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【web版】オネエ魔術師と拾われ弟子◆汚城掃除婦は今日も憂鬱◆  作者: ナユタ
◆第三章◆ 

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*9* 職業婦人への第一歩。


 散々跪いて師匠の足に靴下をはかせ終えた直後に、まるでご褒美のように降ってくる唇。七年前に拾われた時からずっと続く朝の治療。


 でも師匠のあの不思議な旧友が訪ねてきた三日前から、唇が触れる時間が以前よりも長くなった。だから心臓の機能は三日前から跳ね上がっている。でも唇が離れた時にすぐ薄目を開けて、その深紅の双眸が悪戯っぽく見つめてくるのを視界に入れることが止められない。


「キスの直後に目を開けるだなんて大胆ねぇ。もう一回して欲しいのかしら?」


 艶々の唇から今朝の紅茶に浮かべてあったラモネの爽やかな香りが溢れるけど、師匠の色気だと爽やかさが気怠さに変換されて朝向きじゃなくなる。我が師ながら尊い。でもひたすらにしんどい。


「もー、そんなんじゃないですってば。毎朝いちいち弟子をからかわないで下さいよ。ジークさんのところに行くのが遅れちゃいます」


「多少遅れたところであんたの仕事の早さだったら、大して問題にならないでしょうに真面目ねぇ。誰に似たんだか」


「師匠でないことだけは確かですね~。クオーツもそう思うでしょう?」


「ギャウ、ギャーウ」


「あら生意気な弟子とトカゲだこと。でもそういうところはあたしに似てなくもないからまぁ良いわ。気を付けて行ってらっしゃい」


 極細く目尻に赤い線を引いた師匠が、テーブルに座るクオーツの口にベーコンを突っ込みながらそう微笑んで手を振り、いきなりベーコンを突っ込まれてクオーツが火花混じりの咳をする。そんな食卓を振り返ってデッキブラシを片手に「行ってきます」と出勤した。


 ――はいいものの、ギルドへ繋がっている魔法陣から出てすぐ、ジークさんと誰かが何か真剣に話し込んでいる声が聞こえてきて。


 一瞬来客中かと思い出直そうと魔法陣を踏もうとしたところで、不意にもう一人の声にも聞き覚えがあることに気付く。


 こっそり壁の影から声がする方向を覗いてみると、そこにはジークさんとレイラさんの姿があった。けれどレイラさんは深刻そうなのに、ジークさんはいつも通り飄々としている――……と。


「おう、おはようさんアリア。来た気配はするのになかなか顔を出さんと思ったら、そんなとこでデッキブラシ持って何コソコソやってんだ」


「ありゃ、バレてましたか。おはようございます、ジークさんにレイラさん」


「お前さんね、素人の侵入に気付かない間抜けがギルドマスターになれるかよ」


「それもそうですね。ちょっとだけジークさんのことを尊敬しかけてた自分が馬鹿みたいです」


「そこは尊敬しといたままでいてくれて良いんじゃないか?」

 

「一回尊敬の途中で意識が途切れちゃったんで難しいですね~」


 軽口の応酬に控えめに「おはようアリアさん。その服はプリシラのお店で購入したのね。似合っているわ」と笑うレイラさんの様子がおかしい。プリシラというのはジークさんが紹介してくれたあのお店の店員さんの名前だけど、今それは関係ない。とにかく今問題なのはぎこちないというか、緊張した面持ちのレイラさんだ。


「何にしても良いところに来てくれたもんだぜ、アリア。ちょっとお前さんとお前さんとこのトカゲちゃんに依頼したいことがあるんだよ」


「あの、依頼をしに来たわたしが言うのは何ですが、ジークさん、アリアさんを巻き込むのは――」


 唐突に始まった雲行きの怪しい強引な話の導入に首を傾げるも、そこにすかさずレイラさんが割り込んできてくれた。


「そんなこと言ってられる状況じゃねぇだろー。第一さっきも言ったが、うちの腕利きは他の仕事で出払ってるんだ。ここはもう腕利きではないにしろ、反則逆転出来るくらいの能力を持ってるやつに頼む方が現実的だ」


「え、何ですか。そんなに物々しい話です? だったら一旦師匠のところに話を通してもらわないと」


 二人の視線が一気にこちらに向かったことに私が身構えると、ジークさんに顎で話の先を促されたレイラさんが逡巡しながらも頷き、申し訳なさそうに「実は……」と切り出した。


***


「レイラさん、本当に貴族籍を捨てちゃうんですか?」


「ええ。元々持っていて持っていないようなものだったから。余計な荷物を捨てられるかと思うと、むしろ気分は軽いのよ。持ってたって使えないのに責務だけ押し付けようって魂胆に初めて腹が立ったのよ」


「あー、そういうことなら納得です」


 現在私はレイラさんとクオーツの背に相乗りしながら、住み処であるミスティカの森の最奥部上空を飛んでいた。緑というよりは黒に近い木々からは靄のような瘴気が発され、常に視界が煙った状態になっている。この辺りは滅多に用事がないので師匠と来たことも片手で数えるほどだ。


「ご両親と元婚約者の馬鹿が引き合いに出したジュエルホーンですけど、どれくらいの体長のものが良いとかってありますかね~?」


「いいえ、特に指定はされていないわ。ただあの人達のことだから大きければ大きい方が良いとは思うのだけれど」


「成程分かりました。そういうことなら出来るだけ大きな個体を探しましょう。市場で売るなら大きいだけの個体から取れる角よりも、中くらいの個体から取れる角の方が密度が高くて良いって言われるんですけど」


「ふふ、そうね。だけどそんなことが分かるのは一部の人だけだと思うわ」


「まぁこういう生業でない人達にとってはただの綺麗な装飾品ですからね~」


 私達の会話にクオーツが「ギャウ、キュー……クルル」と同意を示す。言葉は通じないけどたぶんそう。もしくはお肉を分け前に寄越せということかな?


 ジュエルホーンというのは名前の通り、宝石のような角を持つ大きな山羊に似た魔物だ。山羊の割に大きいし魔法も使えるかなり厄介な魔物だけど、宝石にたとえられる角には濃縮された魔力が宿っていて、砕いて護符の形に加工したものが一般的。お金に余裕のある魔術師なんかが良く身につけている。


 逆を言えば魔術師しか欲しがらない品物であり、特別高価な為に表でも裏でもそこまで流通していない。そんなものが必要になったのは、レイラさんの自由と自立の第一歩の為だった。


 何と顔も知らない元婚約者のクズはレイラさんが垢抜けて社交的になったことで、現在の婚約者と天秤にかけたらしい。その時点でも驚きなのにまさかのレイラさんの両親までもが今度こそ捨てられるな、奪い取れと発破をかけてきたそうだ。


 ちなみに失敗すれば魔術から一切手を引いて凄く歳上の貴族に嫁がされるか、あの別荘を身一つで出ていけという頭がおかしい選択肢をくれたそう。選びたくなる条件がないのは選択肢になってないと思うんだけど……貴族のお家は怖いなぁ。


「だけどアリアさん、こんなことに巻き込んでしまってごめんなさい。必ずこのお礼はさせてもらうわ」


「え? 別に気にしないで良いですよ。森への通行許可を出した師匠だって『面白いじゃない。立派なやつを仕留めて、家を捨てて好きに生きるって馬鹿共に言ってやりなさい』って言ってたじゃないですか。私も賛成ですよ」


 そう言い私のデッキブラシをお腹の前に固定する形で背中にしがみつくレイラさんを振り返ると、真っ直ぐ首を伸ばして空を飛んでいたクオーツが「ギャウギャウ!」と鋭く鳴いて。


「まずは一頭目、行きますよ!」


「はい! よろしくお願いしますわ!」


 気分は男顔負けのドラゴンライダー。手綱を引いてクオーツが急降下する風圧に、二人で黄色い悲鳴をあげるのだった。

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