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【web版】オネエ魔術師と拾われ弟子◆汚城掃除婦は今日も憂鬱◆  作者: ナユタ
◆第二章◆

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*3* 乙女の秘密を易々と。


 夕暮れ時でもまだ夜の闇には程遠い夏場の六時。


 師匠を狙って抜け駆けを目論むお姉様方の姿がないか、表の人目を気にしつつやって来たレイラさんが、コンと軽くステンドグラスのはまったドアをノックする音を聞きつけ、直前までダラダラと師匠としていた下らない話を切り上げる。


 フードを目深にかぶってドアに近付き鍵を開けると同時に、素早くドアの隙間からレイラさんが身体を滑り込ませてきた。最早板についた動きだ。


「いらっしゃいませ、レイラさん」


「こんにちは……いえ、もうこんばんはかしら? お時間を作って下さってありがとうございます、ベイリー様にアリアさん。お邪魔しますわ」


 これも同じくお馴染みとなった言葉を交わして微笑み合えば、カウンターの向こう側の師匠が「いらっしゃい」と気怠く応じる。さっきまで如何に今日来たお客に気力を吸われたか聞いたところなので注意出来ない。


 けれどそれも折り込み済みなのか、レイラさんは片手に持っていた紙袋を持ち上げて「これ、美味しいと評判だったから一緒に食べたくて」と嬉しい提案をしてくれる。街の流行りに疎い私と違って敏感な師匠は、彼女が手にした紙袋の絵を見るなり唇を笑みの形に持ち上げた。


「あら気が利くじゃない。この時間でも結構並んでたでしょう?」


「ええ。でも実はこのお店の店主とは実家が懇意にしていたので、家名を使って取置き注文してしまいましたわ」


「良いわねぇ、やるじゃない」


「私達と一緒に過ごしたせいでレイラさんが不良になってしまった」


「ふふふ、このくらいのことで不良になれるだなんて初めて知ったわ。それに良い子でいた頃よりもずっと刺激的で楽しいの」


 入口付近から奥の応接セットのある衝立の向こう側に移動しつつ、そんな軽口を叩き合う。気軽な仲になってからのレイラさんは、貴族のお嬢様でない顔で良く笑うようになった。以前の沈んだ表情しか知らない元婚約者が見たら驚くだろう。


 ワイワイとしながらお客に出すティーセットの準備をし、お持たせのお菓子の箱を開ける空間は、男性が一人混じっているとは思えない圧倒的女子会感がある。むしろ女子でないのは自分の方かと誤認するくらいだ。


 そして紅茶の蒸らし時間を待つ間に選んで取り分けられたケーキを前に、レイラさんが「それではそろそろ本題に入りますわね」と、今日ここを訪れた理由について切り出した。


「今回依頼先で他のギルドメンバーと一緒になることがあったのですけれど、ミスティカの森の上空を飛ぶレッドドラゴンの目撃情報が出ていまして……もしかして、クオーツちゃんのことではないかと思って」


「あ~……間違いなくうちの子ですね。時々私がギルドに掃除に出かけてる間に古巣の山に行って鋭気を養ってるみたいで。ね、師匠」


「生態系を無視してうちにいるけど、レッドドラゴンは本来火の精霊が多いところの方が好きなはずだもの」


 彼女の言葉に師弟揃って頷き返したものの、そのことの何が問題なのか分からず首を傾げた私に対して、隣に座っている師匠が馬鹿な子を見る視線を送ってくる。そして残念ながらその視線より温かみはあるとはいえ、不憫がるような色を宿した目でレイラさんが私を見つめてきた。


「ええ、それでその本能に準じた行動を目撃されて、鱗が欲しいから森に降りられる前に捕まえたいと言っていたのです。捕まえるというのは冗談にしても、鱗を取るために攻撃を仕掛けることは考えられますわ」


 言いづらそうに言葉を紡ぐ彼女を前に、すっかり忘れかけていたクオーツの種族の稀少価値を思い出す。毎朝洗濯物の紐を張るのを手伝ってもらったり、籠を運んでもらったり、荷物を寄せてもらったりしていたせいで忘れていたけれど、あの子は由緒あるレッドドラゴン様だった。何ということでしょう。


 自分のお気楽暢気な世間知らずさに頭を抱えていたら、横で脚を組み直した師匠がわざと私の脛を爪先で蹴った。


「そこまで心配しないでも平気よ。今この街のギルド内で登録している連中の中で、ドラゴンを相手に出来る奴等なんてほとんどいないわ。いてもそれだけ強いなら場数を踏んでる連中だから、ドラゴンを相手にして利益を得ようだなんて採算に見合わないことはしない。しばらく森から巨大化して出なければ良いだけの話よ」

 

 おたつく私の隣でさして面白くもなさそうにそう言った師匠が、私のケーキからオレンジ色に熟したペルミの実を取り上げて口に運ぶ。最後に食べようと思って残しておいたものだけど、今はその言葉に救われたのでよしとしよう。


 レイラさんにしてもほぼ同意見だったようで、師匠の言葉で納得したのか軽く頷いて微笑んでくれた。ついでに自身のケーキから黄緑色のホムベリーを私のケーキの上に置いてくれる。優しい。


 けれど彼女が「悪いお話は今のでおしまい。次は楽しいお話ですわ」と前置いて手を打ち合わせたのだけれど――。


「は? ギルド内で私にファンがついてる……ですか?」


「ええ。前までの魔術師協会や魔法学園の教員室のようだったギルドが、アリアさんが来てからというもの本当に綺麗になりましたもの。きっと心の美しい女性なんだろうって、ギルドメンバーが話しているのをよく聞くわ」


 成程。さっぱり意味が分からない。そもそもどうして陰すら見たことのない相手にそんな夢が見られるんだろう? という私の疑問は、師匠の「単に片付けが出来ない連中が母親代わりを欲しがってるだけじゃない?」といった完璧な解の前に霧散した。


「その言葉そっくり師匠に返してあげますね~」


「餌付けはあたしがしてるんだから、母親代わりはこっちの領分よ」


 言うと思った。でもやはり師匠にはそっちの願望があるのか。分かっていたからそこまで落ち込まないものの、仕事量から察するに領分は折半なのではないかと思う。ここまで豪快な手柄の独占は酷い。ここは皮肉の一つでも言ってやらねば。


 そう思って「そっちがその気なら、明日からお母さんって呼びますよ?」と言ったら、師匠はそんな私の言葉を鼻で嗤って「昔はよく眠れないってベッドに潜り込んできたものね?」と打ち返してきた。


 レイラさんには私の生い立ちについてふわっとした説明をしていたけれど、それはあくまで拾われたことくらいだったのに! お育ちの良いレイラさんが「あらあら、まぁまぁ……」と、ちょっぴり頬を染めているのが居たたまれない。あれは断じて頬を赤らめる同衾的なものではないです。


 確かに当時のあれは拾ってもらっておきながらコイツ、くらいは思われていてもおかしくなかった。捨て直されても文句を言えない立場のくせに何ということをしたのか、当時の私。


 その後、頬を染めて「仲が良いのね」と理解のある表情をされて。涼しい顔でケーキと紅茶に舌鼓を打つ師匠を横目に、必死に「そういうのじゃないです」と否定し続ける羽目になってしまった。

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