*18* ご着席願います。
朝の爽やかな気配から一転、どす黒い空気が渦巻いた空間に待ったをかけてくれたジークさんに連れられ、話し合いの場所をギルドマスター……要するにジークさんの執務室に移した。
宮廷魔導師様な彼は前回ここに来る羽目になった経緯のためか、この部屋に入るなりうっすら嫌な表情を浮かべたけど気にしない。
大きくて立派だけどかなり年期の入った応接ソファーの上からジークさんの脱ぎ散らかした服や、食べこぼしの目立つ書類を端に避けることから始まった。ちなみに片付けをしたのは私一人。いつもお手伝いをしてくれるクオーツ以外の男性三人は役に立ちそうもなかったから、部屋の隅に寄っていてもらった。
時間外労働なのであとでお給金の追加を申し出ようと心密かに決めつつ、最終的に師匠と私、膝の上にクオーツ、向かい側に毎度お騒がせな登場をする彼、ジークさんは執務椅子という場所に落ち着いた。
「え~と……それで、エドモント・オルフェウス様でしたっけ? 追試の呼び出しに応じなかったからこんなところまで来たんですか?」
「待て待て。こんなところとか言うなって。一応うちだって裏じゃあそれなりに名前が売れてるギルドなんだぞ」
ギルドの就業時間が近付いているのでさっさと核心をついた質問をしたのに、それを聞いていたジークさんからこちらの気遣いを無視したヤジが飛ぶ。
クオーツだって静かに空気を読んでくれているのに……と思っていたら、隣に座っていた師匠が「ジーク、裏で有名って言うのは表じゃ無名と同義なのよ」と容赦のない突っ込みを入れて黙らせてしまった。
部屋を貸してくれている手前少し可哀想だなとは思ったものの、ジークさんは室内の時計に視線をやると、伸びを一つ。執務椅子から立ち上がるとドアの方に向かって歩き出す。
「へいへい。そんじゃあそろそろ一番早い連中が仕事に来る時間帯だからよ、うちの連中に表の方にまで轟くような仕事でもさせてくるわ。まぁ、書類に触らない限りはこの部屋は好きに使っとけ。じゃあな」
そう言うが早いかジークさんの姿はドアの向こうへと消えて。室内には正当な部屋の主をそっちのけにした三人と一匹だけが残された。
「では……話を続けるが、そういえばそんな話もあったな。僕はその件とは別件だが、一応そちらの話もしておこう」
おかしいな。別件って言ったこの人? という疑問は隣の師匠に筒抜けだったらしく、こちらに視線を寄越す師匠の瞳に〝様子見するわよ〟とあったので、ひとまず頷いた。クオーツは分かっているのかいないのか、長い首を緩く上下に揺らす。でも向かいの彼を見る目が怖いのは何でだろうね。
「合格者発表の日に掲示板に付け加えられた君の受験番号と〝追試〟の理由は、まず君の年頃で実務経験が五年あるということと、筆記試験の結果。そして実技試験で見せた魔術構築の独自性に注目した他の試験官達が、君を入学させて一から学ばせてみてはどうかという見解を持ったからだ」
こうして淡々と理由を語られてみて一応は合点がいった。私としても今まで学校に通うという経験がないので憧れがないわけでもない。決して悪い条件ではないんだろうけど、だからといって今さら引きこもりの私が一般の子達と机を並べて勉強が出来るかというと――……自信がない。
何よりも顔の傷について絶対に何か言われるのは間違いないだろう。あの日は私の他にもそういう人がいたから気にならなかったけれど、基本的に外の人間は怖い。こちらが何もしていなくても瑕疵を探してくる視線を思い出して、思わず膝の上にいたクオーツを抱き締めた。
「そう。そういうことなら一応合点がいくわ。でもね、魔導師の坊や。あたしは弟子が怖がる場所に通わせるつもりはないの。この子はこれまで通りあたしの下で魔術を学ばせるわ。この子にその気があるのなら、そして本当にその道を目指すつもりなら。あたしは師として次の試験までに魔術師として仕上げる」
きっぱりとした声でそう言ってのけてくれた師匠を見つめると、師匠はこちらを見ないまま「不細工な表情してるんじゃないわよ」と呆れたような、甘やかすような声が返ってきた。この人は普段の生活態度が全然しっかりしてないのに、時々こうやって大人なところを見せては私のなけなしの乙女心をくすぐってくる。
弟子で良かった。師匠の珍しく険しさの残る横顔に見惚れていたら、オルフェウス様が「次は僕の用件だが」と、無粋にこの空気をぶった切ってくれた。どこまで好感度を下げるつもりなのだろうかと思いながらも嫌々そちらへ視線を移せば、彼はこちらの不機嫌さをものともせずに無表情に口を開く。
「無駄は嫌いなので単刀直入に言う。君に僕の助手になってもらいたい。移動に使う新しいワイバーンを捕らえに行きたい」
――ほうほう、成程。これは非常に簡単な問題で師匠に窺いを立てるまでもない。無駄は嫌いなそうなのでこちらも言葉を選ばずにバッサリ答えることにした。
「は? 単刀直入に言って嫌です。でも一応興味本位で聞きますけど、前にいた二頭はどうしたんですか?」
流石に間髪入れずに断られると思っていなかったのだろう。一瞬だけ髪と同じ紫紺色の目が見開かれたことに内心愉快な気分になった。
すると彼は苦虫を噛み潰したような表情で「断るなら聞く必要はないだろう」と、宣言通りこれ以上の会話に費やす時間の無駄を悟って席を立とうとしたのだけれど、隣にいた師匠が「ちょっと面白そうな依頼ねぇ」とぽつりと言ったので。
「座って。もう少し詳しい話でも聞かせてもらいましょうか」
さっきの言葉はなかったことに。前言撤回と決め込みますとも。