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*2* デッキブラシ無双。


「アリア、次、上に向かって。術式を展開するわよ」


「はい、師匠! 行くよクオーツ!」


「ギャウウ!!」


 捻りを入れた急上昇でワイバーンの群れ……ワイバーン玉から飛び出し、下に群れを見下ろしながら、デッキブラシを媒介に伝って師匠が流し込んでくれる魔力補助を受け取り、不出来な術式を乱発していく。


 生け捕り……もとい、優れたワイバーンのテイム補助が今回の私達の仕事だから、クオーツの吐く火炎は封印。まぁ、凄く至近距離に来たりしたら普通に強化魔法をかけられたデッキブラシで殴るけど。そりゃもうゴンゴン。


 柄の部分を使っての突きも、ブラシがついてる先端での殴打もできるので意外と使える。練度を上げれば結構良い武器になるのでは……と思わなくもない。実際師匠の手を借りてぶん殴る際には結構な腕の重みと一緒に痺れが走るけど、ワイバーンは吹っ飛んでいく。


 でもそんな使い方をするからだろう。デッキブラシを握っている掌はもう汗でドロドロだ。こんなにドロドロになったのは師匠が城の床にダロイオの内蔵をぶちまけて、一部屋丸ごとゼラチン質の海を泣きそうになりながら片付けをして以来かもしれない。


「こーれーでーもー……食らえっ!」


 私の構築した魔力の籠は編み目は多少粗いものの、上空から一気にワイバーン玉を一網打尽に出来るという利点がある。籠だから下のくくり(・・・)はないけれど、上空に向かって飛んでいた群れは上から押さえつけられることに冷静さを失って、そのことに気づかずに籠の中で暴れまわって高度を落としていく。


 時々若干魔力を持った個体がいるのか、微かに師匠の流してくれるものとは違った波動を感じる。どうやら私は魔力供給に関して言えば悪食らしい。人間の食事なら師匠のおかげで美食家な気がしているだけに不本意だ。


 普段は練習程度でここまで一気に魔力の構築をすることはないから、すでに肩で息をする私の背後では、師匠が「なかなか様になってきたわねぇ」と言いながら、籠の編み目から飛び出してきた強者を氷の矢で牽制している。


 そのうちの一発がクオーツに並びかかろうとしていたワイバーンの翼に直撃。皮膜状の薄い翼を撃ち抜かれたワイバーンはきりもみしながら墜ちていくけど――!


「そこ、間に合えっ!!」


 添えられた師匠の手からデッキブラシを引ったくるようにそちらに向けて、魔力を構築。間一髪。地上に墜ちていくワイバーンの下に編み目の細かい籠……というか、ただの網を構築して受け止めた。


「あんたねぇ、今のでもう何度目? 優しいのは結構だけど、墜ちていくワイバーンをいちいち全部助けてたら、あんたのお粗末な魔力なんてあっという間に空っぽになるし、あたしの補填してあげてる魔力で明日酷い魔力酔いを起こすわよ?」


「だってそうは言っても師匠、本来あの宮廷魔導師様が新しいワイバーンをテイムしたいって言うだけで、まだここのワイバーン達に非はありませんもん」


「この数よ。そのうちに人里に降りて人間を襲うかもしれないじゃない」


「予定は未定ですよ。第一この谷のワイバーン討伐依頼は、まだジークさんのギルドで一回も見てません」


 いきなり穏やかな日常に乗り込んで来られたら人間だって抵抗する。ワイバーン達は魔物だからより正直に暴力衝動に生きているけど。野生だから仕方がない。自然現象と同じでそこに歯止めなんてないのだ。


「へぇ……意外にちゃんと情報を見てるじゃない。あんたは世間知らずだとばかり思ってたけど、偉いわ」


「えへへへ。もっと褒めても良いですよ師匠」


「はいはい。あんまり調子に乗らないの馬鹿弟子。次よ次。クオーツ、あんたの活躍も期待してるわよ?」


「ギャウウウウー!」


 ご機嫌な声をあげて横に並ぼうとする大きなワイバーンの横っ面を、容赦なく尻尾の一撃で吹き飛ばすクオーツ。ただでさえレッドドラゴンの脅威に若干及び腰な年若いワイバーン達は、徐々に集団包囲の玉を解いて谷の方へと帰っていく。


 いつの間にか私達の周囲を飛ぶのは、顔や身体のどこかに傷のある大きなワイバーン達だけになった。たぶんあの谷に住まう古参の強者達なんだろう。


 ――と、それまで一人で先行していたオルフェウス様の乗ったワイバーンが、速度を落として淡く虹色に輝く膜のようなものに覆われた。そうしてそのままゆっくりとこちらに向かって浮上してくる。


「あれ……何だろ。師匠、野生のワイバーン達があの人の乗ってるワイバーンに近寄れないみたいです。並びかけられない速度でもないのに。あと、こっちに来ます」


 その様子が分かるようにデッキブラシで彼の飛んでいる方向を指し示すと、背後で師匠が「ふぅん。そういうこと。あの坊や、宮廷魔導師らしく思いきったことを考えるのね」とおかしそうに言った。


「何か分かったんですか師匠?」


「あいつがやろうとしていることと、あんたに今回の仕事を依頼した理由よ。クオーツ、あたしの声が聞こえてるわね?」


 尋ねられたクオーツが首をこちらに傾けて瞬きと共に「ギュルルル」と鳴いた。どうやらクオーツの方も何かを理解している様子で、分かっていなさそうなのは私だけみたいだ。悔しい。その間にも近付いてくるオルフェウス様のワイバーン。


「それじゃ、今からあたしが強く手綱を三度引いたら思いきり咆哮をあげて頂戴」


「師匠、師匠、待って下さい! そんなことしちゃってあの人と契約してるあのワイバーン、大丈夫なんですか?」


「大丈夫よ。たぶんね。あんたはあたしが結界張ってあげるから心配しないで良いわよ。その代わりクオーツが咆哮を使った直後、ワイバーンの群れに向けてあの術式が構築出来るようにしておきなさい。ほら、三、二、一!!」


 虹色の幕が私と師匠を覆った直後、世界は無音になって。ビリビリと身体を内側から震わせるクオーツの〝咆哮〟を直に聞いたワイバーン達が、バラバラと地上に降り注ぐ。そしてその中でまだ飛んでいるワイバーン達に、彼の魔法陣から黒い蔓植物のように歪にうねるそれが伸ばされる瞬間が見えた。

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