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*7* もうほんの少し上。


 以前小さい状態の時に面識はあっても、突然ドアップで現れたレッドドラゴンに驚いて飛び退くマリーナ。けれどそれが見知った顔だと気付くとホッと息をついて再び湖の縁ににじり寄る。何だかちょっと可愛い。


 思えばクオーツはこの狭間にそう長くない時間とはいえ普通に入ってこられたんだよね。考えられるとすれば、超がつくほどの長命種だから座標に余裕があったんだろう。もっとも他の可能性だってあるだろうからそれだけではないのかもしれないけど。


 でも仮にあの時と同じ環境が整えば、もしかしたらもう一回こちらの世界に喚ぶことも可能なのかもしれない。まぁ流石にあんな別れ方をした手前、あんまり身勝手すぎるから出来てもやらないつもり。


 とはいえまた顔を見られて嬉しいのは本当だ。こちらからの視線や気配は届いていないのだろう。ただジッと湖面越しに私達を見つめてくる瞳に胸の奥が温かくなった。


「ふむ、写ってるのはクオーツで間違いないとして……これ、どこにいるんだろう。周囲の状況が全く分からないんだけど。せっかくなんだからもう少し何をやってるところかヒントが欲しいよね」


 そんな風にマリーナに話しかけると、彼女はこちらの言葉に一度頷いてから動きを止めた。真剣な視線は湖のレッドドラゴンに注がれている。指先を宙でくるくるさせるのはこの子が考え事をしている時だ。その指先から無意識に構築された魔力がパチパチと爆ぜて霧散していく。


 なんだけど、ふと湖面越しにクオーツとにらめっこをしているマリーナを見ていてある疑問が頭をもたげた。この天才児は魔力の糸を撚れない時にも実体のある私とクオーツを狭間に連れてきませんでしたっけ? マーロウさんみたいに霊体っぽいならまだしも、あれってどういう仕組になってるんだろ? 


「マリーナ、考え事してる時にごめんね。でもちょっと質問しても良い?」


 ――こくん。


「マリーナはどうやって私とクオーツのことをこっちに連れてきてくれたの? あの時は必死すぎて何も不思議に思わなかったんだけど、座標がズレる感覚があったことしか憶えてなくて。命のない物体とかならまだしも、命があるものを肉体ごと連れてこられるのって実はかなり凄いんじゃないかな」


 ――ふるふる。


「え、そうでもないの? だけど腕輪を釣り上げる糸を作るのは疲れるんだよね?」


 ――こ……くん?


 非常に悩みながらの肯定。成程、さっぱり分からん。そもそも天才のことを凡人が理解しようなんてだけでも片腹痛いんだけどさ。でも説明出来ないような感覚的な事象なのかもしれない。自分に置き換えてみる。私の質問はこの子からしてみたら〝どうやって息してるの?〟みたいなことだろう。


 ふむ……最初から出来ることをどういう原理で出来るのかなんて、聞かれたって答えられないな。むしろここで変に自身の能力について悩ませて、出来ていたことが出来なくなることの方が良くないかもしれない。


「そっかそっか。それじゃあ慣れみたいなものなのかもね。ていうか、今は何でこの湖がクオーツと繋がったかの方が本題だったや」


 こちらがあっさり引き下がったことで表情を和らげるマリーナ。そんな彼女の隣で私も腹這いになって湖面に映るクオーツの顔を見つめる。ドラゴンって言っても要は大きいトカゲ。本来ならあまり表情筋とかないんだろうけど、クオーツは表情豊かで何を考えているの割と分かりやすいはずなんだけど……な?


 違和感を覚えつつ上半身しか見えない相棒を観察していたものの……不意にそのクリッとした可愛い瞳にちらりと何かが映り込んだ。でも湖越しの瞳越しでは何が映っているのかまでははっきり見えない。それでも瞳に映る何かを見つめて――正体が分かったところでマリーナの目を両手でそっと塞いだ。


 急に視界を遮られたマリーナが首を傾げるものの、手を離さずに「脚の多い虫を食べてるみたい。可愛い顔しててもゲテモノ好きなんだよね〜」と明るい声音で嘯く。で、見間違いじゃないかを確かめるべく湖面のクオーツの瞳を見つめるんだけど――……うぅ〜ん、はい。


 間違いないね。

 人間の手らしきものを食べてる。


 瞳に感情が一切ない時点で何かおかしいな~とは思ってましたけども。まさか私と別れてから人肉食に目覚めちゃったのかいクオーツ。小さい方がたくさん食べられて腹持ちも良いもんね。そりゃあ私も何度か密猟者食べる? って勧めたけどさ。師匠のご飯が美味しいからそういう欲求はなくなったものだとばかり思ってた。それが人間を襲ってるとなると師匠とはもう一緒に生活していない? 


 だとしたら考えられるのは縄張りである火山に帰ったということだ。あそこなら仲間もいるし寂しくはないだろう。正しく生物界の頂点にいるドラゴンになってしまったのか。感慨深い。


 たとえ人間と敵対することになったとしてもクオーツなら無駄な殺しはしないだろうし、師匠の下から離れても生きていけているならそれで良い。そんな人類の敵みたいな立場から見守っていたものの、湖面に映るクオーツは無邪気に口から齧っていた手を吐き出し、くるりと背後を向いた。


 猟奇的な場面も可愛く映す瞳に今度はまた違った手が映り込む。けれどその手は……とっても見覚えのある手袋を嵌めていた。


「……師匠?」


 あんな別れ方をしたくせに、身の程知らずの心臓が俄に騒がしくなる。クオーツ、お願いだから、あとほんの少しだけで良いから視線を上げて。でもそう願った直後、湖面は最初にクオーツを映し出した時のように気まぐれに揺れて千々に乱れる。あとに残ったのは金色に輝く湖だけだった——って。

 

「あの~……マリーナ先生、この湖での遠見の仕方教えてもらって良い?」


 諦めてるにしたって、ここまで掠ったら好きな人の顔見たいのが恋する乙女ってものじゃないですか!

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