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【web版】オネエ魔術師と拾われ弟子◆汚城掃除婦は今日も憂鬱◆  作者: ナユタ
◆第二章◆

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*8* 師匠が師匠に見えます!


 ひとまず気絶したワイバーンはクオーツに見張りを頼み、不審者を日陰に引っ張り混んで暑苦しそうなローブを剥ぐと、中から現れたのは随分不健康そうな顔色をした青年だった。真夏なのに日焼け一つしていないというか、日に当たったことがあるのかという色白さ。


 常時気怠げなのに美しさの師匠とは違ってどことなく影のあるくせに目を惹くのは、珍しい夜の宵闇に近い紫紺がかった髪と、夏にもかかわらずしっかり首の上まである襟の下にチラリと覗いた刺青だろう。


 刺青が気になっていた私を追い立てるように、師匠が近くの水場まで水を汲みに行けというから従って、さらに汲んできた水でお高そうなローブの端を濡らして顔を拭ってあげたのだけど――。


「いきなり攻撃をしかけてくるなんて……非常識だ」


 起き抜けのその掠れた第一声に呆れて溜息をついてしまった。何だこいつ。でも何だこいつと思っているのはお互い様なのか、濡らしたローブを見て微妙な顔をされてしまった。すぐ腰の剣帯を探って、そこに剣がないことでまた睨まれる。


 師匠が「危ない玩具はあたしが預かってるわよ」と自身の後ろから取り出して見せると、無言で唇を噛む。非礼なのは絶対に突然上空から来た方なのに。


「それは悪かったですってば。でも先にクオーツを馬鹿にしたのは、たぶん貴男が乗ってきたワイバーンの方ですよ?」


「何故そんなことが言い切れる。君はドラゴンの言葉が分かるのか?」


 小馬鹿にするというのではないけれど、一から十まで筋の通った理論とかを求めてきそうな人だ。隣で立て膝をして座っている師匠の顔を見上げれば、師匠は「質問されてるのはあんたよ」と笑った。

 

 それは確かにそうなんだけど、ほんの少し距離を置かれたみたいで心細く感じてしまった。でも敵の前で気弱な素振りを見せちゃ駄目だ。傷跡のある方の前髪をしっかり押さえたまま毅然と口を開く。


「分かりませんよ。単にクオーツはこの森に来てから自分で何かに襲いかかったりはしていないから憶測です。宮廷魔導師だか何だか知りませんが、この森に人が住んでないと勝手に思い込んで、押し入ろうとした状態なのはそっちですよ」

  

 頑張った。レイラさんと知り合ってからマシになったとはいえ、元人見知りとは思えないくらいがんばった。なのに――。


「貴重な動植物をあんな風に粗末に扱う君に言われる筋合いはない。僕が今日ここに来たのは、この森の生態系の可能性に興味が湧いたからだ。それに調査許可は国と魔導協会に得ている。不法占拠者はそちらの方だ」


 バッサリ一刀両断だった。この人の言う〝あんな風〟とはあの畑にしようとした一帯のことである。立て板に水な屁理屈に今日一番イラッときた。第一今までだって森はここにあったのに、今日まで放置しておいて不法占拠者呼ばわりとは何たる言い様だ。


「へえぇ。そんなこと言って、単にこの森に住んでいる魔物を怖がって今まで手が出せなかっただけでしょう。多少開拓して住みやすい土地になったからって横取りしに来たんですか?」


「はいはい、そこまで。落ち着きなさいなアリア。一応彼の言い分には筋が通っているわ。不法占拠者はあたし達の方よ」

 

 まだまだ言いたいことは山程あっても、師匠にそう言われてしまっては流石に引き下がらないわけにもいかない。私が口を閉ざせば、今度は師匠が無礼な侵入者の彼に向かってにこりと微笑みかけた。その表情であっと思う。


 一見優しげに見えるその微笑みには、師匠が私の勉強を見てくれている時の愉悦が混じっていたからだ。


「うちの弟子が失礼したわ。でもね、貴重な動植物だとかどうだとか、そういう建前は良いのよ。あんたが狙ってるのはこの森の魔物でしょう。だってあんたはテイムの魔術に特化しているものね?」


 師匠のその言葉に驚いたように目を見開いた彼は、観察する私の視線に気付いてすぐに俯いたものの、苦々しげに「何故分かった」と言った。すると師匠は自身の首をトントンと叩く。小首を傾げてとる小さな動きすら、いちいち芝居がかっていて綺麗だ。


「あんたの身体に入ったその刺青よ。この子に水を汲みに行かせている間に怪我がないか診るためにひん剥いたの。そうしたらクオーツがあんたのそれを見て酷く嫌がったわ」


 ひん剥いた云々はまぁ置いておくとして、クオーツが嫌がったということが気になって「テイムに特化してるはずなのに何で嫌がったんです?」と訊くと、師匠は授業をつけてくれる時のようにゆったりと頷いて続ける。


「簡単なことよ。一般的な魔導師――いいえ、人間の持つ魔力程度では、ドラゴンみたいな長命で知恵の高い魔物はテイム出来ないの。でもその他の魔物なら方法によっては可能よ。こうやって隷属性の魔術を構築することが出来ればね」


 そう言った師匠の表情に感情の揺らぎは見られない。かなり道徳的に問題があるように思えるけど、たぶんまたいつもの〝魔術狂い〟な人種にしか分からない何かがあるのだろう。そう思ってやや悔しい気持ちになった私の心情を察してか、師匠の手が優しく頭を撫でてくれた。


「まぁ何にしても、この森を出ていけと言うのなら出ていってやらなくもないけど、その場合は宮廷魔導師を十人は使って結界を維持することね。勿論あんたが一人で支えても良いのよ? 最年少宮廷魔導師のエドモント・オルフェウス殿」


 居丈高で、慇懃無礼に格好良く。相手を最大限に小馬鹿にした笑みを含んだ師匠の発言に、エドモントと呼ばれた彼が明確な敵意を向けてくるのが分かったけど。言い返せない弟子の腹立たしさを代弁してくれた師匠の姿にドヤってしまう雑魚な私なのである。

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