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交わる世界

 創造主による世界の改変。それに伴って世界中に開いた“(ホール)”と、そこから姿を現した魔獣による侵略は“次元災害”と呼ばれている。


 2つの世界を繋ぐ“穴”について、人類が理解していることは極僅かだ。あらゆる計器からの測定を拒み、直接触れることすら出来ない暗黒の渦は、正体までも闇の中に隠している。


 その“穴”の一つ。魔獣より開放した樫枝町の駅前で、風原は自らの旗を握った。


『風原。“穴”の活動を抑えることはできそうか?』


 無線から聞こえる東郷の声に、風原は旗から伝わる手応えを報告する。


「ん~、やっぱり無理そうです。力が足りない感覚と言うか……。押せてるような感触はあるんですけど、押し切るのは無理そうですね」


 “穴”へと干渉できる手応えはある。しかし、風原の加護では力が足りないようだった。


『そうか。了解だ。馬場さんから聞いた自衛隊の情報でも、“穴”を封印するには土地か空間に干渉できる加護持ちが最低3人必要だとは言われていたからな。やっぱり1人では無理なんだろう』


「みたいですね」


 次元災害の直後、自衛隊の手によっていくつかの“穴”は確保されている。当時の迅速な行動がなければ、日本の被害はもっと甚大だっただろう。


『よし、とりあえず1人では無理だと分かっただけ前進だ。これから灰田(はいだ)打木(うちき)を向かわせる。着いたら3人で“穴”の封印を試みてくれ』


「はい。了解です」


 無線に返事を返してから、風原はマイクのスイッチを切る。


 現在は、樫枝町開放作戦の後処理の最中だ。町内の魔獣は掃討したが、この“穴”がある限り、向こうの世界から新しい魔獣がやってくる可能性はある。

 “穴”を塞がなければ、安全を確保したとは言えないのだ。


「灰田さんと打木君が来るまで待機か……」


 呟きながら、風原は目の前の“穴”を見る。不気味に回る黒い渦。太陽の温かな光さえ、その闇を祓うことはできない。

 通常の手段では干渉もできない黒い穴は現実感がなさすぎて、見つめていると引き込まれそうになる。


「封印じゃなくて、消す方法はないのかねえ……」


「いや、本当にね。オジサンも“穴”を消す方法が知りたいよ」


「うおっ!?」


 独り言に返ってきた言葉に、風原は跳び上がるほどに驚く。バクバクと暴れる心臓を抑えながら振り向けば、そこにはいつの間にかヨレたスーツを着た男が立っていた。30代後半ほどの、パッとしない雰囲気の男だ。


「お、驚かさないでくださいよ、馬場さん。心臓が止まるかと思いましたよ」


「やあ、悪いね。無線で話してるみたいだったから、声を掛けづらくてね」


「そんなに前からいたんですか……。せめて視界に入る位置にいてくださいよ。今日はどうしたんですか? まだ見つかってない小型の魔獣がいるかもしれないので、ここら辺は危ないですよ?」


「ははは、心配してくれてありがとう。今日のお仕事は君達の作戦の視察だよ。これでもオジサン公僕ってヤツだからねえ。緊急時である今は、危ないとかどうとか言っていられないんだよねえ。でもまあ、これでもオジサンは逃げ足に自信があるからね。魔獣を見かけたら一目散に逃げるよ」


 風原の目の前で笑う馬場は、次元災害を経て新たに設置された『再生庁』の職員だ。その業務内容には、魔獣に対抗する民間組織への支援も含まれる。

 馬場は、風原が所属する『桜花の解放団』の担当者なのだ。


「瓦礫で足場が悪いので、逃げるときには気を付けた方がいいですよ。それで、視察の結果はどうですか?」


「そうだねえ。実に素晴らしい結果だと思うよ。怪我人なし。町への無駄な被害なし。そして何より、民間組織での土地の奪還は君達が初めてだ。まさに偉業と言っていい成果だよ。おめでとう。担当したオジサンも鼻が高いよ」


 馬場による絶賛に、風原も悪い気はしない。仲間達の活躍が素晴らしかったのは事実だ。


「ありがとうございます。……でも、前みたいに人が住めるようになるのは、まだまだ先になりますよね……」


 一年間魔獣に占拠された町は無残に荒れ果てている。トン単位の重量を持つ鉱物獣の行動により建物や道路は破損し、電柱の倒壊によって電線も破断している状態だ。

 インフラ関係を修復するだけでも長い月日が必要だろう。


「……そうだねえ。避難先での生活もようやく安定して来たところだし、住民がすぐに戻ってくるのは無理だろうねえ。まったく、酷い世の中になったもんだよ。ああ、風原君。タバコ吸ってもいいかな?」


「どうぞ」


「ありがとう」


 礼を言いながら、馬場は懐から歪んだタバコの箱と、高価そうなジッポーライターを取り出す。

 そのまま取り出したタバコを咥え、慣れた手つきで火を点けた。それから美味そうに紫煙を肺へと吸い込む。


「……ふぅ~。いやあ、次元災害よりこっちで良くなった部分を無理やり探すなら、道で堂々とタバコを吸えるようになったってことだよ。ここ数年は特に禁煙運動が盛んだったからねえ」


「そういうもんですか」


「ああ。風原君はまだ未成年だったっけ? 19?」


「はい。今月末で二十歳(ハタチ)になりますよ」


 風原の言葉に、馬場は堪らなそうに紫煙を吐き出す。


「いやあ若い! 若いねえ。うはは、オジサンとダブルスコアだよ。前途有望な若者に幸あれ! ……て、こんな世の中じゃ厳しいのかねえ。はああ……」


 若者に未来を示せない現状に、馬場は溜息と共に紫煙を空に吐いた。


「……去年最悪まで行ったんで、あとは昇っていくだけですよ。きっと」


「ははは。風原君いいこと言うね。いやあ、半端に歳を取ると悲観的な想像ばかりでいけないよ。前向きに生きるのは大切だよね。……まあ、それでも、越えるべき壁が多いのも事実ではあるよねえ」


 馬場は燻るタバコを持つ右手を空へと向ける。その行動に風原も空を見上げた。2人の視界に映るのは透き通った青空だ。だがその青色に、一筋、小さく黒い帯が見える。


 目視では霞んで見えるが、それでも確かに存在するそれは、2人の視線の先で僅かずつ動いていた(・・・・・)


世界蛇(ヨルムンガンド)。名付けたのはアメリカだけど、中々気の利いた名前だよねえ。全長50キロメートルだってさ。世界を飲み込むって程じゃあないけど、山手線一周するより長いんだよ。そんな化け物が人工衛星を落として回るんだから、ははは、笑うしかないねえ」


 成層圏に開いた“(ホール)”から現れた超巨大蛇型魔獣。通称ヨルムンガンド。重力を無視するように、成層圏から月の軌道まで自由に泳ぐ災害だ。

 (ソラ)を自分の縄張りだと示すように行動するこの魔獣によって、人類は星の外への道を失った。


「……確かに、あれをどうにかするのには、かなり時間が掛かりますよね。ミサイルも弾き返すらしいですし。……いつかどうにかできますかね?」


「できると思いたいねえ。とまれ、まずは地上を取り戻すのが先だよ。そのためにも、加護を発現できる君達には期待している。これからもぜひ頑張ってくれたまえ。じゃあ、オジサンは東郷君との交渉事もあるからそろそろ失礼するよ」


「はい。お疲れ様でした。物資はたくさんくれると嬉しいですよ?」


「はははー。それは東郷君と橘君の手腕に期待してくれたまえ」


 風原に手を振って、馬場は駅前から去って行く。


 食料をはじめとした物資は、討伐した魔獣との交換や、再生庁からの依頼達成と引き換えで入手している。

 今後の活動を円滑に進めるために物資に余裕が欲しいと言うのは、桜花の解放団全員の気持ちだ。


「でもあれで、馬場さんは交渉強いらしいんだよなあ……」


 あれで、は失礼か。と、風原は思い直す。雰囲気は多少頼りなくとも、馬場はこのボロボロの状況で確実に職務を果たしている。


 馬場が優秀なおかげで物資が届くのだ。ただ、馬場が優秀な故に必要以上に多くもらうことはできない。


「これがジレンマか……」


 むむう、と悩む風原の元へと、瓦礫を踏む足音が聞こえてくる。風原が視線を向ければ、そこにいたのは同じCチームの荒崎源治郎(あらさきげんじろう)だ。


 風原より3つ年上の22歳だが、去年までは同じ大学の新入生だった。高校を卒業後に単身で海外を2年間旅し、その後に大学を受験したという珍しい経歴の持ち主だ。

 戦闘後というのもあって、逆立った短髪も埃に汚れている。左耳にあるピアスだけが綺麗なまま揺れていた。


「よお、優真。そっちは何もなかったか?」


「何もなかったよ。馬場さんがちょっと来たくらい。そっちは休憩?」


「ああ。大通りはだいたい車が通れるようにしたからな。休憩っつうか、今日はもう終わりだ。後はお前の護衛ってところ。朝比奈も、もうすぐ来ると思うぜ」


「そっか。お疲れさま」


「おう」


 短く返事をして、荒崎は近くある歪んだ鉄柵へと寄りかかる。そのまま上着のポケットを漁り始めた。


「優真。これやるよ」


 風原に向かって荒崎が何かを投げ渡す。風原には、それが一瞬木の皮に見えた。不審に思いながらも危なげなくキャッチする。


「なにこれ?」


「ジャーキー。柳屋(やなぎや)の試作品だってさ。遠慮のない意見が欲しいっつってたぜ」


「へええ」


 風原の手の中には、ほぼ黒に近い硬く乾いた肉片。見た目は、昔見たハードタイプのビーフジャーキーに近いように見える。

 なので、特に警戒もなく口に入れた。だが、咀嚼すると違和感。


「……硬い。すごく硬い……あと、あまり美味しくない」


「だな。元々肉の質がよくないのと、香辛料も足りてえねえな、こりゃ」


 2人で口に入れた硬い肉を噛み続ける。食えるかどうかで言えば、まだ食える味ではあった。


「そもそもこれ、何の肉?」


「なんかの魔獣の肉だって言ってたぜ?」


「だよねえ……」


 次元災害で開いた“(ホール)”は国土の上だけではない。海中や空にも出現した。


 そのために、輸入大国である日本は大打撃を受けている。食肉に限っても、牛や豚のものは現状、ほぼ手に入らない。

 “穴”から現れた魔獣の肉すらも、食べざるを得ない状況だ。


 食肉用に育てられていない強靭な筋肉を持つ魔獣の肉は、当然ながら硬くてあまり美味しくない。


「炙れば少しはマシになるかもな。試してみるか」


 言葉と同時に、ジャーキーを摘まむ荒崎の左手が炎に包まれる。左耳のピアスが、存在を示すように淡く光った。


 荒崎の加護は『炎魔の耳飾り』。


 炎を生み出し、炎を操り、炎に対する耐性を得る加護だ。魔獣すら焼き尽くす炎も、今は肉を炙る焚火代わりに使われている。


 荒崎は軽く焼き目のついたジャーキーを口へと咥えた。


「おっ、さっきよりは食えるな。優真も食ってみろよ」


「ありがと」


 荒崎が炙ったジャーキーを受け取り、風原も再び齧ってみる。確かに、さっきよりマシになった気がした。それでも、あまり美味しくないことに変わりはなかったが。


「はあ……焼き肉が食べたい……」


 思わず出た呟きは、心からの欲求だ。まだまだ若く、そして一般レベルとは言え美味な料理を知っている身からすれば、今の生活は苦しいものがある。


「そうだなあ。牛肉の柔らかさと脂が恋しいぜ。ま、こうやって土地を取り戻していけば、そのうち美味い焼き肉にもありつけるだろうよ。そんときには、やっぱりカルビだな。優真はどうだ?」


「豚トロかな」


「ははは。豚もいいな!」


「あの脂の感じと歯応えが美味しいよね」


 2人は焼肉の話題で盛り上げる。かつて日常にあった食べ物は、今となっては思い出だけの贅沢品だ。


「ずいぶんと楽しそうね」


 そんな2人の前に現れたのは、Cチームの最後の1人。紅一点の朝比奈だ。専用の重量武器も、手足の鎧も外した姿。

 武装を外した代わりに、右手首には細腕に不釣り合いな武骨な腕輪が見える。


 同じチームメイトへと荒崎が気軽に手を振った。


「よお、朝比奈。お疲れさん。さすが、ゴリラパワーは違うな。とこで、焼き肉は何が好き――」


 言い終わる前に、風原の視界から荒崎が消えた。そして、何故か荒崎がいた場所に朝比奈が立っている。――拳を振り抜いた姿勢で。


「ゴリラじゃないと言っているでしょう。私の加護は剛力よ」


 風原はようやく、朝比奈の視線の先でうずくまる荒崎を見つけた。ピクピクと震えているので、生きているのは確実のようだ。


「それと、焼き肉なら牛タンがいいわ」


「ぐ、ふ……。それは、殴らずに教えて欲しかったぜ……」


「それなら殴られないように聞きなさい。それにまだ強化が続いているのだから、そんなに痛くはないはずよ」


「ダメージを計算するくらいなら、はじめから殴るなよ……。ふう、いってー。作戦で無傷だったのに、味方にやられて負傷じゃ恰好がつかないところだったぜ」


 痛みに軽く顔を顰めながらも、荒崎は問題ないように起き上がる。朝比奈の言った通り、王と旗手による強化は継続中だ。派手な吹き飛び方に比べて被害は小さい。


 朝比奈の持つ加護は『剛力の腕輪』だ。


 その効果は肉体を強化することのみ。一点に特化している故に、その膂力は桜花の解放団の中でも随一だ。

 荒崎を数メートル殴り飛ばすのは、むしろ手加減が必要な部類になる。


 風原にとって、荒崎の失言に朝比奈が軽く手を出すのは良く見る光景だった。そのため、特に気にせず会話を再開する。


「朝比奈さん、お疲れさま。牛タンもいいよねえ。ネギはたっぷりで」


「いいわね。色々と片付いたら、また食べに行きたいわ」


 未だに顔を顰める荒崎も気にせず、朝比奈は軽く微笑む。先ほどの暴力沙汰が夢かと思ってしまいそうな笑みだ。


 よく考えると少しおかしいなあ、と、風原は呑気に思った。もちろん口には出さない。佇む姿はクールビューティ。口を開けば毒の棘。戦う姿はアマゾネス。風原にとって、一つ年上のチームメイトはそんな印象だ。

 護身術で何かの武道を習っていたらしいが、それで手が早いのはどうかと思っている。


「風原? どうかしたのかしら」


 綺麗な笑顔が恐ろしい。


「いやいやなんでもないです。おおっと通信だ。ごめんなさいー」


 タイミングよく繋がった無線へと風原は逃げる。朝比奈の勘はとても鋭いのだ。


『東郷から風原。聞こえるか?』


「大丈夫です。どうぞ」


『灰田と打木は後5分くらいでそっちに着くはずだ。用意しておけよ』


「風原、了解です」


 簡潔なやり取りで無線は切れた。あと5分。このまま会話していればすぐだろう。風原は2人へと向き直る。


「あと5分で灰田さんと打木君が来るって。“(ホール)”の封印が上手く行ったら、今日の目標は完全に達成だね」


 明るい展望に、風原は笑みを浮かべなら2人へと伝えた。だがその瞬間、



 ドクンッ、と、風原は何かの鼓動を感じ取る。



「え……?」


 振動の先はアスファルトに突き刺さった『領有の旗』だ。そして風原は、つい先ほどまで旗を通して“(ホール)”へと干渉していた。


 鼓動の原因に風原が思い至ったと同時、視界の端で闇が溢れた(・・・・・)


 “(ホール)”の闇が急激に空間を侵食する。まるで周囲に存在する全てを飲み込むように。影が意思を持って捕食するように。


 風原の視界が黒に染まる。


「優真っ!」


「2人とも捕まりなさい!!」


 焦る2人の声。掴まれた腕の感触。消える地面。感じる全てが歪み始める。





 “(ホール)”は世界を()わす。創造主の命のままに。その役割を果たす。


 闇が収まった駅前には、もう、誰の存在もない。


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