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【web版】オネエ魔術師と拾われ弟子◆汚城掃除婦は今日も憂鬱◆  作者: ナユタ
◆第五章◆

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*19* いざ、懐かしの我が家へ。


 こちらの申し出の変更に一瞬だけ戸惑った表情を浮かべるマリーナ。


 幼い見た目で勘違いしていたけど、たぶんこの子は見た目の年齢よりも聡い。それが元々の地頭の良さなのか、心根が素直で優しいからかは分からないものの、少なくとも見た目年齢よりは大人だ。


 だからこれから無謀な真似をしようとしている私のことを心配してくれている。認めるのは癪だけど兄のオルフェウス様と同じで聡くて優しい。でも結局はこちらの崩れかけた方の顔を見て折れてくれた。


 再び歩き出す彼女について不思議な輝きを放つ森を行く。こんな時でもなかったらお伽噺の世界だーってはしゃげたんだけど。それに優しく見えるこの森は、前を歩く彼女にとっては忌々しい鳥籠みたいなものだろう。


 大切に思ってくれる家族から持たされた鈴が歩くたびに〝リン〟と鳴るのを、羨ましくも寂しく感じた。両者無言のまましばらく歩くと、一際明るい場所に出た。というかこの場所に見覚えがある気がする。


 試しに「ここってこの間の泉?」と尋ねれば、思った通りコクリと頷かれた。小さな手に引かれて泉の縁まで歩いて行くと、今度は泉を指差される。


「覗いてみろって?」


 これにもコクン。わざわざそう勧めてくるくらいだから危険はないのだろう。クオーツも特に何も反応なし。それならと手を離して泉の縁に近寄り、膝をついて覗き込んでみると――。


「うわぁ、凄い数の腕輪……かな? 淡く光ってる」


 泉の光の正体はマリーナがつけている物と同じ、鈴付きの腕輪だった。それも夥しいと評して良いくらいの数。水中で淡く輝くそれらは幻想的に見えるが、数が数だけに少し怖い。何よりもどうしてこんな場所に蓄積しているのかと考えると、より背中が寒くなった。


 ここに住む精霊たちはきっととても意地が悪い。もしくは純粋に心が理解出来ないのかもしれない。そうでなければこんな残酷なことはないだろう。泉の中心はそこだけ不自然に腕輪を積もらせていない。そしてその最奥には、どことも知れない街が映っている。


「あのさ、あれってやっぱりマリーナの持ってるのと同じだよね? ということは……皆、ここから向こうに帰れるかもって飛び込んじゃったのかな、なんて」


 自分で立てていながら何て嫌な仮説だろうかと思う。だけどやっぱりマリーナはコクリと頷いた。家族が恋しくて泣くのなら、家族の姿を見せてやれば良い。ここは恐らく見たいものを思い浮かべるだけで見られる魔法の泉。


 だけどここに映る家族の姿に覗く者の手は、どれだけ伸ばしても届かないのだ。俯き、悲しげな表情を浮かべる彼女を思わず抱きしめる。


「そっか、そっか……マリーナは飛び込まなかったんだ。強いんだね」


 囁いて掻き抱く頭の小ささに、絹のような髪の柔らかさに、震える華奢な肩に。私はここまで来ても自分のことばかりだ。


 この世界の異物で愛し子ではない私の〝お願い〟が、どれだけこの子にとって残酷なことなのか分かっていなかった。見えているのにすり抜けられない。その先に行ける私を案内することは、どれだけ悲しいことだろう。


 でもマリーナはただ抱きしめられてくれる子ではなくて。ツンツンと控えめに服の裾を引かれ、抱擁の終わりを告げてきた。


「そうだね……ごめん。せっかく案内してもらったのに、ここで時間潰してたら駄目だよね。もう行かなきゃ。私も自分の仕事を終わらせてくる」


 精一杯の強がりと、この子を置いて行く先が幸せな場所ではないことへの安堵。それを自覚してまた自分のことばかりだと感じて苦笑したら、彼女はこちらの目を真っ直ぐ見つめてコクリと。力強く頷いた。


「じゃあマリーナ、あの牢屋を思い出してもらっても良いかな? 気分が良い場所じゃないと思うんだけど」


 普通なら私の記憶の中にあるはずの牢屋は、真っ黒に塗り潰されて思い描くことなど出来なくなっている。これが師匠と暮らした汚城なら、どんな小部屋に至るまですぐに思い出せるのに。


 するとすぐさまこちらの心得たとばかりに胸を叩いた彼女が、目蓋を閉ざして瞑想する。その姿はまるで小さな聖女様だ。ややあって泉の底にあった街の映像が揺らぎ、真っ暗に見えて仄明るい、不潔で不快な地下牢が映し出された。


「わ、凄い凄い。ありがとうマリーナ。それじゃあ……行ってきます」


 心配そうな表情の彼女に何でもないみたいな顔で握手を交わし、哀しい輝きでいっぱいの湖に身を投げた。不思議と冷たくも苦しくもない。トロトロと何かが若干溶け出して行くような感覚があるだけだ。泉の縁から覗き込んでくる彼女に手を振ったけど、見えたかなぁ。


 首に巻き付いていたクオーツはいつの間にかお腹の上に移動している。喉を撫でれば「ギュー」とご機嫌に目を細めるから、これから頑張ってもらうことになるので先に目一杯労っておく。


 泉の底――つまり向こう側の世界につくまで、一人と一匹で両側で壁になっている腕輪に触れて鳴らしたりして遊んだ。水中でも鈴達はリィン、ルリリとそれはそれはそれは綺麗に歌う。望郷の歌なのか、未練の歌なのか、思慕の歌なのか、嘆きの歌なのか。


 ただ残念ながらそんなさざめく鈴達の歌声に導かれて落ちた先は、まさしくこの世の地獄みたいな場所だった。トプリと、身体を覆っていた最後のあちらの世界の余韻が裂け目に吸い込まれて。


 お尻を払って立ち上がった空間には、記憶を失くしても懐かしいと感じる悪臭が漂っている。クオーツがあからさまに不機嫌な呻き声を漏らしたので、少しでもご機嫌がマシになるように抱き上げた。


「おぉー、ここってこんなに暗くて狭かったんだ。それで……まだこういうことをしてるんだね」


 格子の内側に転送されて良かった。壁に繋がれたまま事切れた子供らしきもの(・・・・・・・)の頬に触れる。ベタリとした感触は、血とか、皮膚とか、分泌液とか、たぶん、そんなやつ。今の私の顔半分と同じだ。


 きっとこの子達が駄目になったから、師匠の護符を壊してしまった私に呪いが跳ね返った。優しい空間から放り出されて、脳を灼くような痛みが戻ってくる。たぶん長くは精神が保てない。全部が終わったら気が狂って死ぬのだろう。


「ごめんね。一応うちの身内がこんな酷いことをして。皆のこの痛みと絶望の仕返しはちゃんと私がしてくるよ。というわけでさクオーツ。その忌々しい牢の鉄格子を曲げちゃってくれるかな?」


 そう注文をしてピッと太い鉄格子を指差せば、任せろとばかりにクオーツが腕の中から飛び降り、大型の猫くらいしかないその身体で、まるでカーテンを開けるみたいにいとも容易くギョインと奇っ怪な音を立ててへし曲げた。


「流石クオーツ。頼りになるなぁ。この調子でどこか適当な壁になるべく音を建てないで穴開けてさ、一旦外に出られるかな?」


「ググ、キュー?」


「うん。外に出るの。でね、この屋敷全体を覆えるくらい大きな籠を座標で編むんだ。今なら師匠のくれたデッキブラシがなくても出来る気がするから。ちなみにそれからがクオーツの本領発揮のお時間ですよ」 


 誰も屋敷(ここ)から逃さない。

 一人残らず絶望に沈めて狩り尽くしてやる。


「大きい焚き火しようよ。ね?」

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― 新着の感想 ―
[良い点] んっ? んんんんんんんんんん?? アリアさん、あんたなにを…………((( ゜ᄇ゜;))) と思わず出てきてしまった通りすがりです。 マリーナ……(ほろり) クオーツ、頼れる良い子。好き…
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