令嬢や奥方だ。高級品は勿論のこと、一般人がたまに自分へのご褒美に背伸びをして購入できる金額のものも、豊富に取り揃えていた。
そんな店内の一角にある応接スペースに、場違いなほど美しい青年が気怠げに長い脚を投げ出して座っている。
青年の前には来客がいたものの、その無作法を注意する気配はない。それだけ気心の知れた親しい仲だからなのだろう――……というよりは、この来客も勝手に店の備品を漁って自分でお茶を淹れるタイプなので、無作法はお互い様といったところなのだった。
「ねぇ、これ本当に座標にしてみたら駄目かナ?」
「駄目に決まってるでしょう。それがないと掃除が終わらないのよ」
少しハスキーさはあるものの独特な甘さの残る高い声から、来客は女性であるらしいと想像がつく。しかしそんな彼女の言葉に呆れたように答える青年は、何故か女性口調だ。けれど来客はそんなことを気にも止めずに「ね、あとでまた同じやつを捕まえてくるからサ」と言う。
「だから駄目だって言ってるじゃない。そいつは自然界には存在しないの。あんたなら触ってみるだけでそれくらい分かるでしょう」
「いやそうかなぁとは思ってたけど、新種の線も捨てきれないでしょウ?」
端から話を聞いているだけなら何のことかさっぱりだが、彼女の手には剥き出しの臓器めいた何かが蠢いている。はっきり言って気色が悪いそれを、どこか恍惚とした表情で見つめる女性。うきうきとした弾む声音であるはずなのに、その瞳は眠たげに細められている。
「アリアが作った掃除用スライムよ。その個体だけで種族の違うスライムを数百匹くらい使っているわ」
「うーん……お弟子ちゃん、最高に良い趣味してル。あの子って見た目こそ人畜無害だけど、本質はこっち側じゃなイ?」
「それアリアの前で言ったら拗ねて面倒だからやめなさいよ。あれでいて本人は至って真人間なつもりなの」
「へぇ、知ってるかいルーカス。異常者は自分が異常者だって自覚してる人間の方が安全なんだってサ」
「何で今そんなこと言うのよ」
「別にィ? 似たもの師弟だなぁって思っただけサ」
視覚情報以外に新たな情報が追加された。剥き出しの臓器めいたものはスライムで、どうやら青年には弟子がいるらしい。弟子は名前から女性なのだと知れるも、なかなかなサディストでエキセントリックな人物であるようだ。しかも無自覚のサイコパス属性持ち。
やや情報が渋滞を起こしているものの、来客の女性の言い分を信じるのであれば、師である青年にもそうしたところがあるようだ。どちらが感化されたのかは不明であるが、女性の口調からどちらも素養は充分だったのだろう。
「これってどういう原理でできていて、どうやって使うものなノ? まさかこの元は数百匹のアンデッドスライムが、生前みたいに勝手に捕食のために動くわけじゃないんでしょウ?」
「ああ、核を抜いた状態のスライムの死骸に、少量の術者の血液と座標を組み込んだ人工の核を入れてあるのよ。そうすればスライムはその核に書き込まれた命令をくり返すように自走するんですって」
「その原理を考えたのももしかしテ……?」
「アリアよ」
師である青年からの間髪入れない答えに、ここにいない弟子の真っ当さを証明するのは不可能になった。純粋な狂人だ。音もなく蠢くスライムから、急に断末魔を感じる気がしてくる。まぁ声帯がないから空耳ではあるのだが。
ここで青年がソファーから身を起こし、女性の手から臓器色のスライムを掴み上げて床に下ろした。すると臓器色のそれから無数の触手が伸びあがり、ウゾウゾと床の上を這い回り始めた。完全にホラーだ。
いつものキャッキャウフフの夢の空間が、今や美しいシリアルキラーの棲む館に早変わりである。しかしやっていることはただの掃除なので、時々触手を引っ込めてヌメヌメと床の汚れを、水拭きさながらに溶かしてピカピカにしていくスライムの能力に不足はない。
「ンフ、ンフフ……絵面ヤバ。柔軟で残酷な発想に痺れるネ。流石ルーカスが目をかけるだけあル。お弟子ちゃんの作品ってこれの他には何かないノ?」
「スライムの死骸をハーブで煮溶かしたスライム水ね。汚れた食器や服を浸けておいたら、翌朝には汚れだけ溶解液で分解されて綺麗になってるわ」
「お弟子ちゃんはスライムにいったいどんな恨みがあるノ?」
「さぁ、恨みはないんじゃない? 森に無尽蔵に沸いてくる超優秀な掃除用生物だって言ってたわ」
この答えについに心底楽しそうに両手を叩いて笑い出したこの女性も、類は友を呼ぶという言葉通りのド変態なのだが、そこはまぁこの先追々知っていけば良いだろう。そんな悍ましくも楽しげなお茶会で、まさか自身の変態さを話題に上げられているとは露知らず――。
***
「ぶえっきし! えきしっ、へぶっ!」
「ギャウワッ!?」
「あ、びっくりさせてごめんクオーツ。誰かが私の噂してるみたい」
「ギャワーン?」
「くしゃみが三回出るとそう言うんだけど、知らない?」
「キュルクー……」
「ふふ、別に知らなくたって大丈夫だよ。迷信だもん。でももしかしたら私が優秀だって誰かが話題にしてるのかもね――と。よし、今日のスライム収集はこんなもんでいいでしょ! お城に帰ろ」
「ギャウギャーウフ!」
常人の近付くことすら出来ない森の奥。暢気な弟子と平和ボケしたレッドドラゴンは、今日も今日とて、大きなバケツに溢れんばかりのスライムを詰めて城へと戻るのだった。




