*7* 危ないところだった……!
突如至近距離で上がった火柱の熱と迫力に呆然としたのは一瞬。恐怖で気絶してしまったのか、地上にいたこちらに向かって雄々しく啼いたワイバーンはクルクルと錐揉みしながら墜ちてくる。
その背中には鞍らしきものに必死にしがみついて手綱を引いている人の姿。ワイバーンの正気を取り戻そうとしているみたいだけど、あれではもろとも地面に激突してしまう。
「クオーツ、あのワイバーンごと受け止められる!?」
「グルル……」
「危険人物っぽい人だったら食べちゃっても良いから!」
「ギャウ!」
物騒だけど短いやり取りの直後。クオーツが本来の大きさに戻り、ご機嫌で墜ちてくるワイバーンの確保に飛び立った。ワイバーンは魔力を持たないため、墜ちる速度はそのまま重さとして換算される。その勢いを殺すのは至難の技だろうが、クオーツは地面に激突する前に手綱や鞍を留める金具ごと鉤爪に引っかけ、体勢を崩すこともなく受け止めた。
宙吊りの状態になったワイバーンとその飼い主を、クオーツがそのままブラブラと揺らしながら降りてくる。絶対にわざとだ。左右に揺られるワイバーンは無反応だけど、手綱を身体に巻つけている乗り手は何か叫んでいる。たぶん〝止めろ馬鹿〟とかそんな風な内容だと思う。
降りてくる前に上げていた前髪を撫でつけながら下で待っていると、ようやく気が済んだらしいクオーツが降りてきた。その姿たるやまさに捕食者。手に持ってるお土産感よ。さっきまで元気に叫んでいた背中に乗っている人も、気絶したのかぐったりとしてしまっている。
クオーツは私の前にベッとワイバーンと乗っていた人を捨てた。完全にどうでもいい荷物の扱い方だ。中身が壊れてないと良いけど……お高そうな紫紺のローブに身を包んだ不審者はピクリともしない。
「ご苦労様。咥えて降ろしてくる時にこの人のこと囓ったりした?」
「クルルル……ギュー?」
「してないか。偉い偉い。お前は本当に器用で賢いね~」
言われる前に開墾作業時の大きさまで戻り、得意気に鼻面を擦り寄せてくるクオーツを撫でつつ、取り敢えず安否確認のためと武器の所持の有無を確かめるために、そーっと近付いて爪先でローブをなぞる。
するとやや予想はついていたものの、爪先で探るローブの中。腰の辺りに固い感触があった。爪先でその部分のローブを払い除けると、そこには華美な剣帯に繋がれた細剣が。そこで思わずさっき掘ったばかりの堆肥作り用縦穴に視線が向かう。
幸いにもまだ目撃者は私とクオーツだけだ。明らかに面倒事を持ち込んできたらしい人間一人くらいなら、当初の約束通りクオーツに食べさせてあげようか? それとも埋めて堆肥の原料にしてしまうか、迷う。でも考えてみたらクオーツが人の味を憶えてしまっても困るのか……ということは。
「懐の深い森に召し上がって頂くしかないかぁ」
「ギャウウウゥ……」
「人間なんて大してお腹に溜まらないって。師匠が帰ってきたらもっと美味しいもの食べさせてくれるから」
猫なで声で説得を試みると、すっかり師匠の作る人間のご飯に胃袋を掴まれてしまっていたのか、クオーツは案外あっさりと納得してくれた。話も纏まったし、それじゃあ早速とクオーツがワイバーンの首根っこを咥え、私がフードの人物の両脇を抱えたその時、目の前に良く見知った魔方陣が浮かび上がって――。
「そこまでよ馬鹿弟子と馬鹿ドラ。今すぐその抱えてる侵入者を離しなさい」
「え、えへへ? え~と……師匠、随分お早いお帰りです……ね?」
「あら、あたしの留守中に森の結界に大穴が開いた気配がしたら、普通に帰ってくるわよ。当然でしょう。それにもしもあたしが帰って来なかった場合、その侵入者はどうなってたのかしらね?」
言葉は質問の体を取っているけれど、視線は堆肥作り用に作った穴の方へと向けられている。隣でクオーツがワイバーンの首根っこを離して、いつもの猫くらいの大きさへと縮んだ。それを見た私もゆっくりと不審者の両脇から腕を引き抜く。
すると師匠はそんな私達を見て呆れた風に眉根を寄せ、でも怒ってはいない声音で「よく留守を守ったわね」と言ってくれた。そのことが嬉しくて頬がだらしなく緩む。けれどそれも次に師匠の口から出た言葉で凍りつく。
「本当、あんた達が埋める前に間に合って良かったわ。レイラが教えてくれた情報だと、その不審者一応それでも宮廷のお抱え魔導師の一人らしいから」
面倒の桁が想定よりさらに三つほど上っぽい謎の人物は、頭痛を感じ始めたこちらの気も知らないで、視界の中で暢気に一つ寝返りを打った。




