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【web版】オネエ魔術師と拾われ弟子◆汚城掃除婦は今日も憂鬱◆  作者: ナユタ
◆第二章◆

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*16* 私なんかやっちゃいました?


 何だかんだで楽しい思い出となった魔術師昇級試験から二週間。ちょうど師匠のお店が定休日だったので、せっかくだから師匠のお店前で待ち合わせて三人で試験の結果発表を見に来たのだけれど――。


「おめでとうレイラ。これであんたも今日からこの国の魔術師の一人ね」


「ありがとう、ございます。これもお付き合い下さったお二人のおかげですわ」


「何を言ってるの。努力したのはあんたでしょ。あたし達は発破をかけただけよ。それに今回は残念だったけど、あんたも良く頑張ったわアリア。付け焼き刃でここまで構築が上達したんだから大したものよ」


「ありがとうございます師匠。師匠の鬼のようなしごきに耐えた甲斐がありました。それからレイラさん、昇級試験合格おめでとうございます」


 受験者でごった返す視線の先に掲げられた合格発表の掲示板に私の番号はない。当然の結果なので驚きはないのだけれど、当の私よりもレイラさんの方がしょんぼりと項垂れている。私のことで落ち込んでくれるのは若干嬉しいけれど、せっかく合格したのに勿体ない。


 そんな地面を見つめているレイラさんを挟んで師匠と目配せ。こんなことになるだろうと思って用意していたとっておき(・・・・・)をポケットの中で軽く握り込み、明るい声音で「レイラさん」と彼女の名を呼んで、ゆっくりと顔を上げる彼女の前に拳を突き出す。


「これ、師匠と私から。合格祝いです」


「え? でもわたしは何も――、」


「あたしは加工を担当しただけよ。ほとんどはアリアの頑張りね。何にも考えずに受け取ってやって頂戴」


 師匠の付け加えた最後の一文で、咄嗟に辞退しようとしかけていた手を、申し訳なさそうに受け取る形にしてくれた。水を掬う形に揃えられた両の掌に私お手製の小さな蓋付きの籠を乗せる。視線で開けるように促すと、彼女はそっと壊れ物を扱うみたいに蓋を開けて。次の瞬間息を飲んだ。


 彼女の細い指先が摘み上げたそれは、私が採取して師匠が加工してくれたドロップツリーの樹液で出来たブローチ。台座はプラチナの蔓型で、据えられた樹液はその模様をそのまま活かした。


 ドロップツリーの樹液は百年ほど経つと奇蹟と同じ硬度を持つようになる。おまけに魔力も含んでいるので魔装具品として有名だ。効果は魔法陣構築時の魔力消費量減少。


 薄いピンク色の樹液は固まった時代の差で濃度が代わり、幾重にも連なった花弁の如く形成されるとあって大変市場人気が高い。加えてドロップツリー自体が結構強い気根系モンスター。うちの森の奥地にしか生息しないうえに個体も少ない。


 要約すれば〝超稀少品〟である。地面から私を突き殺そうとしてくる気根を、クオーツの背に乗ってやり過ごし、空からドロップツリーの本体真上に籠を構築。全体までは覆えなくても、本体の魔力を吸収して気根の動きを鈍らせるくらいなら出来た。そのうえで樹液を奪取したのだ。


「こんな――……こんな稀少なもの、とても頂けませんわ」


「でもレイラさんがもらってくれないと、それジークさんにあげちゃいますよ」


「そうね。それであっという間に飲み代に消えるわ」


 勿論嘘だ。そんなに容易くあげたりしない。私も師匠も慈善事業者ではないので、市場に出回るより多少お安く売り付ける。あくまでも多少。ギルドマスターの月給を四ヶ月分ほど頂くけどね。


 だけど本来ギルドに入るようなお育ちではないレイラさんは素直に「はっ……ええ? こんなに稀少で美しいものを飲み代にですか?」と戸惑い顔だ。よーし、あと一押し。


「流石に全部ではないと信じたいですけど、あの人のことだから飲み代にはすると思いますよ。ね、師匠?」


「間違いなく、迷うことなくするわね。あの馬鹿なら。たぶん〝稀少だろうが何だろうが、アイテムで腹は膨れねぇ〟くらいは言うと思うわ」


 ジークさんなら絶対言う。むしろ言う姿しか想像出来ない。二人でたたみかける要領で追い詰めると彼女はようやく納得したのか、表情を固くして「慎んで頂戴致しますわ」と強く頷くと、おずおずと服の胸元にブローチをつけてくれた。


 飾り気の少ない強そうな衣装のそこだけが乙女の色合いに染まって、非常に可憐である。大満足な装いになった彼女に「思った通り似合ってますよ」と言えば、レイラさんはほんのりと頬を染めてはにかんだ。


「さてと、それじゃあものここに長居する必要もないわね。アリア、次はあんたへのご褒美の番よ。三人で何か甘いものでも買い食いしましょう。この間裏通りに新しく出来た店があるの。穴場だから人もそこまで多くないわ」


「外で食べられる甘いもの! しかも人目が少ないってことは……」


「前髪だけ気をつけてたらフードは脱いでても大丈夫ってことよ」


「ですよね。やった~!」


「あの、わたしもご一緒してよろしいのですか?」


「良いわよ。勿論あたしの奢り。あんたも十月目前で体重が気になってるでしょうけど、今日くらい好きなだけ食べなさい」


 そんな感じで午後の予定が決まり、さてそれじゃあ出発しようかと三人で受験者達の人だかりから離れかけたその時、不意に掲示板の方が騒がしくなった。師匠が背の高さを活かして、陽射しを手びさしで遮りながら状況を探ろうとしてくれる。


 宝石みたいな赤い双眸が眇められるだけでも美の暴力。それを下から見上げつつ「何か見えました?」と私が尋ねると、こちらを見下ろした師匠が微妙な表情で「ちょっと面倒なことになるかもしれないわねぇ」と言う。


 何のことかとレイラさんと二人で首を傾げれば、師匠の口から「今ね、掲示板に新しい情報が足されたのよ」と続き。その言葉にさらに二人で頷くと、俄に周囲の受験者達が戸惑いながら口にする数字が耳に入ってきた。


 ふとついさっきまで手にしていて、もう必要がなくなったのでポケットにねじ込んだ受験票が頭を過る。


「アリア、あんたいったい何したの?」


 麗しの師匠にそう悩ましげな溜息と共に聞かれましても、私にも身に覚えがないのですが……。

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