*10* 初依頼達成!
狩りを開始してから二時間半。角を除いた胴体部分は綺麗さっぱりクオーツが処理してくれたので、目の前には二本一対、計八本の角が並んでいる。大きさ的にはどれも選んで狩っただけあって立派な物が多い。
「ギャウ、グルルル……キュウ?」
「〝もっと獲物を探しに行く?〟かって?」
「ギャウ!」
「うーん……ひとまずもう良いかなぁ。クオーツだってあんまりこんな時間にいっぱい食べたら、晩ご飯が食べられなくなっちゃうよ」
「キュールルル、クキュ!」
「〝こんなのはオヤツみたいなもの!〟ってこと?」
「キューウゥ」
「駄目だよ。それ同じこと師匠に言える? 絶対師匠のことだから〝ジュエルホーンの丸焼きを四頭以上食べたなら、もうあたしの料理はいらないでしょう〟とか言うってば。良いの? 香辛料も何もかかってない焼いただけのお肉と、師匠の手の込んだ料理を天秤にかけて」
「ギュー……」
――だというのに、クオーツがここにきて野生の捕食者としての食い気を出し始めたのだ。ドラゴンが満足する肉の総量なんて、ジュエルホーンみたいな稀少種だと絶滅に一歩前進してしまうから非常に困る。
いつもの猫くらいの大きさから私達を乗せられる大きさになったクオーツが、全力でお腹を満たそうとするのを言い含めようとする私の背後で、小さく楽しげな笑い声がして。困り顔のまま振り返ると、慌てて申し訳なさそうな表情を取り繕ったレイラさんと目があった。
「ん、んふふ……笑ったりしてごめんなさい。ただアリアさんがクオーツ君に対してかける言葉が、ドラゴンにかけるものじゃないからおかしくて。貴女には彼の言葉が分かるのね」
「言葉が分かるって言うよりは、気配ですかね? でもどのみち今のは全部本心ですよ。あんまり乱獲しすぎても良くないですし、元々角の大きい個体を狙って狩りましたから、クオーツは無視してこの中で見繕いましょう。余った分は素材屋に売って今後の生活費に充てると良いですよ」
パンッと手を叩いて話を強引に打ち止めにすると、不満そうにクオーツが尻尾を上下に打ち下ろしたけど、これ以上ここで不毛なやり取りをしてたら時間が勿体ない。クオーツのことだから夕飯のデザートをあげたら機嫌も治るだろう。
成人男性の肩から指先までくらいの大きさをした虹色の角は、このまま飾るだけでも充分に美しいに違いない。まぁ、本来なら魔道具や護符に仕立てるものだから宝の持ち腐れ感はあるけど。
こちらの言葉に微笑み「そうね、そうするわ」とゆったり頷くレイラさんは、さっきまでの高笑いと攻撃魔法の連射ぶりが夢の出来事だったように穏やかだ。木々の間に逃げ込もうとするジュエルホーン。その木々を無慈悲に風魔法で薪に変えていくレイラさん。
魔術師昇級試験の時にはまだ使い方の決まっていなかったあのレース状の魔法は、捕食者さながらに獲物を絡めとる仕様になっていた。
私が手伝えたことなんて闇雲に逃げようとするジュエルホーンの前に回り込み、奴等から放たれる弱攻撃魔法をデッキブラシで指向性を持たせた魔術編み籠で吸収したり、閉じ込めるだけ。
こんなことではまだまだジークさんの言う〝ギルド的良い女〟には到達出来そうにない。もっと攻撃魔法も練習しないといけないという課題も出来た。
「それが済んだらあとはこの依頼を受けてくれた貴女とクオーツ君への報酬ね」
「レイラさん、そのことですけど別に私達の報酬分はなくても良いんですよ? これから色々と必要じゃないですか」
「いいえ、それは駄目よ。貴族籍を捨てるケジメをつけさせて。何よりわたしはベイリー様と貴女のように対等な関係が結びたいの。だからもらって頂戴。ね?」
「そんな風に言われるとちょっと気恥ずかしいですけど……そういうことなら、分かりました。売った分の三割を報酬としてもらいます」
縋るような視線を向けてくるレイラさんに笑って指を三本立てて見せれば、彼女の顔に笑みが広がる。歳上の女の人と友達になって、さらに可愛いなんて思う日が来ようとは。引きこもりだった頃には思わなかった。
するとレイラさんはこちらの感慨に気付いているのかいないのか、小首を傾げて口を開いた。
「本当はね、アリアさんがほんの少し会わない間にとってもお洒落で可愛くなっていたから、もうこんなわたしとは組んでくれないのではないかと思ってドキドキしていたの」
「ええ? そう見えたとしたらほぼ師匠のおかげです。どれだけ趣味良く装えたところで私は何も変わってませんよ。変わったとしたらレイラさんの方です」
「……わたしが?」
「そうです。こうやって反発しようと強くなったじゃないですか。もっと自信を持って胸を張って良いと思いますよ。だからこれを持ち帰って、レイラさんの価値を勝手に決めた人達を悔しがらせてやりましょう」
拳を握ってそう力説した私の頭の上に、すっかり放っておかれて拗ねたクオーツが小さくなって覆い被さってきた。仲間外れにしたことを詫びながら二人と一匹で選んだジュエルホーンの角をレイラさん用に包み、他はその後持ち込んだ素材屋で破格の金額でお買い上げされて。
師匠の繋いでくれた魔法陣で、現状まだレイラさんの自宅であるお屋敷まで角をお届けして、軽く掃除のコツを伝授したあとお茶をご馳走になった時。
『今日は本当にありがとう。今回の話は以前のわたしなら頷いてしまっていた。両親も彼もわたしが泣いて感謝しながら、元の御しやすい頃に戻ることを期待していたのだと思う。でもわたしはもう以前の自分には戻らないわ。貴女達のおかげよ』
軽い気持ちで持ちかけた三割分の私とクオーツへの依頼達成報酬は、金貨四枚にもなる大金と、吹っ切れたように微笑む彼女の嬉しい決意の言葉に化けたので。翌日師匠御用達のお店の高級靴下を五足購入して贈った。




