*20* 弟子と友人と知人は奇妙な(以下略)
何とかさんとオルフェウス様を見守る……というか、私達の間に横たえたままお喋りを楽しむこと体感十分弱。
黙って眠っていればそれなりに美形な彼の目蓋が震え、小さな呻き声が上がったところで師匠の思い出話はお開きになった。残念、せっかく師匠の恋愛強者の回想まで行きかけてたのに。
彼は起き抜け早々に禍々しい魔力を構築しかけて、何とかさんにそれを上回る魔力で地面に昆虫標本みたいに磔られた。師匠もそうだけど、魔力を持て余してる人達の戯れって凡人には怖い。
すぐに磔から自由にしてもらったオルフェウス様だけど、その表情は悔しそうだ。まぁそれはあれだけの力量差を見せつけられれば無理もないか。
「っぅ……止めるにしても手荒すぎる。何のつもりだ」
「何のつもりって嘆かわしいなァ。最近の宮廷魔導師はお礼の一つも言えないんだネ。わたしの頃だったら目上に歯向かったら殺されたよ? それにわたしが止めなかったら、お前は今頃ここの精霊達に殺されてたかもしれなイ」
「そうですよオルフェウス様。年長者の話はちゃんと聞かないと。それはそうと、やっぱりこの夢の中って痛覚あるんですね。痛い思いをすると最悪死ぬってことで合ってますか?」
「お、流石はルーカスのお弟子ちゃン。その通りだヨ。だから気を付けてネ」
ぞっとするような初耳の情報だけど、オルフェウス様を追いかけていた時の胸のざわめきを思い出せば納得出来る。あれは殺気だったのか。飄々とした顔で種明かしをしてくるところが師匠の友人だなと思わせる。
問題を上手に解けたことを褒める何とかさんと私を見比べていた彼は、走り出した時よりも落ち着きが戻ってきている。だからだろうか――。
「だとしても、君もこの状況でどうして落ち着いていられる。暢気というよりも、最早危機感の欠如だ。それとも君は勇敢と蛮勇をはき違える人種なのか?」
これである。もうずっと……とは言わないまでも、あと十分くらい意識を飛ばしててくれたら良かったのになぁ。そうしたらこの夢から覚めるまで幾らか皮肉を聞く時間を減らせたのに。
「はいはい申し訳ありません。でもそうは言いますけど、ここへは前にも来たことがありますし、この人は師匠のお友達ですから何度か顔を合わせてるんですよ」
「これがお友達……?」
「これって言うナ。それから人を指ささないイ」
「ここにずっと正気を保ったままでいるのだとしたら人外だ」
「フッフッ……勘の良い子は嫌いじゃないヨ。君のその首筋に見えてる紋様、下法だねェ。この子にかかってるルーカスの鉄壁の守りを破るには、眠っている間に精神に潜り込むしかなかったカ」
「え、やだぁオルフェウス様ってば。うら若い乙女の精神に潜り込むとか、たとえ国王陛下にだって許されない行為ですよ」
ふざけて顔を覆いながら何とかさんの後ろに隠れると、地味に良心の呵責とか後ろめたさはあったのか「すまない」と謝られてしまった。最初からこの謙虚さがあればもっと職場の人間関係も円滑になるだろうに。
「冗談ですよ。その程度のことで怒ってたら師匠の世話なんて出来ませんから。それに師匠がこうしろって言ったんでしょう? 見えない報酬の支払い方法について悩んでたので、分かって良かったです」
「そうそう、わたしは自分の欲求のためなら手段を選ばない下衆さは嫌いじゃないヨ。あとお弟子ちゃんの逞しさと頭のおかしい懐の深さもネ」
いきなり同列扱いされて若干思うところがあったものの、ここでいちいち突っ込んでいては話も進まないし、相手をしたら面白がられて話を続けられてしまうだろう。ということで無視一択が正しい選択――……のはず。
「話を戻しますけど、さっきオルフェウス様は鈴の音を追いかけてましたよね? あの音が何か関係してるんですか?」
「………………それは、」
「言い渋ったってこんなところまで来たってことは想像に難くないヨ。何よりわたしはあの鈴の音の正体を知ってるし、勿論居場所も知ってル」
何でもないようことみたいにそう言った師匠の友人を睨み付ける彼の視線は、今にも火を噴きそうだ。それを軽く微笑んで「若いネ」といなす彼女に内心ハラハラしていたら、オルフェウス様が小さく「教えて下さい」と囁いた。
物心ついてから人にそう言うのが初めてなんだろうなと思わせる声に、こんな時なのに笑ってしまいそうになる。私なんて毎日のように師匠にそう言ってるからちっともその気持ちは分からないけど。天才の屈辱的な顔って見てて胸がすく。我ながら心が汚れてるなぁ。
「ンフフフ、良いよ教えてあげル。人に物を教えるのは初めてだから上手く出来るかは未知数だけどネ。その代わり君達は一度起きナ。あんまり仮死状態のままこんなところにいたら、本体が死んでしまうかラ」
「ああ、前も何かそんなこと言ってましたよね。自分で座標を選んだわけじゃないなら危ないんでしたっけ?」
記憶を遡って憶えていた内容を口にすると、何とかさんは「そうそう、良く憶えてるねェ。偉い偉イ」と言って頭を撫でてくれた。師匠以外に褒められるのは慣れなくてムズムズしてしまう。悪い気はしませんがね。
「その話を憶えていて今までの落ち着き方なのか……君は相当だな」
「あの時は夢だと思ってましたからね。ほら、それよりさっさと起きましょう。一旦戻って準備しないと」
胡乱な表情でこちらを見つめるオルフェウス様に手を差し出すと、はたとあることに気付いて何とかさんを振り返った。というのも――。
「あのー……前回起きる時は前に送ってもらったと思うんですけど、眠った時に待ち合わせって出来るものなんですか?」
その直後に「何の考えもなしによく自信を持てたな?」というオルフェウス様の呆れた声と、何とかさんの爆笑に晒された。解せぬ。




