*7* 新年から修羅場ですか?
外気で冷えきって強張っていた肌を、暖炉の火で温もった室温が解していく。
この感覚って最初は気持ち良いんだけど、後々急に冷え逆上せたりするから注意が必要だ――ということで、すでに体内からも温めて冷え逆上せを防ぐ措置が師匠によってなされている。ホットミルクとマフィン美味。
クオーツは先に食べていた負い目なのか、普段なら自分の分を食べきっちゃったら、絶対にもう一つ寄越せとせがむのに大人しくしている。そして私の正面には、ちゃっかり温かい紅茶を口に運ぶオルフェウス様。解せない。
優雅にカップに口をつける様をじっとりと睨み付けていたら、ようやく本題に入る気になったのか、カップをソーサーに戻して口を開いた。
「単刀直入に言う。君の身許と血縁者のことが分かった」
その言葉の意味が脳に届かない。目の前のオルフェウス様は相変わらず落ち着き払った表情。冗談? こんなに質の悪い? ひとまず何か言わないとと思うのに、頭の中は真っ白で、とにかくもう一口マフィンを齧った。
「あらぁ、思ったよりも早かったのね」
「白々しいですよ。そのために僕を引き入れたのでしょう」
「それはそうだけど。思ってたより坊やが優秀だったみたいで嬉しいわ」
おかしい。いつの間にこの二人はこんなに仲良くなったんだ。私のこともあんまり褒めない師匠の、珍しく皮肉のない素直な褒め方。マフィンの欠片を飲み込むために、ホットミルクをもう一口飲んだ。
クオーツがオルフェウス様の手からティーカップを奪い、残っていた紅茶を飲んでしまった。うん、でかした。流石私の相棒だ。けれどオルフェウス様はそんなクオーツの横槍を何とも思っていない様子で、再びこちらに視線を向けた。
「君は元々とある商家の一人娘だ。そして君の母親は元を辿れば隣国の貴族の娘でもある。商人だった君の父親と駆け落ちして勘当されたらしい」
唐突に全く記憶に残っていない両親のそんな話を、よりにもよって他人の……特にこの皮肉屋の口から聞きたくなかった。呆れてる顔なんだろうけど、どっからどう見ても小馬鹿にしているようにしか見えないでしょう。
「それで、この子の身許が分かったところで向こうに話は通ってるのかしら?」
「勿論。あちらはすぐにでも会いたいと言っていました。身勝手なものですが、貴族というのは飛び出していった子供が死んだとなれば、その子供が産んだ遺児を引き取りたがる習性を持つ人種が一定数います」
「こう言ったら何だけど、貴族って面倒で大変よねぇ」
「来世というものがあるのなら、次は貴族になどなりたくもありませんよ」
黙ったままの私に構うことなく勝手に話が進んでいく。その状況も気に入らない。自分の意思でここを去るのでもなければ、ずっとここにいたいというのは我儘なのだろうか。
それともまさかオルフェウス様は私の座を……師匠の唯一の弟子という座を狙っている? あれ、それだと師匠も私より出来が良いオルフェウス様の方を弟子にしたいとかそういうこと?
師匠の性癖からして、やっぱり凡庸顔の女弟子より皮肉屋だけど綺麗めな顔の男弟子の方が良いとか? うあぁ、こんなことなら性転換について書かれてる魔道書をもっと読んどけば良かったあぁぁぁ!!
悔やんでも悔やみきれない。ここまで七年間で師匠のだらしなさを許容出来る人が現れるなんて思ってなかったのに。無意識に同性に可能性を絞ってたのが駄目だった! 高給取りで大抵のだらしなさは、お金と愛の力で何とでも出来る師匠と同性の好敵手が現れるなんて……!
「――ってことなんだけど、アリアはどうしたいかしら?」
途中から全然二人の話を聞いていなかったのに、突然優しい声でそう師匠に話しかけられた私は、膝の上でこちらを見上げて心配そうな表情を浮かべているクオーツを抱き上げ、捨てられる悲しさと悔しさで戦慄く唇を開いた。
「知りません! もう、私抜きで勝手に二人で幸せになってれば良いんですよ! 行こうクオーツ!!」
そう勢い良く啖呵を切って、だけど未練がましく師匠にもらったデッキブラシを手に廊下を走り、玄関のドアを開け放した私の意を汲んだクオーツが巨大化する。外でオルフェウス様が戻るのを待っていたワイバーンが驚くのも構わず、その背中に飛び乗った私を乗せ、クオーツが飛び立つ。
師匠なんて私がいなくなった汚城の中で、オルフェウス様と一緒にゴミの山に潰されたら良いんですよ!!




