*1* デッキブラシの竜騎士爆誕。
新しい移動用ワイバーンを二頭ご所望という宮廷魔導師様の依頼を請け、初めて師匠とパーティーを組めることに喜び勇んで準備に取りかかった三日後。
「師匠どうです? この格好似合ってますか?」
「馬子にも衣装って言いたいところだけど、悪くないわよ。流石は竜騎士専用の騎乗服ね。いつもの野暮ったい格好よりもだいぶ垢抜けて見えるわ。まぁアタシの見立てもあるでしょうけど」
まだ外に薄暗さの残る早朝のギルドホールで、新しい服……今日の〝仕事〟に耐える頑丈な服に袖を通して師匠に向き直ると、師匠から思いのほか好評価をもらってしまった。まぁ服を選んでくれたのは師匠なのだからそれも当然なんだけど。
通常のトラウザーズと違い布ではなくてコーヒー豆色の革で出来たそれは、ぴったりと下半身に吸い付くみたいだし、薄手なのに耐刃性。足許はかっちり目のベージュのブーツ。
上半身の一角ウサギの皮で出来た耐貫通性のあるポケットいっぱいのジャケットは、この季節に着るには少し暑いけどクリーム色で可愛らしい。その下は薄い緑色のコットンシャツ。これらの総額がいくらなのか怖くて聞けないけど、好きな人に褒められるのは嬉しい。
「えっへっへっへっへ」
「ただ欲を言えばあんたのその変な笑い方と、気の抜ける武器さえなければもっと良いんだけどねぇ」
「くっ……そうやって褒めたあとにすぐ水を差す。だって師匠が言ったんじゃないですか。クオーツの背中に乗ったまま魔術を構築する時は、平地に立ってる時より魔力の指向性の感覚を掴むのが難しいから、指向性を持たせやすい杖か何か棒状の物があると良いって」
「言ったわよ。でもだからって何でよりにもよってデッキブラシなの。刃引きした細剣でも良かったでしょう?」
「扱い慣れてない得物より、身体の一部かって言うくらい手に馴染んだ得物の方が良いかな~と思いまして」
口にしながら身体を軸にしてグルッと勢いをつけて振り回せば、デッキブラシでもちょっと格好良く見えると思うんだけど、師匠は額を押さえて「そう……そうよね、間違ってはいないわ。間違っては……」と渋い表情を浮かべる。
確かに魔物を捕まえに行くのに爪を綺麗に真っ赤なマニキュアで塗って、お化粧もバッチリ、爪とお揃いの色を眦に差して、飾り紐で髪を纏めてる師匠の美的感覚からしたら駄目だろうけど。
けれどこのまま言いくるめてしまおうと意気込んだ矢先に、この場に同席するもう一人から邪魔が入った。
「いや大間違いだろ。アリア、悪いことは言わんから、今からでもうちのギルドの倉庫にある予備の剣から何か見繕え。レッドドラゴンの背中にその格好で乗られた日には、ドラゴンに憧れる世のガキ共に顔向け出来ねぇ」
眉間に深い皺を刻んで腕組みをするジークさんの発言に、せっかく納得しかけていた師匠が「やっぱりそうよね?」とどこかホッとした表情を浮かべている。何だかこれだと私の美的感覚がジークさんよりも下みたいで非常に頂けない。
「乗せてくれるクオーツが気にしてないんですから問題ありません。それにギルドの倉庫にある予備なんて、本職でも使いにくいから死蔵してるやつじゃないですか。もう依頼人が到着する時間だし、今日はこのまま出発します」
きっぱりと言い切った私の言葉に、足許で立ち上がったクオーツが頷いてくれている。大事なのは本ドラゴンの意思。まだ納得のいっていない師匠とジークさんが反論したそうにしていたものの、ちょうどそのときホール玄関のドアが開いて、本日の依頼人が登場したんだけど――。
「言われた通りワイバーン用の鞍を改良して用意したが……まさか君はそのデッキブラシを持ってレッドドラゴンに乗るつもりか?」
男性陣はレッドドラゴンにどこまで憧れを抱いているのだろうか。珍しく感情の起伏が分かりづらいオルフェウス様までもが、私の手にしたデッキブラシを見て表情を固くする。勿論それ以上同じ会話をくり返すつもりもないので、クオーツの鞍を入れてきたらしい魔道具の鞄を取り上げて一足先に外に出た。
ギルド前から師匠の空間転移の魔法陣で街の外れまで一気に飛び、そこで彼の新顔ワイバーンを召喚後、鞍を装着したクオーツの背に師匠と相乗りして、彼のワイバーンと並んで飛ぶこと四十分ほど。
秋口の空を飛んでいるのに寒くないのは、師匠が周囲に張ってくれている結界のおかげだ。徐々に明るくなってきていた空も、もうすっかり朝の爽やかな光に満たされている。
隣を飛んでいたワイバーンの背に跨がる彼が、一気に速度をあげてクオーツの前を先行し始めた。訝かしむ私の耳許で師匠が「見えてきたわ。あそこが目的地のセヴェルの谷よ」と声をかけて指差した先は、まるで巨人が大鉈を振るって切り崩したような深い谷。
谷の上部はほぼ岩肌剥き出しなのに対して、谷の下部はこれ以上ないほど濃い緑に覆われている。ミスティカの森とはまた違った近寄りがたさに興味を惹かれていた私の耳許で、今度は「そろそろ来るわよ」と師匠が言った直後、谷の方から黒い靄のようなものが沸き上がって。
「ワイバーンは自分達の領地に入ってくる侵入者にとっても厳しいの。単独を好むドラゴンと違って群れを作る習性があるから、あんな風に大群で襲ってくるのよ」
どこか愉悦を感じさせる師匠の声音に酔うように、知らずクオーツの手綱をしごいてこちらに向かってくる靄の正体――……ワイバーンの先遣隊に狙いを定め。右手で騎士の槍に見立てたデッキブラシの柄を力一杯握り込んで突っ込んだ。