*8* 里帰りドラゴンと家出娘。
師匠達に勢い良く啖呵を切って飛び出したものの、汚城が見えなくなった辺りで意地でクオーツの背中にしがみついていた私は、あっさりとその背中から落下。
それを見越していてくれたのだろうクオーツが受け止めてくれなかったら、今頃眼下に広がる森のどこかで死んでただろう。やっぱり生き物の背中に乗るのに鞍っているんだね。ちょっと学んだ。
現在はクオーツが両手で私を掬い上げるみたいに掌に乗せてくれている。鉤爪のついた指の隙間をぴっちり閉じてくれているおかげで、結構直接身体に風が当たらないで良い。それは良いんだけど――。
「はああぁぁぁ……居候の分際で師匠に反抗しちゃった……どうしようクオーツ」
さっきから何度目になるか分からない言葉がまた口を衝いて出る。すると同じように頭上からクオーツの「ギャウ、ギュー、グググ。クルルルル」と答える声が落ちてくる。
「やっぱそうだよね? そもそも何の相談もなしに私の身の振り方を決めてるのが悪いよね? しかも私という長年連れ添った弟子がいるのに、ちょっと顔立ちが整ってるからって、ぽっと出の新参者の話に耳傾けたりしてさぁ!」
「グルルルル、キュー。ギュイイイィ」
「クオーツ……私の味方はもうクオーツだけだよ!」
この下りも、もう何回もやった。夜泣きする子供をあやすように優しい声で語りかけてくれるレッドドラゴン。申し訳ない。その優しさに甘える私を許して。勢いで飛び出して来ただけなので、実際どこか目指すところがあるわけでも、今晩の宿のあてがあるわけでもない。
でもあれだけ啖呵を切った手前、ジークさんやレイラさんのところに泊まりに行くのも、子供が癇癪を起こして家出したみたいで嫌だ。まぁ、みたいと言うか、正しくそうなんだけど。しかしそんな計画性皆無な私と違い、クオーツはどこかを目指している風である。
ゆったりと飛んでくれるクオーツの顎を見上げて「どこに行くの?」と尋ねれば、視線をこちらに向けてくれたクオーツが「キュールルルル」と、喉の奥で歌うように鳴いた。たぶん〝良いところ〟とか〝心配ないよ〟とか〝任せて〟といった感じだろう。何となくドラゴン語に詳しくなってきた気がするぞ。
なんて、私が馬鹿げたことで悦に入っている間にもクオーツは飛び続けて。ようやく辿り着いたのは、とっても見覚えのある場所ゴルディン山脈だった。
赤い水……にしては粘度の高過ぎるそれも、視界のあちこちでドロドロボコボコと煮え立ちながら流れているあれも、だいぶ久しぶりに見た気がする。師匠の傍を離れてもこうして息が出来ているのは、恐らく今身に付けている護符のどれかが守ってくれているからだろう。
クオーツは師匠が大盤振る舞いで吹き飛ばした、元は巣だった場所の平らなところに着地すると、掌から私を地面に下ろしてその場でブルリと小さく身震いを一つ。すっかり見慣れた猫の大きさになって抱っこをせがんでくる。
ここまで運んでくれたことを労るために抱き上げてその額に頬擦りしたら、お返しとばかりに冷えきった頬を舌でベロンとやられた。
「溶岩地帯って暖かい……けど、冬空から急に暖かすぎてちょっとびっくりするや。そういえば、クオーツってうちに来てから里帰りしたことって、最初の頃に数回したきりほとんどないよね?」
「ギャウ。グーグゥググ。ギュー。ギュルル……クー」
「そっか。私に注がれてる師匠の魔力だけで割と何とかなったから、わざわざ帰ってくる必要があんまりなかったんだね。で、帰って来てた数回分は家賃でむしられる鱗の艶を保つためだったと」
「ギューキュキュ!」
「何か……本当にごめんねぇ。私が師匠の知り合いに匿われたくないなって考えてたからだよね、ここに連れてきてくれたのって」
謝る私に気にするなと言いたげにすり寄ってくれるクオーツ。健気だ……何だこのレッドドラゴン、とっても健気だ。肩に顎を預けてくる背中を撫でながらだと、この子が傍にいてくれるなら師匠はオルフェウス様にあげても――……良……いや、やっぱり全然良くない。
初恋は叶わないまでも、せめて皮肉屋と陰険の恋は避けなくては。周囲が迷惑する可能性がある。オルフェウス様には朗らかな人を、師匠には優しい人と一緒になってもらわなければ!
――とはいえ。
「大事な話をしてた途中で勝手に飛び出したことは後で謝るにしても、すぐに帰るのは癪だし……かといってここは暖かいけど食料がないから、クオーツには申し訳ないけどいられても一日か二日かなぁ。私の格好悪い家出に付き合わせちゃってごめんね、クオーツ」
その程度ではいくらあの師匠だって、ゴミの山の中で私の有用性を理解出来ないに違いない……はず。え、出来ないよね普通? どうだろう、でも師匠だしなぁ、とか考えていたら、抱き上げていたクオーツが下ろして欲しい時にそうするように、背中を爪でちょいちょいとつつく。
だからてっきりそうだろうと下ろしたら、ドラゴンらしいキリッとした表情を浮かべ、そのままダンジョンの方へと飛んでいってしまった。
情けなくて呆れられたかなと思ったのも束の間。いきなり一人で取り残されてしまった私の耳に、ダンジョンの奥から……いや、最奥はここなんだけどとにかく、奥から野生動物の本能で震え上がりそうになる咆哮が聞こえて。
腰が抜けてへたり込んでしまった私の元へ、ダンジョン内でも上から数えた方がよさそうな強面の魔物達を引き連れたクオーツが現れ、魔物達に顎でこちらに向かって何事か指図をすると――。
出てくるわ出てくるわ、食べられそうな木の実や草やキノコの山が。冬の最中でも一定以上の気温が保てるここでは、食べ物が豊富らしい。恐る恐る魔物達に見守られる前で木の実を一つ手に取り、齧ってみたところ実に甘く美味しくて。
思わず頷きながらクオーツの方を見ればドヤ顔をして見せ、たぶんその木の実を採ってきてくれた魔物に横柄に何か言っていた。それで気付いたんだけど、もしかしなくてもクオーツってここの王様だったんだねって話で。
食料の心配がなくなった今、私の初めての家出は人並み(?)の長さになりそうだなと、ちょっぴりホッとしてしまったのだ。




