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*7* 日帰りドラゴン鱗剥ぎ。


 天井が高い。正確には天井といっても、あるのは自然物の岩肌なのだけれど。


 しかもここはもしかしなくともとんでもなく熱い場所なのではないかと思う。赤い水……にしては粘度の高過ぎるそれが、視界のあちこちでドロドロボコボコと煮え立ちながら流れている。師匠の本棚の本で得た知識だと、これは溶岩と呼ばれるやつだろう。


 ドラゴンは自身の生態系に適した場所で巣を作って生活する。身体を丸々森にしがちなグリーンドラゴンは山や森に、渇いた土地が好きなイエロードラゴンは砂漠地帯、宝石が好きなブラックドラゴンは鉱山で……この法則で行くと、レッドドラゴンは間違いなくここにいることになる。


「師匠、無理無理無理、いくら何でも無謀過ぎます。私達、ドラゴンと相対するのに何の装備もないじゃないですか。二人揃って布の服ですよ?」


「あんたは馬鹿ね。レッドドラゴンの炎の前では、王城の騎士が着てるような甲冑でも布の服と大差ないわよ。むしろその炎に耐えられる素材として鱗が欲しいんでしょうしね」


「それが分かってて挑む師匠の方がよっぽどです。もしや誰かとパーティーを組む時っていつもこんな感じなんですか? 絶対に人様に迷惑かけてるやつですよ~」


 ギリギリで〝狂人なんですか?〟と聞くのは堪えた。若干そうかなとは以前から思っていたとしても、尋ねたところで本人の口からそうだと答えられても怖いし。


「口の減らない弟子ねぇ。あたしは天才よ。大体さっきから布の服でここにいるのに、熱くも息苦しくもないでしょう」


 呆れた様子の師匠に指摘されてようやく気付く。そういえばさっきから陽炎まで見えているのに汗の一滴もかいていない。人に無謀と言っておきながら、ついつい好奇心が勝って溶岩の滲み出る岩をチラリと見やる。


 師匠の方を見ながらそろーっと掌を翳してみても止められないので、えいや! とばかりに溶岩の滲み出る岩に触れてみた――と、足許から淡い輝きが浮かび上がってきて、私の身体の周りに青白い膜のようなものがかかった。


「あんたは本当に鈍いわねぇ。優しいあたしが加護をかけてあげてるのよ。でないととっくに肺が爛れて死んでるわ。だからあんたは余計な心配しないでその辺の岩にでも座って、憧れの現場とやらを見学していなさいな」


「そこはせめて岩陰が良いですね。気分だけでも安全ぽいですし、かといって師匠の勇姿は見てみたいですもん」


「あらそう、良い心がけね。ちょうど向こうも臨戦体勢に入ったみたいだし」


 不敵に微笑む師匠。その言葉に今まで見通せなかった洞窟の暗闇が、ボウッと赤白く光り、不気味に歪んだ直後。


 雪の結晶を幾つも重ねたような、普段は空間転移にしか使われていない魔法陣が空中に現れて。あ、と思った瞬間……何かがぶつかり合う大爆音が轟いた。意味が分からないと悲鳴も出ない。ただ天井から一軒家くらいある岩盤が崩れ落ちてくるのを見た時、流石に死んだと思った。普通の神経を持った凡人なので。


 ――が、しかし。


 崩れ落ちてきた岩盤は私の身体を包む青白い膜に阻まれ、むしろ落ちてきた速度より凄いのではという速度で弾き返されて……洞窟の天井を突き破った。その場で腰を抜かして呆然と見上げる私の視線の先には一面の青空。


 からの「爬虫類風情が生意気な」という低い声と、シャリン、と鈴が鳴るような音がして。空からそちらに視線を戻せば、自然界ではまず溶岩と共存出来ないはずの氷柱が、赤い鱗の持ち主へと圧倒的な質量で襲いかかるところだった。


「ド、ドラゴンって、お、おも、思ってたより大きいんですね!?」


「騎士団が討伐に出る獲物が何で小さいと思うのよ――っと」


 腰を抜かした私をヒョイッと抱えあげた師匠は、そのまま私を岩陰に座らせる。目の前には怒り心頭とばかりに炎の名残を食い縛り、口の隙間から煙をあげているドラゴン。さっきの爆発は師匠の氷と炎がぶつかった水蒸気爆発だったみたいだ。


 ドラゴンはうちの城の半分くらいありそうな身体をギラギラと輝かせ、這いつくばった姿勢のままぐうっと息を吸い込む素振りを見せた。灼熱の吐息は体内に充填されるまで数分かかる。だとしたらそれ以外で次にくるのは――。


「師匠、慟哭がきま――、」


「哭く暇なんてやらないわよ。そこらの凡人じゃあるまいし」


 そう鼻で嗤った傲慢さのままに、師匠の構築した魔法陣から発射された巨大な氷の塊が、今まさに雄叫びをあげようと開いたドラゴンの口に突っ込んだ。後方に吹き飛ぶその巨体が天井だけでなく壁面をぶち抜いたことで、もう青空はどこからでも見える状態になってしまったのだった。


 ――で。 


「鱗って言うからもっとヌメヌメしてるのかと思ってましたけど、意外と綺麗ですね。傷もないですし」


「ヌメヌメはしないでしょ。爬虫類であって魚類じゃないんだから。それに多勢に無勢で寄ってたかって攻撃したら、どんなに強くて綺麗な生き物だって傷だらけにもなるわよ。そもそも一発で力量差を分からせてやれば、ドラゴンは高等生物だもの。余計な抵抗はしないわ」


「それって要はさっきみたいに、一発の威力がえげつない攻撃でもないと駄目ってことですよね?」


「馬鹿ね、ドラゴンを狩りに来るならあれくらい出来て普通なの。第一このドラゴンはまだ子供よ」


「そうなんですか? もうこんなに大きいですけど……」


「まだまだ大きくなるわよ。子供って言っても鱗の感じからして百歳は超えてるでしょうけど。棲みかの選び方が下手だからギルド何かに目をつけられるの」


 師匠と二人並んで他愛のない会話をしながら、横たわったまま微妙に震えているドラゴンの鱗を吟味する。艶々していて微妙に温かい鱗は、一枚が私の胸からお腹までを隠せるくらい大きい。


 ただ流石にぴっちりくっついている鱗を剥ぐのは生爪を剥くような感じで痛そうなので、触ってみてちょっとぐらつくくらいのものを選んで剥ぐ。それでも逆剥けを無理矢理剥かれる程度には痛いようだ。


「……選んで剥ぐのも面倒ね。もう丸々剥いてしまわない?」 


「剥いてしまわないですね~。どんな鬼畜の所業ですかそれ」


「ドラゴンなんて素材じゃない」


「残念、生き物なんですよね~」


 物騒な提案をした師匠の言葉にドラゴンがビクリと震える。どうやら知能が高いのは本当みたいだ。言葉の全部を理解しているのかは分からないけれど、一応「大丈夫だよ~。そんなことさせないからね~」と声をかけておく。


 結果、何故か寝転んでいたドラゴンが起き上がり、自発的に鱗を選んで剥がしてくれた。人間と同じで自分で剥いた方が痛くないみたいだ。カチャカチャと硬質な音を立てて美しい緋色の鱗が床の上に落ちる。その数全部で三十枚。大盤振舞だ。


 思わず「こんなにくれるの?」と尋ねたら、すっかり従順になったドラゴンはグルルと喉を鳴らして応えてくれて、ついでに物理的に舐められた。魔法陣の膜がなかったら今頃涎でベタベタになっているところだ。


「くれるっていうのなら受け取っておいたら良いんじゃない? 丸裸にすることを考えれば大譲歩よ」


「まだ言う。駄目ですよ師匠。今日は私の我儘を聞いてここまで連れて来てくれたんでしょう? だったら、もう充分ですよ。ギルドのお仕事を体験出来ましたし、師匠の格好良いところも間近でいっぱい見られましたから」


「別にあんたの我儘を聞いた気はないわ。単にあんたが師を敬う心が最近減ってきてるみたいだったからよ。依頼では一枚で良いみたいだし、これだけあれば充分でしょう。残りはジークにでも高値で売り付けるわ」


 そんな風にひねくれた物言いをするくせに、頭を撫でてくれる手は優しくて。猫の子みたいに喉を鳴らすドラゴンと、変わらない気分になるのだ。

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