*11* 待ち人来たりて。
師匠と些細……ではない喧嘩をして家を飛び出してから二週間目。
一週間前に謝りに汚城へ戻ろうかとも考えたものの、それだと本当にただ感情のままに家出して、挫折して帰ったという情けなさしかない状況になる。十八歳を祝ってもらってすぐにそれでは流石に駄目だ。
私を引き取りたいとか言ってる顔も知らない祖父母には悪いけれど、今までだって孫の存在を知らずにいたのだから、本当はあんまり興味がないのではないかと推測していた。そうそう夢物語みたいな話は転がっていないし、この顔の傷を見たら引き取る気も薄れるだろう。
仮に魔法が使える孫が欲しくて、これまでの迷惑料と養育費を師匠に支払って身請けをしてくれるというのであれば、まぁ分からなくもない。でもそれだと今度はその決め手になったかもしれない魔法がお粗末では話にならない。あの魔術だけなら一級品の師匠の弟子がそれでは、完璧に汚点だ。
そんなこんなで悩んでいたら、クオーツから〝もう少しここで修行がてら仕事しても良くない?〟的な反応をもらえたので、それに全力で乗っかることにした。
ちょっとくらいここで密猟者を退治していたら、ギルドにいるジークさんの耳にも入って、そこから師匠に届くかもしれない。宮廷魔術師と張り合うにはお粗末な手柄でも、オルフェウス様に負けっぱなしよりはマシ。
なので今日も今日とて普段なら獲物である魔物達を檻に押し込む立場の人達を、普段とは逆に魔力で編んだ籠に無造作に押し込んでいる真っ最中だ。
「三、四、五……六。今日の密猟者は六人かぁ。結構少なくて良かったね」
「ギャウ、ギューウゥ。ギャウウ」
「うん。密猟者が行方不明になるって噂が広がってるのかも。もっと浸透して欲しいから、試しにこの中から誰か一人だけ逃がしてみる?」
「ギャウ、ウーウゥー」
「うそうそ冗談。流石にそこまで意地の悪いことはしないよ。無事に街まで帰れるかも分からないのに。ここに置いてくだけだもんね?」
囚われる気分を初めて味わうからなのか、極寒の中に放り出されている寒さからなのか、震える彼等は私を見て絶望の表情を浮かべている。けど灼熱のダンジョンで有名なここの入口付近にいる、とりわけ寒さに弱い下級の魔物の子供を拐いに来たのはそっちなのだ。
運が良ければ逃げられる。悪かったら相当この土地の魔物達から恨みを買ってるだろうから、途中で食べられる。野生の王国は至極単純明快だ。
とはいえ実際ここでひっそり食べられるだけだと、表面化しにくいからそこまでの抑止力にはならない。なのでクオーツの部下に頼んで、見つけてもらいやすい人里の近くまで持っていってもらうんだけど――。
籠の中で余計な勇気を出してこっちに「ふざけんなよ、この化物!」と叫ぶ密猟者。その勇気はここで出しても良いことなんて何もないことを分からせてあげようとしたのか、クオーツが牙を剥いて恐ろしげな唸り声をあげた。直後に本人が怯えたのもあるけど、一緒に籠の中にいたパーティーメンバーが彼を殴りつける。
「こっちが何もしてないのに仲間割れとか気分の悪い真似、止めて下さいよ」
デッキブラシを突き付けて籠の編み目をより目の詰まったものへと編み直していると、いそいそとクオーツの部下達がこちらに近付いてきて、立場がすっかり逆転した密猟者達の反応を楽しんでいる。
「この人達を連れていってくれる子、だーれだ?」
そう声をかけた瞬間サッと手(前足?)をあげてくれる魔物達。クオーツの部下達だけあって、賢くて従順な良い子達ばかりである。運び方は陸路でも空路でも構わないので、その中から狼っぽい姿の子を選んだ。表面がひび割れた岩のような見た目の子だけど、不思議と手触りは滑らかなんだよね。
「じゃあ今日は君だ。死なない内によろしくね」
鼻面を引っ掻くように撫でてそう告げると、一声「ウォフ!」と鳴いて。引っ張りやすいように長めの持ち手をくっつけた籠を咥え、全速力で走っていく背中を他の魔物達と見送る。
「はい、皆もご苦労様。ここは私とクオーツで片付けておくから、先にダンジョンの中に戻って温まっておいで」
寒さに弱い子達が多いので、そう声をかけるとクオーツの前で頭を垂れ、私のお腹や頬にすり寄ったのち、パラパラと中へと帰っていく。威厳を持って接していたクオーツも、誰もいなくなった途端に猫の大きさに戻ってべったりと私の背中にくっついてくる。
「も~……この甘えため~!」
「クルルルルル」
「はいはい。大丈夫だよ。私にとってはクオーツが一番可愛いからね」
「クキュー、ルルル」
大体いつも通りのやり取りをしながら、密猟者達が暴れまわって抉った地面に魔力の籠で掬った土と雪をかぶせ、再び大きくなったクオーツが踏み固める。汚城に帰ったら、以前より座標を編むことが上手になったと師匠に自慢するつもりだ。雪かきだって、飛び出してきた日よりきっと上手になってる。
「ね、クオーツ。師匠今頃怒ってるかなぁ。それとも帰ったらもう引っ越してたりすると思う?」
自分で口にしておきながら、あの師匠ならあり得そうな行動に一瞬身震いしたその時、ふと私達の近くで淡い光が弾けて。
「あのねぇ……そう思うんなら、余計な手間取らせる前にとっとと帰ってきなさいよ。この馬鹿弟子。あんたが意地張って帰って来ないから、城に足の踏み場がなくなっちゃったじゃないの」
二週間ぶりに再会した美貌の師匠は、そんな風に本当にことごとく残念な発言をして。ぽかんとしている私とクオーツに「帰るわよ」と女王様の如く宣言した。




