*12* 手紙も寄越さずそれは来た。
すぐに戻ると言って出ていった師匠。他人との約束よりも己の興味が勝るものがあれば、あっさりそっちに時間を割く人だから、最初からあんまりあてにはしていない。けれどしてはいないというのと、期待しないというのはまったくの別物だ。
なので師匠達が何かの調査に出かけてから約二週間。お祖母様が気にするから屋敷の中で鬱々と出来ない私は、表向きはクオーツの飛行練習という名目で日に一度、屋敷の上空で叫ぶという日課を持つまでになっていた。
「師匠の嘘つきぃぃぃ、全然帰ってこないじゃないですかーーー!! 普通連絡くらい入れられるでしょうがーーー!!!」
乗せてくれるクオーツにしたらいい迷惑でしかないだろうけど、優しいレッドドラゴンは空気を読んでか嫌な顔一つせず毎日同行してくれる。
「ここにいたって掃除しちゃ駄目だし、刺繍とか詩だとか、精霊信仰についての勉強だとか、もうお腹一杯なんですよ! 私に何か仕事をさせろーーー!!」
臨時お嬢様としての暇を持て余せる分は使い果たした。そろそろ本職である魔術師の弟子に戻りたい。そんな気持ちを込めて日課をこなし、お祖母様の待つ屋敷へと帰ったら……門の前に子供っぽいのが五人と、大人っぽいのが一人立っている。
朝も早くから来客だろうか。でもお祖母様からは事前に何も聞かされていない。もしかして学校で自領を治める貴族にお話を聞いてみようとか、精霊教会に寄付して下さいっていう嘆願?
「ねぇクオーツ、あの子達って悪い奴か一般人のどっちだと思う?」
「ギャウー……グルル、キュッ。キューゥ、クククルル、ウゥウゥ!」
「へぇ、殺気ってこんなとこからでも多少は分かるものなんだ? で、注意するなら大人の方ってことね。ふむ……じゃもうちょっと高いとこで見張っとこっか」
「ギャウギャーウ!」
ということで協議の結果、しばらく上空から様子見して、学校関係者を装った暗殺者とかならクオーツの火炎で焼き払おうということになった。そう決めて下げかけていた高度をまた上げ、グルグル屋敷の上空を旋回する。
見下ろす中で屋敷の方から執事さんっぽい人影が歩いてきて、珍客達の中で唯一の大人と門を挟んで話し込み始めた。上空から見る限り険悪な雰囲気はないし、逃げ出したり怪しい動きを取る子供もいない。ただ何故か若干執事さんの方が気押されているのが不思議だけど。
――と、下にいた子供のうち一人がこちらに気付いて手を振ってきた。一人が振るとそれに気付いた他の子供達も一斉に手を振ってくる。悪い気はしないけど、どういう状況なのか分からないのに変わりはないわけで。
仕方なくクオーツに「どうする?」と問いかけてみたところ、グッと馬銜を噛む力が強くなったので慌てて鞍を挟む脚に力を込めた。直後、世界の上下が入れ替わる。空中で一回転したのだ。頭に一気に血が登って、また一気に下がる。
一瞬馬鹿になった聴覚がいきなり戻ってきたことで耳の奥がボオォゥと鳴った。それが治まると今度は下からキャーッと黄色い歓声が聞こえて。まだフラフラする頭を何とか固定して再びそちらを向くと、今度は大人までも手を振っている……というよりも、手招き? しているのかな?
あの場に私達を呼ぶ理由は分からないけど、呼ばれているのなら降りないと仕方ない。軽くクオーツの馬銜に手綱で合図を送ればすぐに高度が下がり始めた。徐々に近付いてくる地上なんだけど――……はしゃいだ子供達が着陸しようとする場所に入ってきてしまう。はっきり言って危ないし邪魔である。
困っていたところで執事さんとフードの人が子供達に声をかけ、安全地帯まで下がらせてくれた。そこでようやく安心してクオーツの着陸をさせることが出来たものの、降りてからが大変なことの本番だった。
「すっげー! ほんもののドラゴンだ!!」
「うわぁ、はじめてみた! さわっていーい?」
「あ、あの、この子って噛んだりしませんか……?」
「ねぇねぇ、なんでデッキブラシもってるの?」
「魔法使いだって聞いてたのに、竜騎士で……しかも弱そう」
好き勝手にピィピィ言う子供達にクオーツがうるさそうな顔をする。大きい姿だと口から覗く牙も相当な大きさなのに、物珍しさが勝っているのかめげない。執事さんがすまなさそうにしている横で、フードの人は腕組み待機。何だこの珍客達。いよいよ呼ばれた意味が全然分からない。
「あー……はいはいはい、噛まないけどいきなり触っちゃ駄目。あとこのままだと私が背中から降りられないから下がってね」
クオーツの背中の鞍から前脚まで滑り降りて、適度に手にしたデッキブラシで着地点を確保し、そこから滅茶苦茶何かしら期待している子供達の前に飛び降りるに至り、ようやく保護者枠っぽいフードの人が前に歩み出てきて。
「お久しぶりだね、お弟子ちゃン。君の師匠からのお届け物だヨ」
かぶっていたフードを脱ぎ、ニィッと楽しげに薄い唇を持ち上げてそう笑ったのは、眠たそうな菫色の綺麗な二重の瞳に、金色に近い色素の薄い茶色の髪の何とかさんだった。




