*18* 一緒にご飯は友人関係への第一歩。
当初の予定通り飛びっぱなしなら四時間の距離を、オルフェウス様の指示が出された場所で休憩を挟みつつ、何とか夕方には今日泊まる宿屋に辿り着けた。でも肝心の私から受け取るはずの〝報酬〟について、休憩時間に彼から聞き出せた情報はほとんどない。
――いや違うか。丸っきりない、だ。本当に報酬とやらが欲しいならさっさと教えてくれれば良いのに。
しかも小さな町の中に直接ドラゴンで乗り付ける無謀を侵すわけにもいかず、途中からは徒歩だったせいか、こまめに休憩を挟んだわりに疲労感はガッツリある。何ということでしょう。
ちなみにオルフェウス様のワイバーンは、彼の所持する特殊な魔法を幾重にも施された瓶に吸い込まれて懐の中だ。行きと帰りにお世話になるこのシベロンの町は、如何にも隣国との国境の中間地点の町といった風で、そこまで大きくない町ではあるものの、宿屋と酒場が充実している。
そんな数ある宿屋の中でも私達が泊まるのは、古くはあるけど比較的綺麗な建物だ。不満を抱えながらも長時間の空の旅を終えたばかりで疲れているので、現在余計なことは言わずに縮んだクオーツを鞄に隠し、宿屋の台帳に記入しているオルフェウス様の背中を睨んでいた。
「君は視線もうるさいな」
「記帳から戻ってきて早々に無礼な人よりもマシです。いちいち皮肉を言わないと死ぬ呪いにでもかかってるんですか? そんな無駄口を叩く前に言わなきゃならないこと、いっぱいありますよね」
「……荷物を部屋に置いたら夕飯を食べに行こう」
「そういうことじゃないですね。でもまぁ、確かにお腹は空きましたからそうしましょうか。部屋は二階ですか?」
こちらの言葉に素っ気なく「ああ」と答えた彼は、私の隣に置いていた荷物を持ち階段に向かって歩き出す。師匠に出かけしなに釘を刺されていなかったら背中を蹴っているところだ。鞄の中から「グルルルル……」と物騒な唸り声が聞こえたことで、私の心が特別狭いわけではないっぽいことに安心した。
二階に上がると他に宿泊している人達もいるようで、部屋の前を横切るたびに笑い声やひそひそ声、イチャイチャしている恋人達の声なんかも聞こえる。壁やドアはパッと見た感じだと特別薄いわけではなさそうだから、森の生活で鍛えられた私の聴覚のせいだろう――と。
「その角部屋が今日泊まる部屋だ」
立ち止まって振り返ったオルフェウス様が指差す先には、他の部屋より少しだけドアとドアの距離がある角部屋。たぶん本来は二人以上で借りる部屋なんだと思う。というか――。
「合い部屋なんですね?」
「君の言いたいことは分かるが……すまない。諸事情だ。中に衝立てがあるらしいから、寝る時はそれで部屋を区切ってくれれば良いと宿主は言っていた」
「いやまぁ別に良いですよ。あんまりお金を使ったら勿体ないなぁと思ってましたし。クオーツがいるから広い部屋はありがたいです。それに何となく読めましたよ。諸事情って報酬に関係することですよね?」
「そう……だと、思う」
「なら良いです。ついてきてもらって報酬未払いとかになったら嫌ですから」
そもそもお互い万に一つも間違いが起こらないと断言出来る相手なので、それならいっそ広い部屋を二人で使った方が楽だというのも分かる。こちらがあっさり了承したことに安堵した様子を見せた彼は、その直後に「ベイリー殿が君に過保護な理由が分かった」と余計な言葉を挟んだ。
呼吸と皮肉が同時に出てくる人のことはもう無視。衝立ての窓がある方のベッドを奪ってやった。室内は外から見た時に片屋根になっていた部分らしく、天井は高めだけど斜めっていた。その分部屋の床面積を広くとって宿泊客に不満を抱かせない作りなのか。
鞄の蓋を開けてクオーツをベッドの上に出してやり、手早く飛行中に片寄った荷物を整えること二十分。衝立ての向こうから「用意は済んだか?」との声がかけられたので、両手足と尻尾を伸ばしていたクオーツに鞄の中にお戻り頂いて、食事のために外に出た。
小一時間ほど歩き回って町を見て回る間、私の鞄に伸ばされた物盗りの魔の手をクオーツが牙と爪で撃退すること四度。最後の一人が悲鳴を噛み殺して小指を押さえ人混みの中に消えるのを見送っていたら、ちょうど良さそうなお店を発見したので夕飯をそこでとることになった。
「ふむ……食事の作法はもうほぼ問題ないな」
「お貴族様の口からそう言ってもらえると嬉しいですね。これも二人目の師匠なレイラさんのおかげですよ」
「成程、彼女の協力のおかげか。だが惜しいな。膝の上に鞄を抱えたままで、その鞄の中にフォークを差し入れてなければ完璧だったが」
案内された席で私は鹿のお肉を、オルフェウス様は魚のムニエルを注文し、向かい合わせの状態で食事を楽しんでいる。ついでにその視線はすでに二皿目の鹿肉が消えている鞄を見つめていた。
「だってこうしないとクオーツが食べられないじゃないですか」
「鞄が物を食べている光景は見たことがない。それに食事中は余計な会話は慎むべきだろうに」
「〝ギャーウ、ギャウ、ギーッ〟」
「ほら、クオーツが余計なこと言うなって怒ってますよ。第一ここはちょっと良いお値段のお食事どころってだけで、お貴族様の集うようなお堅い場所じゃないんですから。食事は美味しく食べるのが一番の礼儀作法ですよ」
ふふんと鼻を鳴らす私に応じるように、鞄の中でクオーツも鼻を鳴らしている。そんな私達を前にしたオルフェウス様は、一瞬だけカトラリーを持つ手を止めて「もっともらしい屁理屈だ」と。本当に珍しい笑みを見せた。




