*15* あとは神のみぞ知る。
「ひとまずは二人ともお疲れ様。あとは二週間後の結果待ちね」
「たぶん私は落ちてますけど、本来魔力を持ってないのに師匠の魔力を借りてのズルイ受験生ですから問題ないです。でもきっとレイラさんは受かってますよ!」
陽気にそう笑って何度目かの乾杯をして、一気にビアマグを傾けた。中身は極薄い果実酒だけど、何杯も飲めばほんのりふわふわと心地好い酔いが回ってくる。
試験後は朝の打ち合わせ通り師匠の店に顔を出し、早めに店を閉めてもらってご苦労様会の席を提供してもらった私とレイラさん。首飾りからお留守番だったクオーツも喚び、店の応接用テーブルの上に並べられた果実酒と師匠特製のご馳走を食べて、ここにいる全員がご機嫌である。
「あら、そんなことないわよ。筆記試験四位の結果はあんたのこれまでの努力によるものでしょうが。あたしの魔力を借りていようがいなかろうが、筆記でふるい落とされたらおしまいよ」
「その通りよアリアさん。まだ魔力の構築を始めて数ヵ月しか経っていないのに、貴方の考えた籠型魔法陣の効果はとても面白かった。自身を覆って防壁にするだけでなく、敵にかぶせてその力を奪い攻撃を軽減させる。もしわたしが今日の試験官だったら通してしまうわ」
レイラさんの言う面白い魔法陣の効果というのは、ほんの僅かにしか発動しない吸収のことだ。魔力量が少ないからこその情けない発想だけど、実技試験で最後まで膝をつくことがなかったのはこの属性付与のおかげである。三番手の義手の男性から魔力を少々頂いたのだ。
「え、え~? 二人とも褒めすぎですよ~」
「その割にニヤニヤしてるじゃない?」
「褒め言葉は自身を成長させる糧になりますわ。貯蓄だと思って受け取って頂戴」
尊敬している二人からそう言われて満更でもない私の膝の上で、クオーツまでもが「ギャウウウー!」とご機嫌に鳴いた。その口の周りはソーセージの油でテカテカと輝いている。すっかり街っ子なレッドドラゴンだ。
構築練習のうえで副産物として得た吸収の能力。師匠との練習の時に偶然〝魔力が多くて羨ましい〟という感情が座標として現れ、それが何の座標かも分からずに組み込んだところ、師匠から『ふぅん? あたしから魔力を奪おうだなんて生意気じゃない』と笑われて。
直後に視界が真っ暗になった。それが肉体に収まりきらない魔力の過剰摂取のせいだと知ったのは、丸一日寝込んだあとだった。師匠の魔力を注がれるには私の小さな器は役立たずで、収まりきらない魔力を注がれたことでそうなったらしい。目を覚ましたその日に枕元で、
『諸刃の剣ねこの能力。あたしと同等の魔術師か、あんたより魔力量の多い理詰めの奴には使わない方が良いわ。女のあんたが敵前で気絶したりすれば、その間に何されるか分かったもんじゃないもの』
――と、微苦笑を浮かべた師匠に言われてしまった。一応女性扱いをされたことに喜んだのも束の間。私が気絶していた一日の間に城の中はもれなく腐海と化していた。ちなみに今も靴下四足の片割れが行方不明だ。度し難い。
「あ、そういえばその魔力吸収のことで気になってたんですけど、普通はあんまり使われない術式なんですか?」
私程度が使っても魔力不足で失神しなくなる程度しか恩恵はない。むしろ師匠やレイラさんのように強い魔術師が使った方が絶対に恩恵は大きいはず。なのに今日の実技試験では相手をしてくれた三番手の人を含め、結構驚かれてしまった。
すると私の質問に顔を見合わせた師匠とレイラさんの二人が笑う。何かおかしなことを聞いたかと思って首を捻っていると、そんな私を見ていたレイラさんが口を開いた。
「ええとね……魔力は一旦体内に取り込んでしまうと、個人を割り出せるくらい術者の肉体に根付いてしまうの。血液や肉と同じ扱いなのは知っていると思うけれど、兄弟や親子間だとたまに適合することもあるわ」
返事をして頷こうとした私の口に、膝に乗ったまま忘れ去られていたクオーツがフォークで器用に抗議の肉団子を突っ込んでくる。師匠が作ってくれた肉汁たっぷりの肉団子は美味しいけど、予想より中が熱くて舌を火傷した。仕返しにクオーツの鼻に細切りセロリを突っ込んだ。
クオーツからさらなる仕返しにディップを頬に塗り付けられたので、無言でパセリを口に突っ込んで応戦したところで師匠に「食べ物で遊ぶんじゃないわよ」と、喧嘩両成敗デコピンをくらった。
お馬鹿な私とクオーツのやり取りを見て顔を手で覆い隠し、肩を震わせて笑うレイラさん。お酒が良い感じに回っているのだろう。意外と笑い上戸なのかとジト目で見ていたら、師匠が「あたしが引き継ぐわ」と笑いの治まらないレイラさんの代わりをかって出てくれた。
「要するにただ奪う方法だと思いつく魔術師はいるけど、その能力で得た魔力を自分のものに出来る魔術師は稀なのよ。普通は自分の中に持っている魔力と融合させられない。他者の魔力っていうのは本来水と油のように弾き合うの」
「ええ? でも現に私は師匠の魔力をそのままずっと蓄積出来てるんですよね?」
「そこが不思議なのよねぇ。よっぽどあたし達の魔力の相性が良いのか、どんな魔力でも節操なく吸収出来るあんたの体質が特殊なのか……」
眉間に皺を寄せて顎に手を当て、悩ましげに小首を傾げる師匠。節操がないという表現にひっそり傷付いていたら、笑いの発作から解放されたレイラさんが「節操がないだなんてとんでもない。師弟愛が為せる技ですよ」と口添えをしてくれた。そのことにほんの少し慰められていたら、クオーツまでもが小さく炎を吐いて抗議してくれる。
レッドドラゴンと良家のお嬢さんに責められた師匠は、新しいワインのコルク詮を抜きながら苦笑して。これ以上絡まれる前に潰してやろうという魂胆見え見えの体で、私達に最高級のワインを記憶が飛ぶまで飲ませてくれた。




