*14* 弟子を舐めないで頂きたい。
師匠のいる汚城に帰還した翌日、早速私の謝罪行脚が始めることにした。師匠は店を閉めてついて来ようとしたけれど、それはきっちりと断った。クオーツも同じくである。戻ってきたら城のお留守番が仕事だからね。
両者共に言えるけど過保護だ。特に師匠。普通に考えて、迷惑かけたから一緒に謝りに来てと言う歳じゃないのになぁ。家出したところで子供扱いしないで欲しい弟子心は通じていないらしい。
最初に向かうのは、恐らく今回の件で一番被害に合った人。お詫びの品を手に城の魔法陣からひとっ飛び。まだ外が雪深いだけあって、ギルド内も閑散としている。そんな中を勝手知ったる我が家の感覚で突っ切って、高速ノックをドアにキメ、中から返事とも呻きとも取れる声がした直後に執務室へと乗り込んだ。
「おはようございます、ジークさん! ご無沙汰してます!」
こういうのは初手の勢いが大事だ。突然の来訪者に、案の定ソファーでダレていたジークさんが上半身を起こした。眠そうな目を擦りつつ「おふぁあようさん……アリア」と、欠伸混じりの適当な挨拶を返してくれたけど、目の下には立派な隈が住み着いている。
お世辞にも元から良いとは言えない人相を悪化させたのは、まず間違いなく転がり込んだ師匠の仕業だろう。きっとお家の中があの酸っぱい臭いで寝不足なのに違いない。古今東西、疲労回復には甘いものが必要だというのは有名な話である。
――……というわけで。
「この度はうちの師匠が大変お世話になりました。つきましてはこれ、師匠からお詫びの手作りタルトです。ちゃちゃっとそこにある紅茶を淹れますから、目覚めのタルトにしませんか?」
「はあ……朝から元気で結構なことだねぇ。起き抜けなら紅茶よりコーヒーを頼むわ。しかし何が悲しくて詫びの品が野郎の手作り菓子なんだ。甘い物はそこまで得意じゃないんだが……迷惑料がないってのも癪か。もらえる物はもらっとくぜ」
そう言いながらソファーに座り直したジークさんの前に回り込み、タルトの入ったバスケットを見せびらかす風に掲げ「チッチッチ」と指を振る。胡乱げな表情を浮かべるジークさん。寝起きなせいか通常よりも大人しい。若干物足りない気がするけどまぁ良いや。
「そのご心配には及びません。これはブランデーを惜しみなく使って漬け込んだベルの実とクリームチーズのタルトだから、ワインに合うって師匠が言ってました。勿論普通にコーヒーと合わせても絶品でしたよ」
「あー……はいはい成程ね。あいつがお前さんの機嫌を取るためにオヤツ用に焼いたやつなわけか」
「へへへへ、実はそうなんですよ。私のには蜂蜜がたっぷりかかってました。でも素直に謝れないところが如何にも師匠らしくて笑っちゃいましたね。二時間かけてタルトを焼くより、ごめんの三文字を口に出す方が効率的なのに」
「だなぁ。ま、何にしても今はお前さんが光の精霊様に見えるぜ。どうかオレを哀れに思うなら精霊様。我の住まう穢れた地を浄め救いたまえ」
「勿論、任せて下さい。そのために来たんですから。このギルドの共同設備とジークさんの家のお風呂から、うちの師匠のいた痕跡を消してみせますよ。そのためにもまずは腹ごしらえして下さい」
そんな風にまだ眠たそうなジークさんを焚き付けつつ、コーヒーの準備をしてタルトを食べさせるところまで漕ぎ着けたところで、ソファーの向かい側に腰を下ろして本題に入ることにした。
真向かいに座った私と、フォークを使わず手掴みでタルトを食べるジークさんの視線がかち合う。彼がタルトを飲み込むのを待って口を開いた。
「そうそう、今日はついでにジークさんにお尋ねしたいことがあるんですけど」
「ここと家を綺麗にしてくれるってんなら、オジサン何でも教えちゃうぜ」
「じゃあ遠慮なく。あのですね、師匠が何か私に隠し事してるような気がするんです。心当たりとかありませんか?」
朗らかさを装ってそう尋ねれば、次のタルトに手を伸ばしかけていたジークさんが「何でそう思うんだ」と問い返してくる。口許は笑っているのにその目は少しも笑っていない。
「いえね、解釈違いなんですよ」
「んん? 何だその解釈違いってのは」
「あるじゃないですか、馴染みの相手だと。何て説明したらいいかな……ほら、とにかくこの人はいつもこういう時にはこんなことをするっていう、予測みたいなの。隠してても隠してる内容自体が分かる的な」
「ああ……まぁなぁ」
「あれが今回帰ってきてからないんですよね。で、たぶんジークさんはその事で何か知ってるって私の勘が言ってまして」
「ほーう、そう思うんならオレに直接聞けば良いんじゃないか?」
「ご冗談を。もし本当に師匠の弱音や弱味をジークさんが知っているなら、それは師匠がジークさんのことを信用してるからでしょう? それを私がズルして教えてもらうのは駄目です。第一ジークさんのことだから、絶対そんなこと言っといて教えてくれないでしょうし」
伊達にこの七年間ずっと師匠のことを見ていた弟子を舐めないで頂きたい。師匠はやましい事があると、私の深層にある恋心を利用して甘く接してくる節があるのだ。大抵その場で流される私も悪いのだけど、後から冷静になって〝あれはもしかして?〟と思えるのが大事なのである。
早く気付けたから致命傷で済んだぜ、みたいなギリギリ感。それを踏まえて流されたら流され始めた場所まで遡ってみるべしだ。思うにたぶん誕生日の時から何か隠し事をしていた。
そうでないといきなりあんな可愛い靴を買ってくれて、ダンスの練習なんて過剰なご褒美があるはずがない。
「そこまで分かってるなら、オレに答えられることなんてのは何にもないぜ?」
「良いんですよ。その答えで充分ですから」
負けん気だけで鎌をかけてそう答えた直後、今まで見たことのない種類の人の悪い笑みを浮かべたジークさんに、背中が一瞬にして冷や汗で冷たくなったけど。負けるもんか。何にも知らないで守られてばっかりなのは嫌なんですよ師匠。
「あんまり弟子を子供扱いして舐めるなよって、師匠に言ってやりたいんです」
文句を言いながら、ちゃっかり最後の一切れになったタルトに手を伸ばしてお皿から奪った私を見て、ジークさんは今度こそヘラリと。いつものようにサボり常習者な悪いオジサンの笑みを浮かべたのだった。




