*4* おてんば孫娘ですみません。
「こぉらクオーツ。流石にもう食べちゃ駄目だよ。お腹が破裂したらどうするの」
七つ目のケーキにかぶりつこうとしていたチビドラゴンの尻尾を引っ張るが、次にクオーツが考えそうなことに思い至って「大きくなるのもなし」と釘を刺したら、案の定不服そうに「ギャウゥゥッ!」と鳴いた。
寒い冬の空を飛んで来た身体に暖かい部屋とお茶のもてなしは大変嬉しい。そこに豪華なお茶菓子と軽食がつけば満点だから、今のこの状況はまさに理想そのものなんだけど――。
そっと視線を斜め前に向けると、お高そうなティーポットを手にひきつった微笑みを浮かべたメイドさんが「お……お客様、紅茶のお代わりは……」と声をかけてくれる。でも震えが抑えきれないのか、ポットの蓋がカチャカチャと音を立てているから、正直居たたまれない。
「あ、いや、私は流石にもうお腹一杯なので」
何度目か分からないこの問答を比較的やんわりと断ったのに、メイドさんは勇気を振り絞って「で、ではお連れのお客様は……」とオルフェウス様に声をかけた。しかし彼は視線を上げることもなく「こちらも結構だ」と言い放つ。
怖くても逃げ出したら怒られるんだろうけど、レッドドラゴンと不機嫌な美形を前にしてもそれが適用されるなんて、お屋敷のお仕事って思ってたよりも大変そうだ。師匠の家から通える範囲だと、やっぱり当面はこのままギルドで雇ってもらおうと思えるほどには。
今のやり取りでさらに萎縮してしまった若いメイドさんは、若干涙目になっている。ここで私の居たたまれなさは頂点に達した。こんなに気まずい空間に放り込まれて一時間半もよく堪えたと思う。以前までの私からすれば大快挙だ。
そもそも何故今の状況になったかというと、一時間半前に祖父母の住むこのお屋敷にやって来たからなわけだけど、最近少しは人里での暮らしぶりを覚えたとはいえ、長年の森での生活で私の一般常識が鈍っていた。
生まれてからずっと深窓のお嬢様暮らしをしていた祖母は、約束の時間に上空からレッドドラゴンに跨がって現れた孫娘と、ワイバーンに跨がったオルフェウス様を見て卒倒したのだ。ただ使用人達も何人か倒れていたから、祖母が特別繊細ということでもないらしい。
祖父は私達にこの部屋で待つように言い置いて、倒れた祖母のために医者を呼んで屋敷の奥へと引っ込んでしまったわけだ。それ以来戻って来ない。ドラゴンに乗って現れただけでこれなら、顔の傷跡を見たらもっと大変なことになるのではと今から心配である。
「えっと……それじゃあまだお時間がかかりそうなら明日にでも来訪し直しますので、今日はお暇しますと御当主にお伝え頂けませんか?」
「そ、それでは本日お泊まり頂く予定のお部屋にご案内を……!」
「いえいえ、これだけ大騒ぎさせてお手を煩わせてしまいましたし、今日は町の宿屋に泊まって明日また来ます。オルフェウス様もそれで良いですよね?」
最近マシになったとは言えども人見知りな私にとって、師匠以外の他人と長時間同じ空間にいるのは苦痛でしかない。ということでもうここにいるのも限界だ。怯え慌てるメイドさんにそう迫り、オルフェウス様も頷いた。よし、脱出しよ。
まだ未練がましい視線をお菓子に送っているクオーツを小脇に抱えて席を立ち、部屋の入口……は、メイドさん達に押さえられてしまったので、バルコニーの方へ方向転換。飛び降りられない高さでもないなと思ったのは、オルフェウス様も同じだったようだ。
一応奥の手として先にクオーツを宙に放ち、二人で手摺に足をかけたその時、背後でメイドさん達の悲鳴と一緒に勢いよくドアが開く音がしたので振り返れば、そこには息を切らした祖父が立っていた。
「ま、待ちなさい、少し話を……話を、しよう」
銀髪は乱れて額に張り付き、同色の髭も以下同様。一時間半前に一瞬見たパリッとした着こなしと、威圧感のある雰囲気は霧散している。その視線が手摺にかけた足を凝視していることに気付き、そーっと下ろして身体を祖父の方へと向けた。
「あー……いえ、メイドさん達にも言ったんですけど、今日はお忙しそうなのでまた明日来ます。今度は驚かさないように徒歩で。ね、オルフェウス様?」
「ああ。日を改めさせてもらうだけだ。勿論奥方と貴殿が本当はこの対談に気が進まないのであれば、立会人として彼女をそのまま連れ帰ることも可能だが」
言いつつこちらに視線を投げてくるオルフェウス様。長年探していた妹さんのことに進展があったからか、やや身に纏う刺々しい空気が和らいでいる。今の内容も遠回しではあるけど、こちらを気遣ってくれたっぽい。
ケーキでお腹をまんまるに膨らませたクオーツも、宙に浮かんだまま「ギャウ!」としたり顔で頷く。頼めばすぐにでも背中に乗せて飛び立ってくれるつもりのようだ。頼もしいなぁ。嬉しいなぁ。だから――。
「私はお二人が期待されるような母との思い出話は、申し訳ありませんがあまり憶えていないと思います。だから彼の言うように対談を取り止めたいようであれば、こちらは了承しますよ」
一人と一匹に背中を押されて素直にそう口にだしたものの、それを聞いた祖父は「馬鹿な。あり得ん」と苦渋に満ちた表情をしつつも、はっきりとそう口にして頭を横に振った。仕方ない。だったら私も諦めて、話し合いに挑もうか。




