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【web版】オネエ魔術師と拾われ弟子◆汚城掃除婦は今日も憂鬱◆  作者: ナユタ
◆第五章◆

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*14* 結局こうなるんですね。


「ふむ……見たところ顎関節の脱臼と、腹筋の方は肉離れですな。どちらも大したことはないが二、三日様子を見てあげなさい。食事は柔らかいものにして、肉離れは時間薬だから安静に」


「はい。ありがとうございました先生」


 初老のお医者様の発言はベッドに横になりながら、視線で〝薬は嫌だ〟と訴える彼女には朗報だったらしい。代わりにお礼を言った私に笑顔を向ける余裕が出来たみたいで、大変ようございました。


 ベッドの端で猫みたいに身体を丸めていたクオーツはその見立てを聞いて、不満そうに「グー……ゥルルル」と鳴く。たぶん〝心配して損した〟的なことを言っているんだろう。激しく同感だ。


「じゃあ私はお医者様を見送りに行くから、クオーツはここでマーロウさんが勝手にベッドを抜け出さないよう見張ってて」


 釘を刺した直後にニマァと笑う彼女を残し、お医者様を玄関まで送るために部屋を出た。彼女と子供達は私の客人として招かれているので、屋敷の母屋の方でなく離れに部屋を借りている。


 だからここへ足を踏み入れる人の案内をするのは私の役目らしいが、そんな御大層なこと庶民な孫に任せないでほしい。お高い調度品が品良く飾られたこの通路を、あの子達が走り回る時の恐怖といったら生きた心地がしないのだ。


 無事にお医者様を玄関まで見送り、通路の角から興味津々に顔を覗かせる子供達を手を振ってあしらい、使用人の皆が心配そうにしていたので先生の見立てを聞かせたら、揃って笑われてしまった。まぁ、理由が理由だからなぁ……。


 温かい飲み物とお菓子を頼んで部屋に戻ると、尻尾の鱗を剥がされかかっていたクオーツが威嚇しているところだった。こちらに気付いて飛んでくるクオーツを抱き止め、ベッドに近付いて側の丸椅子に腰をかける。


 逆立っていた鱗を撫でてやると落ち着いたのか、上目遣いに「キュルルルン」と甘えた声を出す。うちの子がドラゴン界一可愛い。優勝ですよこれは。


「ちょっと目を離しただけなのにクオーツ苛めないで下さいよ」


「苛めれないヨ。鱗を見せへっれ頼んららケ」


「どっちにしても同意のない行為は駄目ですってば。それにしても……私まで変な恥をかいたじゃないですか。笑いすぎて脱臼と肉離れって。魔術に没頭する生活をしてるにしたって、虚弱にも程があります」


「ひょうがないじゃなイ。わらしらって、こんなころになるの、初めてらシ。魔法も武器もなしれやられたころ、なかっらのにナ」


「人の心配事で顎が外れるくらい笑った罰ですよきっと。猛省して下さい」


「らってアリアってば、ん、んふふ、ひひ、痛っ、思いらさせるの、や、止めてヨ。またわらっひゃうかラ」


 ベッドの上で横腹を押さえたまま、痛みと笑いの発作に堪えるマーロウさんを見ていたら、一時間前の恥の傷口が疼く。戻ってあの時の自分を〆たい。


「うぐぅ……も、もうあの話題は思い出さなくて良いですから。師匠にも内緒にして下さいよ? それと顎に負担がかかるからしばらく笑うのも喋るのも禁――、」


 一時間前の勘違いを蒸し返されて慌てて話を打ち切ろうとして、そういえば一番肝心なことの次くらいに気になっていた質問を思い出した。


「――止です、ってこともないです。あ、喋るの辛いなら筆談にしましょう」


「ええ~師弟ほろっへ、えのひらかえふのはあいネ」


「無理に喋らないで筆談にしましょうってば。書く物持ってくるので」


 そう告げてクオーツを抱えたまま立ち上がろうとしたら、ちょうど頃良くドアをノックする音が響いて。紅茶とクッキーを持ってきてくれたメイドさんにお礼を言い、たぶんあの子達も欲しがるだろうから追加発注をお願いしておいた。


 今の時間は用意してもらった部屋で思い思いにくつろいでいるだろうから、そこにお茶とお菓子が加われば最強だ。皆歳の割に痩せているからお菓子で太ったって問題ない。夕食も付け合わせ一つ残さないと厨房の人が褒めてくれたし。


 そんなところが放っておけないこの気持ちは、きっと昔に師匠も感じてくれたものだと思う。あの子達がどんな出自か知らないけど、思い出させて怖がらせるくらいなら知らなくても良い。師匠が面倒を見ろと言うなら見るだけだ。


 お茶とお菓子と筆記用具とパッと見ただの美人さんな凄腕魔導師。この贅沢な並びにちょっとだけ機嫌が上向いたので、早速質問と言う名の事情聴取を始めたのだけれど――……開始二十分で暗礁に乗り上げた。理由は単純。


「うーん、うん、あれです。読めないですね。マーロウさんは何と言うか字が独創的過ぎます。もしかして速記派です?」


「汚ないっへいっへもいいヨ。自覚はあるはラ。それに推測もあっへル。思い付いらことは、一気に書いひゃうんらよネ」


「ああ~研究者あるあるですね。師匠は汚部屋でマーロウさんは悪筆と」


「んふふ、その通りらヨ。らからさ、もう口頭れきいへくれればいいヨ」


「そういうことなら……なるべく答えやすいように紙に質問をまとめるので、それを見ながら教えて下さい。申し訳ありません、ご協力お願いします」


 ――ということで。


 私がせっせと質問を紙に書いている間に顎を痛めているマーロウさんは紅茶を、クオーツはお菓子でのんびりして頂いて、十五分ほどで質問内容を書き上げた。


 マーロウさんは手渡したそれをザッと見るなり「アリアは、要点まとめるの下手らネ」と。さっきの仕返しなのかニヤリと笑った。それから「ルーカスは、愛されへるネ。恋文みらいラ」ともからかわれる。


 顔から火が出そうな気分になりつつも、次の瞬間スッと研究者の顔になったマーロウさんを取り巻く空気に、思わず緊張で喉が鳴った。


 書いた内容は主に四点。


 *朧気だったマーロウさんの見た目の変化に座標が関係しているか。

 *もしもしているのなら、その莫大な座標をどこから手に入れたのか。

 *半精霊という存在があるとすれば、それは貴方のことか。

 *昔馴染みの目から見て、師匠は私のところに帰ってきてくれるか。


 どれも大切なことのはずなのに、一番気になるのは最後の一行だなんて言ったら師匠は怒るかもしれない。審判の時を待つ罪人の気持ちで答えを待つ。クオーツにもそんな私の緊張が伝わったのか、時折心配そうに頭を擦り付けてくる。


 全部読み終えたのか、ふんふんと軽く頷いて顔を上げたマーロウさんは「れんぶ説明しらら、顎が死ぬネ。直接見せら方が早いヤ」と言ったかと思うと、急に私の腕を掴んで。


 ――直後、世界がグルリ、暗転した。

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