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【web版】オネエ魔術師と拾われ弟子◆汚城掃除婦は今日も憂鬱◆  作者: ナユタ
◆第三章◆ 

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*14* 置かれた場所で稼ぎます。


 採取旅行に出かけた師匠に放って行かれて四日目。


 一日三食、時給制、滞在部屋はギルド内にある職員用の一室を借りている……のだけれど他の職員さん達は皆通いなので、実質貸切り状態。一応夜間はギルドの情報を守るために魔防壁が張り巡らされているから、一人でも安全といえば安全だ。


 それに私がここに預けられている期間だけは、自宅のあるジークさんも執務室で泊まり込んでくれている。お風呂やお手洗いもギルド内のものを無料で使わせてもらえるけどまぁ、そこを掃除するのは私だ。


 ギルドでの待遇に特に問題はないものの、唯一外食頼りな食事が不満である。なので師匠が帰ってきたら何を作ってもらおうか考えながら、油と土の染み付いた頑固な床の汚れを、溶解剤代わりのスライムを撒いてデッキブラシでこ削いでいた。


 初日こそどこを掃除するにも観客がついて回って来たけれど、ジークさんとレイラさんに泣きついて注意してもらってからは、視線は感じるものの必要な時以外に声をかけてくる人は激減している。


 このギルドの人達はガラのよろしくない人も多いけど、基本的には武力のなさそうな人間には優しい。掃除婦の私は選外というやつだ。前までのように時間内に慌てて掃除を済ませなくても良いので、細かい場所まで綺麗に出来るし、時々お礼も言われて達成感も味わえる。


 とはいえ、やっぱり師匠とクオーツがいないのは寂しいし心細い。気を抜けば溜息をつきそうになるのを堪えてデッキブラシに込める力を調整していると、背後から呼び止められた。


 デッキブラシを軸に身体ごと勢いよく振り向くと、そこには影のように気配の薄い男性が立っていて。そんな油断ならない男性の手には、丸められた布っぽいものが抱かれている。


「その……仕事の手を止めて悪い。布についた汚れが落ちないってギルドの奴等に愚痴ったら、あんたにならどうにか出来るかもしれないって言われたんだ」


 初日にジークさんがした大袈裟すぎる私の自己紹介のせいで、この四日間こういった持ち込み依頼がちょこちょこ来ている。今日まででローブ二着と革鎧一着、執務室のタペストリーのシミ抜きをしていた。


 でも流石に得意だと自負していても、それでお金を得ているのは極小規模な範囲。本職には及ばないかもしれないので安請け合いは禁物だ。逃げ道を用意するために「何でもというわけにはいきませんので、先に汚れの種類と素材を見せてもらえますか?」と前置きすると、男性は小さく頷いた。


「これなんだが……落とせるか?」


 そう言って明らかに堅気でなさそうな男性がバツ悪そうに差し出す手には、まだ新しそうな外套が一枚。仕立て自体は良くも悪くもないけれど、使われている滑るような輝きを放つ生地は目を惹くものがある。


「見たところアラクネの糸で作った外套ですか。貴重品ですね。えぇと、汚れですが――これは血液っぽいですけど、魔物の? それとも人間のですか?」


「人間のだ。俺のじゃないが、ちょっと仕事でしくじっちまってな」


「成程。この程度なら吸血マイマイと叩き洗いくらいでどうにかなりますよ。ただし本業の方がありますからその後になりますし、汚れの範囲が広くてマイマイの使用回数が今日分の上限値までいきそうなので、ちょっとお値段がかかります」


「お、落ちるのか……! 良かった、値段のことや期日なら幾らかかっても構わない。是非頼むよ」


 こちらの提示額にホッとした様子で頷いてくれる男性の仕事が何かはさておき、掃除婦としてギルド内を自由に歩けるついでに、こうしたお小遣い依頼が発生するのもありがたい。了解の意を示して引き渡しの日にちを伝えると、男性は意気揚々と立ち去っていく。


 その後ろ姿を見送り、かさばる外套を魔術で編んだ籠に放り込んで再び床のスライムをこ削ぎ、お昼の時報を聞いてからジークさんとレイラさんのいる執務室へと向かった。入って来られる人間が限られているので形式的なノックをすると、中からだらけきった返事が聞こえたので、遠慮なくドアを開け放つ。


「お疲れ様です。アリアただいま戻りました~」


「おう、アリア。午前中の仕事ご苦労さん」


「お疲れ様アリアさん。ちょうど昼食を買ってきたところなの。まだ温かいから冷める前に食べましょう?」


 ドアを開けたと同時にかけられる労いの言葉と、淹れたての紅茶の香りを胸に吸い込み、イソイソと準備が整えられた一角に腰をおろす。応接用のテーブルの上には美味しそうなパイ包みの乗ったお皿が三枚と、紅茶のカップが三脚並んでいる。


「今日のお昼の買い出しはレイラさんだから安心ですね」


「ふふ、そう言ってもらえると緊張しちゃうわね。昼飯はサリス亭のパイ包みなの。キノコと鶏肉のクリーム煮がたっぷり入ってるのよ」


「うわぁ、聞くだけでも美味しそう」


「何だよそのあからさまにオレの買ってくる時と違う反応は。オレの選んだ惣菜やパンだって旨いだろうが」


「別にいつものが美味しくないわけじゃなくて、毎回モツ煮やガーリックが入ってる系だから、純粋に胃もたれするんですってば」


「ガーリックもモツ煮も旨いだろぉ?」


「残念ながら私はまだオジサンの味覚じゃないんです」


 下らないことで言い争う私達を前に、レイラさんが苦笑する。我ながらたった四日でよく食事の好みを論じられるほど打ち解けたものだとは思うけど、人見知りを発揮していたら食事が大変なことになるからね。


 持ち帰り用につけられた木製のカトラリーを使ってパイ包みを切り分ければ、中からトロッとしたクリーム煮が流れ出してくる。三人で湯気の出るそれをつつきつつ午前中の仕事内容などを話していると、不意にジークさんが入口の横に立てかけたデッキブラシと籠に目を止めた。


「あの籠はまた何かうちの連中からの頼まれごとか?」


「そうですよ~。何でも仕事でちょっと返り血がついちゃったみたいで」


「まぁそれは大変ね。血液汚れは落ちにくいし、何か落とすのに必要な物があったら買ってくるわよ?」


「ありがとうございます、レイラさん。でも手持ちの吸血マイマイで事足りそうなので、今夜中に洗って明日一日干しておけば依頼完了です。今回ここで滞在中に稼いだお金で、今度こそ師匠にはいてもらえる靴下を買うつもりなんですよ!」


 正直結構割の良い仕事だったのでそう言ってニンマリした私を見た二人は、何とも言えない生暖かい視線をこちらに向けてくる。


「まぁ……お前さんがはかれることのない高級靴下をあいつに貢ぐのは構わんが、それにしたってやっぱりお前さんの能力は大したもんだよ。魔物を使った掃除人なんてのは聞いたことがねぇ」


「そうなんですか? 生態を知ってると色々と便利ですよ。例えばスライムは死んだら勝手に液化しますけど、あれも自分の持っている酸袋を自重で支えられなくなって、破れて自壊するからなんです。酸の質はそのスライムの生息地域によって違いますけど、基本はゆっくりと溶かす溶解液ですし」


 話の矛先が微妙に代わったものの、あのままの流れで哀れまれるよりは良いので、思わず饒舌になりながらパイ包みを切り分ける。師匠の作ってくれるパイ包みよりは味が劣るけど、ハーブの効いた鶏肉は悪くない。


「普通は毒であることを知っている時点でそのまま捨ててしまうのよ。スライムなんてどこにでもいるし、装備が溶かされることを厄介がる人が多いから」


 横からそうレイラさんがそう言葉を補足してくれたけれど、あの森に住んでいる私にしたら資源を無駄にしているようで勿体ない気がする。第一師匠のものを汚したり散らかしたりする速度は常人の想像を遥かに越えていると思う。一つ一つの汚れを落とすのに手間をかける時間はないのだ。


 前日綺麗にしたところは翌日には前日以上に汚れると思った方がいい。だからその結論を踏まえて――、


「私にとって一番の魔物はここにいない師匠ですから!」


 ――と行儀悪くパイを刺したフォークを天に掲げたら、その先に二人の視線が集まる。素直な反応に恥ずかしくなってそーっとフォークを下ろしたら、不意に髭を弄っていたジークさんがポツリと一言。


「お前さんのそれ、特許取るつもりはねぇか?」


 彼の驚きの提案に頬張ろうと思っていたパイがベチャリとお皿の上に落ちて。今度こそレイラさんに「お行儀が悪いわよ」と窘められた。え……今突っ込むところそこなんですね?

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