*17* 呪い避けと愛し子。
「断る!!」
「えっ……何でですか!? 師匠さえ破門するって言ってくれたら、それで諦めるって言ってるんですよ? 破格じゃないですか!!」
「その傷で怒鳴るなこの阿呆が! 下らんことを言ってないで、さっさと傷を見せろと言ってるんだ!」
「嫌ですっ! 師匠の情けはもう受けません!! それにっ――、」
唇を噛んで言葉を飲み込む。ここで私が〝それに師匠、失望したって言ったじゃないですか〟と言うのはずるい。しないはずがないし、そうさせたのは私なんだ。
「あー……二人とも冷静じゃないネ。このまま話しても無駄だと思うヨ。アリア、君の気持ちは分かったから、一旦こっちにおいデ。ルーカスはアリアの傷を治したらさっさと皆のところに戻れば良イ」
「いえ、もう傷のことは良いんです。これは私への罰だと思うので」
「何を言って――、」
「師匠が破門するって言ってくれないなら、もう良いです。自分の心にケジメがつけたかっただけなので。マーロウさん、たぶん皆のいる場所を知ってますよね? 教えて下さい。クオーツと二人で行くので」
「アリア! 聞き分けのないことを言うな!」
「んー……教えたら傷の手当てさせてくれル?」
「マーロウさんになら……」
「わたしはルーカスのように上手くは出来ないヨ?」
「今ここで顔が崩れなかったら良いです」
「はぁ……困ったねェ」
そう言って本当に困った様子で頬を掻くマーロウさん。この場で私と師匠の板挟みになって一番迷惑を被っているのだから当然だ。申し訳ない。
その時〝リン〟と聞き覚えのある鈴の音が聞こえたかと思うと、何もなかった場所に急に現れた空洞から、鈴の輪をつけた細い手が伸びてきて私の腕を掴んだ。グッと引っ張る力は弱い。けれどその手の持ち主に心当たりがあったので、彼女の助け船に乗り込むことにした。
一瞬だけ感じたズルリと身体が引き伸ばされるみたいな感覚は、私の魂に紐付けられた座標がずれたからだろうか。それすらもうどうでも良い。クオーツが二人を威嚇してくれている間に、この破れ目に身を投じてしまおう。
トプリと吸い込まれた先から今までいた部屋の中が見える。波紋を描く向こう側からクオーツが私めがけて飛び込んで。閉じてしまうあちらの世界で「アリア!!」と叫んで手を伸ばす師匠の姿がかき消えた。
マーロウさんがやれやれといった表情だったのは、たぶん私と同じで心当たりがあったからだと思う。掴まれていた腕から手が離される感覚に振り向くと、そこには思っていた通り、心配そうな表情をした小さな女の子が立っていた。
珍しい夜の宵闇に近い紫紺がかった髪と金色の瞳。魔力が多いと精霊に気に入られて攫われるという言い伝えがあって、精霊避けのお守りとしてなのか、攫われたとしても居場所が分かるようになのか、ともかく踊り子さんがつけるような鈴のついた腕輪をしている。
ちょっとつり目で黒い子猫みたいな女の子は、兄であるオルフェウス様にほんの少しだけ似て……ないなぁ。気弱そうで可愛いや。私の胸元にしがみついていたクオーツも警戒していない。興味深そうにお互いを観察している。
「ありがとう。怒られてるところを助けてくれて」
声をかければコクコクと頷いてくれた。それからおずおずとした様子で顔を指差され、怖がらせてはいけないと慌てて隠した。
「ああ、これ? 師匠のくれた護符が壊れちゃって、どこかで誰かが勝手に私に押し付けてた呪いが跳ね返ってきたみたい」
そう前髪を押さえつつ笑って見せると、今度は心配そうに表情を曇らせた。自身もこちらが押さえている方と同じ側を押さえて、しきりに撫でる素振りを見せる。
「痛いのかって? うん、んん? あれ、何でだろう。さっきまであんなに痛かったのに……ここだとあんまり痛くないみたい」
今度はホッとした表情になってくれる。こんな時なのに何だか和むなぁ。こんなに可愛い妹がいるオルフェウス様が羨ましくなる。何かを察したクオーツが「ギャウ、ウルルルウゥ」と文句を言う。鋭い。でもご機嫌とりに顎を撫でたらすぐにうっとりするところがチョロ可愛いドラゴンだ。
「心配してくれたんだ。優しいなぁ。えっと、マリーナ……だったよね? もしかしてオルフェウスお兄ちゃんの居場所も分かったりするのかな?」
この問いかけにもコクコクと頷くマリーナ。素直で良い子だ。だからこんなことを頼むのは本当に申し訳ないのだけど――。
「そうなんだ。じゃあお願いなんだけどね、そこまで連れていってくれない?」
流石にそれまでよりも頷くのには時間がかかったけど、やっぱりコクンと頷いてくれた。差し出された小さな手を握ると仄かに温かい。握り返される方も握り返す方もぎこちないのはご愛敬。
ジワジワと涙腺を刺激されたものの深呼吸で抑え込み、ゆっくり歩き出すマリーナの歩幅に合わせてついていく。クオーツは頑張って師匠に威嚇して眠たくなってきたのか、私の肩に襟巻きのように巻きついてじっとしている。
「マリーナは、ずっと前に私を助けてくれたのって憶えてるかなぁ?」
これにも頷いてもらえて思わず頬が緩んだ。師匠に出会うまでずっと一人だと思っていたけど、助けてくれる人はいた。逆に言えば助けられてばかりだったんだ。
「そっかぁ。私ね、あの時のことでずっとお礼が言いたかったんだ。ありがとう。今回も、その前も」
そう言って足を止めた私をマリーナが不思議そうに振り返る。その金色の無垢な双眸に見つめられて、思わずこの子を助けたい一心で下法に手を出したオルフェウス様の顔が頭を過った。だから。
「やっぱり目的地を変更しても良いかな。私が繋がれてたあの地下牢に」




