*5* 力業が過ぎます師匠。
「あいつの言ってた店名だとするならここだわ」
「ですね。意外と普通のお店って感じがします。ジークさんの紹介だからもっとおかしい感じのところだとばかり思ってました」
まずい。ジークさんの紹介だからもっと古着とかのお店を予想してたのに、新品の服を扱っているお店だ。落ち着きのある色合いの店の前にデッキブラシを持って来た私の方がおかしい。
「ん? なーにー、お客?」
――……でもなかった。
落ち着いたお店の中から現れたのは、上半分を長髪に、下半分髪を五分刈りにした女性。短いズボンから惜しげもなく伸びる生足。ギリギリお腹が隠れる丈のトップス。両手に三個ずつ大きな宝石のついた指輪をはめている。でも中でも一際目を引いたのは、彼女の顔の左側を覆う銀貨みたいな飾りのついた眼帯だった。
「ここらじゃ見ない顔だね。うちの店はちょっと特殊だから、紹介がないとダメなんだけど。どこの紹介?」
見た目ほど怖い人ではなさそうだけど、お洒落上級者過ぎる。あとお洒落な人への偏見かもしれないけど押しが強そう。そんな気持ちから思わず師匠の背後に隠れてしまった。が――。
「良かったじゃない。あれくらいの軽い接客なら緊張しないでいけるでしょう?」
「どこをどう捉えたらそうなるんですか。無理寄りの無理です。帰りましょう」
「ここまで来て何言ってるの。あたし達ジークの紹介で来たんだけど、ちょっとこの子の服を見繕いたいのよ」
お洒落圏外のヘタレな弟子の懇願なんて丸っと無視した師匠は、派手な店員さんに声をかけた。店員さんはジークさんの紹介と聞くと満面の笑みになって「あ、なーる。そういうことなら店内どーぞ」と言ってくれる。必死で師匠の服の裾を引っ張るも、やっぱりこれもしっかり無視された。
通された店内は広くはないけどところ狭しと色んな服がかけられていて、そのどれもが不思議な形や色をしている。
「この子が自主的に着たがるものがあったら出してやって頂戴。それから貴女がしているような顔の半分を覆う装具があればそれも。アリア、あたしはこれからその冴えないデッキブラシをどうにかしてくるわ」
「どうにかって師匠、デッキブラシはデッキブラシが完成形ですよ?」
「知ってるわよ。良いからあんたは服を選んで待ってなさい」
そう言うなり師匠は服を掴んでいた私の手をペイッとはたくと店を出て、表通りに向かって歩いていってしまった。人見知りな弟子に対してあまりにも無慈悲すぎる仕打ちだ。
一瞬ついていこうか留まろうかと逡巡していたら、急に後ろから「お客さん、あんま普段服装とか気にしない質?」と声をかけられ、慌てて振り返った。
「は、はい。服屋さんに来てるのに、すみません」
「ハハッ、別に謝ることないよー。わたしも昔は服とか着れれば何でもいーって口だったから」
「えっと、でも今は凄く、その、個性的な格好でお洒落ですよ?」
「ンフフ、お客さん……あんた嘘つくの下手だね。でもまぁ、良いや。さっきの彼が褒めてくれるような装いにしようじゃないか。歳上の恋人なんだろう?」
「ち、ちがっ! あれは師匠で、そういう関係じゃ……!」
「ンフフフ、照れないで良いよ。冗談だってば。でもわたしの勘だとそう遠くもなさそうなんだけどね? さ、もっと奥に入って来なよ」
面白そうに眼帯を弄る彼女に渋々ついていったものの、奥に通されたところで全然自分の好みが分からない私に呆れることもなく、色々と棚から持ってきては姿見の前で身体に当ててくれる。
彼女は聞き上手で、会話の端からこちらの要望を引っ張り出しつつ、次々に没となった服の山を築いていく。そのうちに段々と自分が好きっぽい色と形が掴めてきて、最終的に候補を三着まで絞り込めた。彼女からも「うんうん、どれもいーね。似合ってる」と合格点を頂けた。
一着目はざっくりとした若草色のオーバーオール。普段着にも着られるし、耐久性も高い。下に合わせるのはクリーム色のコットンシャツ。
二着目は淡い青色のワンピース。一見しただけだとストンと落ちる形に見えるのに、カッティングの妙というか、しまわれた生地面積が多くてクルッと回ると真円に広がる。共布のリボンベルトが可愛くて、こんなに女の子っぽい服は初めてだ。
三着目は紺と白の縦縞模様のリネンシャツに、スカートとズボンの中間みたいな不思議なつりズボンっぽいやつ。色は鮮やかな赤。これなら何とかクオーツの背中にも乗れそうくらいの感じで、これが一番好き……なのかもしれない。
師匠に顔を隠すものと言われて範囲を知りたがった彼女に恐る恐る傷跡を見せたら、彼女も眼帯を外して「お揃いみたいなもんさ」と笑われた。
その言葉通り眼帯の下に隠れていた彼女の目は、完全に潰れていて。その傷跡を指して「ギルドにいる時に無茶な仕事のしかたして、へまってね。だからここの店にある商品は、身体の一部が欠けてる客に合わせたものが多いんだ。元はジークさんのギルドにいたんだよ」と言った。
――で、二時間後。
「あら、良いじゃない。あんたはそういう格好が似合うのね」
「へへ、ありがとうございます師匠……って、言うと思ったんですか? いや、それを持ってなかったら言いましたけど、何ですかそれ?」
戻ってくるなり開口一番そう褒めてくれた師匠の手には、奪われたデッキブラシと似ても似つかない物が握られていて、私を多いに混乱させた。
「魔装具師に無理を言って超特急仕上げにしてもらったのよ。あんたがどうしてもこれが良いってきかないからじゃない。心配しないでも元になってるのはあのデッキブラシよ。嘘だと思うなら握ってみなさい」
「だからってデッキブラシを装飾するとか、金銭感覚がおかしいのは知ってましたけど……馬鹿なんですか師匠?」
「良いからとっととそれ持って姿見の前に立てって言ってんだろが、馬鹿弟子」
「…………師匠?」
「良いからそれ持って早く姿見の前に立ってみなさいよ」
言い直しても駄目なものは駄目だと言いたいけど、いつもと違う口調の師匠にときめいて咄嗟に言い返せなかった。大人しくデッキブラシ(?)を持って姿見の前に立つと、そこにはややデッキブラシ感の薄れた、パッと見だと新手の魔装具に見えなくもない物を手に佇む自分の姿。
柄の部分は綺麗な黒塗り。持ち手の先端には真鍮製のフック。ブラシの本体部分も真鍮製の覆いが被せられて、見事なレリーフが描かれている。ブラシの毛は柄を含めた本体の大部分の色と真逆の白銀色。
「うん、やっぱりここまでテコ入れすれば何とかなるわね。ねぇこの三着全部もらうわ。一着は着て帰るから二着は包んで。着てきたものは処分をして頂戴」
「え!? 三着も買えるほどお給金は……」
「あんたが初めて服を選んだんだもの。その記念よイモ娘。次は化粧に興味を持たせなくちゃね」
師匠に後ろから肩を掴まれたままデッキブラシを手に鏡の前に立ち、顔を真っ赤にした私をニコニコしながら見つめる店員の彼女という謎空間。居たたまれないのに嬉しい乙女心が憎い昼下がり。




