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【web版】オネエ魔術師と拾われ弟子◆汚城掃除婦は今日も憂鬱◆  作者: ナユタ
◆第五章◆

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★10★  メインディッシュは決めてるの。


 暗い石造りの通路に出来た水溜まりにトーチカの灯りがヌルリと反射し、錆びた鉄とカビの臭いが鼻をついた。自分の実験でやらかした城なら気にもならないけど、アリアの掃除した空間に慣れている身からすると結構辛いというか、ずっと堪えてきた鼻が限界を訴えて――。


「~~ックシュン、クシュン、ィッ、クシュンッ!!」


「大丈夫かね、ベイリー殿」


「ええ平気よ。けど騒がしくしてごめんなさいね。風邪ではないと思うけど、誰かがあたしの噂でもしてるんじゃない?」


「ああ、まぁ、噂をしていそうな人物に大体見当はつきますが。それでなくともここは辛気臭くて寒い。嫌な場所です」


 そう言うとキュッと眉根に皺を刻むエドモントの坊や。最初に会った頃よりも表情が読みやすくなったのは、きっとあの騒がしい弟子のおかげなのだろう。そして彼が指す相手がその弟子であることも間違いない。


 だから軽く笑って「そうね」と返せば、この中で一番付き合いの浅いアリアの祖父であるダントンは、こちらの会話が指すものが分からない様子で訝かしむ表情を浮かべる。まだアリアの猫を被った姿しかしらないだろうから、すぐに共通認識を持つのは難しいのだろう。


「アリアのことよ。あの子も今はあんな風だけど、拾ってきた当初は少しでもあたしの側を離れたら死ぬとでも思ってたみたいで、どこに行くのにも雛鳥みたいについてきたわ。それこそお手洗いやお風呂の時でもね」


 一瞬当時を思い出して苦笑すれば、ダントン坊や(・・・・・・)の顔色が変わる。特に脅したつもりもはないのにエドモントの坊やも怯んだのはご愛敬。それともこんな(・・・)場所にいるから、らしくもない昔語りをしてしまったのだろう。


「まぁ、くしゃみと昔話は置いておいて……問題は今の精霊教会の腐敗ぶりよね。あたしは十年以上前の教会しか知らないし、当時から割と不正は横行してたけどあの時だってここまで悪辣にはやってなかった。それにエドモントの坊やみたいに自分の能力の限界を失くそうとして下法に手を出す狂人は多かったけれど、金の為という小悪党はいなかったわ」


 一度言葉を切って二人の反応を見る。その差は対極的だった。一方は不快感を。もう一方は悲壮感を。どちらの反応が正しいということはないけれど、木偶人形のように無反応よりはずっと良い。


「教会は魔術の実地や検証をせずに〝精霊の加護〟という耳に心地良い嘘で、学問としての魔法を覆い隠す。魔力のない者達には真理も疑問もいらないとばかりだ」


「これでは救済をうたった人身売買の隠れ蓑だ。この嘆かわしい状況を妻が知ったら何と言うだろうか……」


 教会の神官を輩出する家の繋がりはこの件を炙り出すのに有効だ。通常一般人が正面から教会の上位にいる神官に会いたいと言っても拒否されるが、アルマ()の一族の人間を妻に迎えた彼を緩衝材に使えば、渋々ではあるもののそれなりに話を聞き出す役に立った。


 ここでの彼の役目は教会の教区にある孤児院の不穏な噂を耳に入れること。そこまで漕ぎ着ければ実際にアリアを保護したあたしと、宮廷魔導師のエドモントの坊やがたたみかける。


 ついでにダントンが『これはまだアルマ以外の他教会に漏らしていない。極秘裏の情報だ』と言えば、無視も出来ない。教会の出来事に国が介入するのはあまり良い顔をされないものの、国から睨まれて余計な詮索を受けるのは避けたいはず。


 そうしてこちらの予測通り、アルマの教会は動いた。最悪自分達の教区から不届き者が出ても、一番最初に協力したということで恩情を得られる可能性にかけたのだ。結局のところ聖職者も人間。自己の保身をするのは当然といえた。


「奥様には解決するまで教える必要はないんじゃないかしら。まさか教会が教区内に持つ一部の孤児院に【呪い避け】の加護がある子供達を集めているだなんて。虫酸が走るわ」


 そんなやり取りをしていたら、三人で立ち止まっている通路の奥が俄に騒がしくなって、ガシャガシャと金属が擦れ合う音と複数の靴音がこちらにやってくる。薄暗がりでも見飽きるほど見てきた人影に向けて手をあげれば、数人いる人影の中から一人が突出して足早に戻ってきた。


「思ったよりも遅かったじゃない。ギルドでずっと書類整理ばかりしてたせいで、現場の勘が鈍ったんじゃないの?」


「オイオイ、馬鹿言えよ。こっちは他の仕事ほっぽってお前さんの無茶振りに応えてやったんだぞ。もっと労ってくれっての」


「これまでのあんたとの付き合いであたしがした無茶より上ならね」


「ハハハ、だったら駄目だな。オレの方が分が悪い」


 ジークはいつものようにすべてを誤魔化す笑みでそう言うが、その身体からは生臭い鉄の臭いが漂ってくる。それから一種独特な肉の臭いも。彼が身体に巻き付けている外套の裾から滴る不規則な水音の正体が何なのか、この場で分からない人間は一人もいない。


「分かれば良いのよ。それで首尾はどうだったの?」


「見張りと上の連中はうちのが片付けた。この奥にいた【呪い避け】の予備のガキは全部で六人。どいつも歳の頃は十に満たない」


「そう。なら誰がどうやってここに連れて来たかの証言は難しいわね」


「ま、そう焦りなさんな。もうすぐ逃げた連中を追撃に向かってるレイラが戻ってくる。ガキに聞けないなら悪党に聞けば良いだろ。優しく、優しくな?」


 こんな風に歪な笑みを唇に乗せたジークの顔を見るのは何十年ぶりか。そのくせこの男がどれだけ〝優しく〟話を聞き出すのかは憶えている自分がいる。苦手な書類整理をする時よりも随分と意欲的だ。


 協力を仰いでおいて何だけど、この人選は少し子供を攫って小遣い稼ぎをしようとしていた連中にとっては災難だったに違いない。けれどそれも自業自得というものだろう。後ろで会話を聞いている二人からも苦情がないのがその証拠――と。


「それにしてもお前さん、こんなまだるっこしい手を使わないでも、アリアの家を乗っ取った連中を始末すりゃ良いだけだろうに。何でそうしないんだ?」


 肩を竦めて呆れたように言うジークを見て、その可愛らしい発想に思わず笑ってしまった。訝かしむ三人分の視線を受け止め、笑いを噛み殺して口を開く。


「だってねぇ、絶望に染まる顔を見るのが好きなのだもの。簡単に殺したら見られないじゃないの」

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