*4* デッキブラシは装飾に入りません?
「――で、お前さんのドラゴンの口添えで変異種ワイバーンの長との条約を結んだわけか。あの宮廷魔導師の坊っちゃんは」
「そういうことになりますね。国の中枢に国有地を占拠する仲間が出来て心強いです。これで多少は国との緩衝材になってくれるんじゃないでしょうか」
変異種ワイバーン捕獲劇から四日後。
目覚めた二頭のワイバーンにクオーツが説得を試みてくれた結果、言語に多少の差があったようだったけど、人間で言うところの訛りの問題程度だったらしく、話はまとまった……ぽい。
あくまで会話が成立するのがクオーツだけだから仕方がないものの、私の籠や網で拘束されていたワイバーン達を自由にしても襲ってくる気配もなかったし、勿論長達にしてもそうだった。
というか、あの瞬間はクオーツが一番偉そうで。本来の大きさに戻ってワイバーン達を睥睨する様は、普段猫のように私にすり寄ってくる姿とは違って見えた。ワイバーン達が首を垂れて翼をたたんだあれは、人間だと平伏しているみたいな感じだと思う。
もしかすると人間の世界と同じで、種族や生き物としての格の違いを超越した大恋愛として言い伝えられているのかもしれない。
オルフェウス様は話し合いが終わった後、すぐにも契約の条件である結界の展開に着手した。二回目の結界の展開はうちの森でやらかした一度目の失敗を反省してか、かなりじっくりと魔力の糸を縒るように慎重に行われ、元の生態系に影響しないけれど外からの干渉にはかなり敏感な結界が出来た……そうだ。
その辺は師匠とオルフェウス様にしか分からない。でも師匠が突っ込まなかったから大丈夫だったのだろう。あとは彼がもぎ取ってきてくれる国の許可申請待ち。
「そりゃまぁ逞しいというか、図太いというか……何かお前さん達の身辺がどんどんややこしいことになってんなー」
「別にあたし達が進んで首を突っ込みに行ってるわけじゃないわよ。そもそもあたし達にとって一番ややこしい知り合い代表はあんたじゃないの」
「いやいやいや、今回の件はお前が首を突っ込んだようなもんだろうが」
「師匠のやる気なんて滅多にないことですから、つい。新しい発見や興味って、研究する人にとっては養分みたいなものでしょう?」
「あー……な。そりゃ確かにそうだ」
私の仕事のついでに報告に訪れた師匠に言いくるめられたジークさんは、頭を掻きながらそう言って苦笑した。この人は何だかんだ悪い人じゃないのだろう。顔はこういう場所のギルドマスターらしく悪人顔だけどね。
「それよりも、ジークからもアリアに言ってやって頂戴。魔力に指向性持たせるのにデッキブラシを本採用するのは止めろって」
「それは……おう。止めた方が良いんじゃないか?」
真顔だった。もう正直今後一生見ることはないんじゃなかろうかと言うくらいの真顔。服装に何のこだわりもなさそうなジークさんにそこまでさせるほど、私のこの格好は世間から乖離しているらしい。急に不安になってきた。
「でもあの日以来お城での訓練にも使ってましたから、すっかり馴染んじゃったんですよね。そんなに駄目ですか?」
「まず壊滅的に見た目が駄目ね。何を着てもまるきり掃除婦じゃない」
「別に日中の明るい時間にどこかにお出かけするでもなし。今回のが予定外のお出かけだっただけで、今後はこれまでと変わらず城とここの行き来くらいですから。別に問題ありませんよ」
「あのねぇ……別にお洒落は人に見せるためだけのものじゃないの。今まであんまり口煩く言わなかったあたしも悪かったのかもしれないけど、あんたはもう少し自分のことに興味を持ちなさい」
「え、ええ……でもいきなりそんなこと言われても……何を着たら良いのか……」
チラリと助けを求めてジークさんを見たけど、彼は眉間を揉んで首を横に振る。そんな……ここは私と一緒になって〝どうせ着飾っても似合わない〟という言葉が欲しかったのに――!
「悪いがな、アリア。今回のは全面的にルーカスに賛成だ。こんなおっさんの俺でもお前さんの格好はどうかと思うんだわ。若い娘なんだ、一回くらい着飾ってみろ。残念ながら俺も服にこだわりはねぇから分からんが、ルーカスに任せりゃ何とかなる。今日の給金分に色付けてやるから。な?」
おじさんとオネエさんによる怒濤のたたみかけにあって、ようやく普段の自分の格好が余程駄目なのだと悟る。お給金の賃上げは大賛成だけど、こんな磨いてもどうにもならない私を磨きあげるべく、師匠はジークさんに路地裏でお店を構えている人の情報を尋ねて。
今更ながら一人で仕事に来ておけば良かったと後悔する私に、ジークさんが「諦めてこいつに身を任せてこい」と笑い、壮絶に美しい微笑みを浮かべた師匠に「逆らおうとは思わないことね」と釘を刺され、ギルドの執務室を後にした。




