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洞窟の終わり

 異界の洞窟の中を進む足音は3つ。だが、頭数は足音より一つ多い。その一人は現在、風原に抱きかかえられている。


 額に角を持つ正体不明の少女。琥珀色の目は目蓋の奥に隠され、今は穏やかな表情で眠りについている。


 水晶の中にいたときとは違い、少女は大きな作業着に身を包んでいた。風原の上着だ。男物の作業着は、少女の太ももの半ばまでを隠している。


 眠った少女を起こさないように注意しつつ、3人は歩きながら言葉を交わす。内容は当然、この不思議な少女についてだ。


「――やっぱり、この子も駅前の“(ホール)”からここに来たのかな?」


「それしかねえとは思うが……あそこの“穴”には、去年から一般人は近づいてねえはずなんだよな。鉱物獣が人を食わねえおかげで、避難もけっこう早く済んだはずだしよ」


「まさか一年も眠ったまま、なんてことはあり得ないとは思うけれど……加護の不思議さを考えれば、可能性もゼロではないのかもしれないわね」


「う~ん。うちのメンバーだけでも、加護の力に統一感はないもんねえ……。やっぱり、この子に直接聞かないと分からないか。……ところで、この子ってどこの国の出身だと思う? 銀髪とか初めて見たんだけど」


「色素が薄い髪で白い肌だと、ヨーロッパ系なイメージがあるけどな。あとは色々な人種がいるアメリカか?」


「綺麗なプラチナブロンドよね。顔つきはアジア系に見えるから、ハーフなのかしら」


「日本とのハーフなら“こんにちは”くらいは分かってもいいと思うんだけど……。まあ、そういうこともあるのかな。歳は……良く分かんないけど中学生くらい?」


「ん~、たぶんそんなもんだと思うぜ。少なくとも未成年だろ。つうかそれなら、捜索願いくらいはうちに回って来てそうなもんだけどな。俺らも最初の頃は、人探しなんかもやったしよ」


 次元災害発生直後は通信インフラの停止により、避難する先が分からない者や、避難はしたが家族とはぐれた者が大勢いた。

 当時の混乱の中を走り回った風原も、“家族を探してくれ”という言葉を嫌というほど聞いている。


「確かに、この子の捜索願いは見た覚えがないね。一回見たら忘れなさそうなのに」


 災害直後から活動し、桜花の解放団に回された行方不明者の長いリストに目を通している風原にも、銀髪の少女に覚えはない。


「……それなら、この子を探そうとする人は、もういないのかもしれないわね」


 荒崎と風原の言葉を聞いた朝比奈が、囁くようにそう言った。前方を見つめる目には、深い憂いが浮かんでいる。


「まあ、その可能性はあるだろうよ」


「そうだね……」


 少女を探す者がいない。探すような家族や友人が既に生きてはいない。その可能性は大いにあり得る。次元災害による被害者数は膨大だ。一年前と比べ、今の日本の人口は半分ほどしかない。


 次元災害が起きてからたった数ヶ月で、日本の人口は半減したのだ。家族を、知り合いを、一人も亡くしていない人間など存在しないだろう。


 重く暗くなった雰囲気に、荒崎がパンッ、と両手を打ち鳴らす。


「うしっ。悪い想像は終わりだ。その子の家族が生きてるかどうかは、馬場さんに問い合わせれば分かるだろ。一先ずはその結果を待とうぜ」


「……そうね。ごめんなさい。ここで話すようなことではなかったわ」


「気にすんなよ。お前が殊勝だと調子が狂う」


「そう。それならさっきの謝罪は取り消すわ」


「……いや、やっぱりもう少し落ち込んでてもいいぞ」


「ははは。って、あれ?」


 2人のやり取りを聞きながら笑っていた風原が、前方に違和感を覚えた。


「ちょっと、明るくなってない?」


 暗い洞窟内。荒崎の炎が照らす外側は、ずっと闇に沈んでいた。だが、今は前方に、ぼんやりと白い明かりが見える。


「本当だな。不幸中の幸いってやつか。出口みたいだぜ?」


 荒崎が明るい調子で口笛を吹いた。





 真っ白で、歪な円形。ようやく洞窟の終わりまで来た風原は、外への出口を見てそう思った。炎による光源があったとはいえ、闇に慣れた目には外の光は眩し過ぎる。白く塗りつぶされた景色としか認識できない。


 それでも、


「やっと外だ……!」


「ああ。人が通れないくらいに狭い出口、なんてオチじゃなくて良かったぜ」


「そうね。無駄に壁を壊す必要がなくて助かったわ。2人とも、少しここで待っていなさい。外を偵察してくるから」


「おう。頼んだぜ」


 荒崎と風原に声を掛けて、朝比奈は気負いもない様子で歩いて行く。その後ろ姿はとても頼もしいが、風原は少し不安も感じる。


「洞窟の外に魔獣とかいないといいけど……朝比奈さん、大丈夫かな?」


「あんまり心配する必要はねえだろ。アイツは馬鹿みたいに強いからな。魔獣が何匹かいるくらいならどうってことねえ」


「確かに。朝比奈さんなら素手で魔獣の群れくらいは蹴散らしそう」


「ははは。それ本人には言うなよ。俺まで殴られるからな。まっ、とりあえずは信じて待とうぜ」


 魔獣の世界、洞窟の出口まで来ても決して安心はできない状況でありながら、荒崎は気楽に笑ってみせる。そのいつもの顔に、風原の不安も少し晴れた。


「そうだね。今は待とうか」


 体力の消耗を抑えるために、風原は少女を抱いたまま腰を下ろす。偵察の結果がどうであれ、まだまだ歩くことは確実だ。



 朝比奈は10分ほどで戻って来た。怪我一つなさそうな様子に、風原は内心で胸をなでおろす。


「朝比奈さん、お帰りなさい」


「戻ったか。お疲れ」


「ただいま。いくつか朗報があるわよ」


 朝比奈の表情は偵察に出る前と比べて明るい。朗報があるというのは事実のようだ。


「そりゃありがてえ。良いニュースなら大歓迎だぜ」


「ええ。まずは、この周囲には魔獣がいないみたいね。少し騒いでみたけれど、何も出てこなかったわ」


「……一体もか? 崖の向こうにはわんさかいただろ?」


 荒崎の疑問に、「そうね」と朝比奈は腕を組む。


「理由は不明よ。でも、いないのは事実。今の私達には、安全だという情報だけで十分じゃないかしら。理由を探るのは、無事に帰ってからでもいいでしょう」


「……ま、そうだな。元々探検に来た訳でもねえ。さっさと帰るのが優先だ」


 好奇心を優先して死んだら元も子もねえしな、と、荒崎は肩をすくめた。その様子に頷きを返しながら、朝比奈は話を続ける。


「そして、こっちが本題かしらね。ここ一帯は山のような地形になっているのだけど、その山頂付近に“穴”が見えたわ。巨大な結晶だらけで少し遠回りは必要そうだけど、たぶん歩いて行けるわ」


「本当!?」


「それなら無事に帰れそうだな」


 朝比奈の齎した良いニュースに、荒崎と風原は喜びの表情だ。魔獣がいないことについては疑問が残るが、それは元の世界に戻ってからゆっくり考えればいい。

 今は心配しているだろう仲間達の元へと、一刻も早く帰るのみだ。


「ところで、その子の様子はどうかしら? 私がいない間も眠ったまま?」


 朝比奈の言葉に、3人の視線が少女に向く。風原の腕に抱えられたまま、少女は何事もないように眠っている。


「一回も起きてないよ。呼吸は普通だから、たぶん眠っているだけだと思うけど……。戻ったら福見さんに診てもらわないと」


「だな。うしっ。近くの安全にも問題ねえなら、さっさと動くとするか。風原。体力は大丈夫か?」


「大丈夫だよ。少し休憩したし、このくらいで疲れるほどやわな鍛え方はしてないよっと」


 少女を揺らさないように注意して、風原は立ち上がる。直接の戦闘に向かないとは言え、風原も戦闘班の一員。小柄な少女一人くらいは軽いものだ。


「ならいい。その子は任せたぜ。それじゃあ出発だ」


「ええ」


「うん。気を付けて行こう」


 洞窟の外へと向けて、3人は歩き出す。


 魔獣から全ての土地を取り戻すことを目標に掲げる風原達には、元の世界でやらなければならないことが山程ある。


 絶対に、生きて帰らなければならなかった。

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