*3* こっち側にいらっしゃいませ。
ひとまず上空から拓けた場所を探して、私の魔力で構築した気絶ワイバーン入りの籠と網を降ろす。籠と網の移動は師匠が手を貸してくれるけど、魔力で構築した籠の概念の維持は私が自分でやらないといけないので、思った以上に残りの魔力と気力を奪われた。
疲労困憊で一足先に地上に降りたオルフェウス様のワイバーン隣に、クオーツを降り立たせたせる。他のワイバーンを入れた籠は師匠が少し離れた場所に置いて、眠りが深くなるよう催眠魔法をかけてくれた。
デッキブラシを杖代わりにした私、元気な師匠、もっと元気なクオーツでオルフェウス様の元へ合流すると、そこにはテイムをする素振りもなく、何やら思案顔をしている彼がいた。
その視線の先には雁字搦めに絡め取られた一際立派な二頭のワイバーン。何となくだけど体格差から雄と雌っぽい。以上。状況の把握終わり――とはならない。
眺めていたって依頼は完了にならないので「どうしたんですか? 早くその子達と契約しないと起きちゃいますよ」と声をかけると、無表情なりに困惑した気配の彼がこちらを見て口を開いた。
「いや、それが……このワイバーン達にテイムが効かない」
「というと?」
「何かが精神の繋ぎ目に潜ろうとする僕の術式を弾いている」
術にかかりにくいワイバーンについての説明をオルフェウス様がしたところで、魔力のない私によく分からない感覚なので首を傾げてしまったけど、それを聞いた師匠はそのままワイバーンの傍らに立って、サッと全身を眺めた上で口を開いた。
「妙ね……このワイバーン達、どちらの個体も脚の指が一本多いわ」
ここで言うところの脚は後ろ足というか、ワイバーンは前足に当たる部分が翼と一体化しているので実質脚の本数は二本と数えるけど、ドラゴンは翼が背中にあるので前足と後ろ足は別々に一対ずつついている。
――と、そんなことは今はどうでも良いか。
師匠にそう言われたので横たわるワイバーンの足を見て、次いで猫の大きさになったクオーツを抱き上げて何気なく観察すると、確かに全体的には全然似ていない両者だけれど、所々に似た箇所が見受けられた。
普通生活の中でドラゴンが身近にいる人はまずいないだろうから、パッと見ただけでは分からないだろうけれど、翼の付け根がやや肩甲骨の下にある。あと顎が以前見たワイバーンよりも四角い。全身も一般的な流線型のワイバーンとは趣が異なっているように思う。
「あ~……確かに。指の数もですけど、他にも蹴爪のつき方とか、翼のつき方とか、顎の形とか、何だかちょっとクオーツに似てますね」
そんなふんわりとした私の発言に、二人が一斉にこちらを振り向いた。その勢いの良さにちょっとたじろいでしまう。何かおかしなことを言ってしまったのかと焦る私をよそに、師匠とオルフェウス様は神妙な顔だ。
「うちの森に二回乗り付けて来たワイバーンはここでテイムした個体なの?」
「いいえ。この谷に大きな営巣地帯があることは知っていたのですが、以前一人で来た時はとても。あの通り数が多くてテイムどころではありませんでした」
何の事かさっぱりなまま進む会話に、クオーツと〝つまんないね~〟という視線を交わし合っていたら、そんな気配がバレたのか、師匠が「そこ。部外者面しない」とこちらに向き直った。
「今から話す内容は仮定だけれど……もしかするとこの谷にいるワイバーンの中に、かつてドラゴンと交配した個体がいたのかもしれないわ。そしてそれが一部で定着しているのかも」
「え、そんなことってありえるんですか?」
「普通はありえないわ。というより、ありえないとされているわ。ドラゴンとワイバーンの知能の差は、人間と猿くらいあると言われているから」
自身の仮説に半信半疑の様子な師匠に「だったらその始まりの二頭は、もの凄い大恋愛をしたんですね」と答えたら、心底馬鹿を見る目でオルフェウス様から「君は本気でこの事の重大さを理解していないのか?」と言われた。腹立つな……。
「この谷の生態系が狂っているということだ。それもドラゴンと違ってワイバーンは生殖しやすい。先祖返りでドラゴンの血を強く引く個体の数が増えれば、人間の生活が脅かされる」
「ああ、まぁ確かに。人間だって魔物を襲って殺すんですからそうでしょうね。でもそういうことだったら、直接お願いしてみたらどうでしょう」
「は?」
「少なくともドラゴンのクオーツは話せば分かってくれました。無益な争いも好まない良い子です。ドラゴンの血を引くなら頭は良いはずですから、こっちが有益な条件を持ち出せば案外応じてくれるかもしれませんよ」
抱き上げたクオーツの手をプラプラさせながらそう提案すれば、それまで私達のやりとりを見守っていた師匠も、顎に手を当てて「一理あるわね」と肯定してくれた。クオーツも褒められたことが分かっているのか妙にドヤ顔をしている。
きっとあと少しおだてて夕飯のデザートを譲れば、ワイバーンとの橋渡し役を勤めてくれることだろう。
「魔物と取引なんて……まさか本気で言っているのか?」
「本気ですよ。例えばこの中にいる誰かが貴男について来てくれるなら、他にこの谷からテイムするワイバーンは出さない。そして他の人間が谷に近付けないよう結界を張る、とか。最年少の天才宮廷魔導師様なら出来るでしょう?」
わざと煽るような言い方をすれば、一瞬だけ無表情なオルフェウス様が面白そうに目を細めて「良いだろう」と頷いた。その答えに思わずにんまりとしてしまう。クオーツがワイバーンとの取引に成功したら、これで彼もこちら側。
国の所有地不法占拠仲間として口をきいてもらえるように、クオーツの耳許でこっそり〝頼んだよ〟と囁いた。




