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*6* 嬉しいけどこっちなんだ!?


 さてさて狭間の世界に落ちてきてから今日でえーと……何日だろう? 


 朝も夕方もない夜だけのこの場所で、睡眠も食事も必要ないらしいこの身体になってからの日数を換算するのは難しい。何よりも時間の概念を持ったままだと、自然とここにいられる残り時間を意識してしまうから良くないなってことで、ひとまず深くは考えないでいる。


 幸いにもこの空間では呪いの影響がないらしく、顔の疵が広がらない。代わりに目に見えて癒えたりもしないけど、表面に少し薄皮が張ったみたいでここに来た初日の爛れよりはマシ。たぶん腕輪の効果も多少はあるんじゃないかと思う。とはいえそのまま見える状態にしておくとマリーナを怖がらせてしまうから、疵は前髪でしっかり隠してある。


 ただまぁ……天才というのは本当にいるものなんだなぁと、日に日に座標を編むのが早く正確になっていくマリーナを見ていて思う。飲み込みが良いとか言う次元じゃない。これまで魔力の構築の方法をまったく知らなかったというのが嘘みたいだ。だからこそ本当に惜しい。


 最年少宮廷魔導師のオルフェウス様の妹だけあって魔力量は申し分ないし、もうこんなに出来る子なのだ。最初に私みたいなみそっかすに教わったりしたら、あとで変な癖がつくんじゃないだろうかと気が気でない。もしもついちゃったらオルフェウス様にどんな嫌味を言われるか。


 本来ならこの最高級の原石は、師匠やマーロウさんみたいな最上級の魔導師に磨かれていくべきなんだよなぁ――と。


「マリーナ、そこで一瞬止めて。ここ、座標が乱れて魔力が毛羽立ってる」


 言いながら彼女が生み出す見事な魔力の糸をツイッと指先で掬う。この何日目か分からないここでの生活の中で、マリーナと比べたら牛歩だけど私も辛うじて成長している。その数少ない成長の一つが魔力の糸を見て触れること。


 以前までとは違って集中のしすぎで鼻血が出たりしないし目も痛くならない。とはいえ、実際にはすでに魔力の糸を細く長く構築するのはマリーナの方が断然上手なのだけど。元の才能を考えれば已む無しだ。座学? そんなのはねこんな本の一冊も文字もない場所で、お話し相手に飢えてた子が聞いて吸収しないはずがない。


 読み書きが出来ないから先に口伝で聞かせつつ文字の綴りを教えていたらあっという間。本当に優秀。見た目の年齢より中身がお姉さんだから手がかからない。見た目が幼いのにずっと座ってお話し聞けるから、つい時々膝の上に抱っこしちゃう。本人も満更じゃないみたいだから両者にとって良し。


 こちらの言葉に素直に頷いてじっと自身が生み出した糸を見つめた彼女は、私が毛羽立っていると指摘した部分を華奢な指先で挟み込んでスーッと撫でた。それだけで直前までほんの少し毛羽立っていた魔力の糸は他の部分と同じ太さになる。


 何でもないみたいにやってのけているけど、これが私なら一から魔力を練って糸を構築し直しているところだ。ちなみにこの作業行程すっっっごい疲れる。


 自身の目で点検したマリーナがこちらを振り向く。その表情が褒めてほしい時のクオーツに似ているのが微笑ましくて、思わず「良いね~上手に出来てるよ。先生としてとっても嬉しいです」と言いながら髪がくしゃくしゃになるくらい撫でる。


 そうすると両手をブン回してはしゃぐものだから、静かなこの空間にリンッ、リリンッ、リリリッとご機嫌な鈴の音が響き渡るのだった。同じものが腕に嵌っているはずなのに同じものに見えないのは辛いね。美幼女でないばかりか魔術の才能の方もあれですし。しかしそんなことはどうでもいいのだ。


「よーし、それじゃあ今日もこの糸を使って腕輪釣りしよっか。何回も注意してるからわかってると思うけど、何でか湖から腕輪を引き上げる時に物凄く体内の魔力を掻き乱されるから、危ないなーと思った時は勿体ないけど糸は切っちゃってね」


 何度同じことを説明しても、その都度こっちの言葉にしっかり耳を傾けて頷いてくれるマリーナ。そういう素直な反応がクオーツを思わせて胸の奥がキュッとする。寂しがり屋な私のレッドドラゴン。一人で山に帰ってもちゃんとご飯を食べてるだろうか――って、いやいやホームシックになるな。仮とはいえ今はこの子の師匠なんだから。


 私が存在出来ている間に生かしてここからこの子を向こうの世界へ出す。もうこの時点でかなり大それていて無謀な挑戦だけども、マリーナ程の才能があればもしかしたらオルフェウス様が生きてる間に行けちゃうかもだ。だから多少巻き気味な難易度の授業でもやらないと。腕輪釣りもその一環。


 魔力の構築の仕方が分からないマリーナに初日に見せた私の籠編みは、師匠につけてもらった授業の内容を下敷きにしている。教える立場になってみたらかなり理に適った方法だったのだと分かった。やっぱり師匠は出したものを同じ場所に片付けられないどうしようもない人だけど凄い人だ。


 ――で。


 お喋りが出来ないマリーナの代わりに一方的に話しかけながら湖まで移動し、日課となりつつある腕輪釣りをしようと湖の縁に陣取る。やる気充分なマリーナは早速私の隣で意識を集中させて魔力の糸を構築していく。ここでは極力話しかけない約束をしているので、それを確認してから私も湖面に意識を向けた。


 彼女の邪魔にならないよう波立たせずにその水面に指先を浸して師匠とクオーツのことを考える。ただ当然マリーナと違って愛し子でない私では二人の今の様子を見ることは出来ない。でも気持ち向こうの世界を感じられるので何となくやっている。


 そうして湖に糸を垂らして体感二十分後、一本目の腕輪が釣り上げられた。


「お、早い早い。コツを掴んできたねぇ。魔力の糸も……うん、今度は綻びてないよ」


 拍手しながらそう褒めればマリーナも一緒に拍手して喜びを伝えてくれる。リン、リン、リリリン、と鈴の合唱が奏でられると静かな狭間の世界も少し華やぐ。面白がって節をつけて手拍子すればリリリ、リン、リリ、と手首の腕輪の鈴が弾む。マリーナも同じように節をつけて手拍子をしてくれるから、つい興が乗って鈴のリズムを誘導しながら、師匠がよく歌ってくれた子守歌を口ずさむ。


 すると突然それまでただ周囲の森の淡い光を反射させるだけだった湖の湖面が揺らめいて――見知ったレッドドラゴンの顔面がでかでかと写し出された。

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