世界シミュレーション仮説
大学に入って初めてのゴールデンウィーク。ふらりと出て来た新宿の駅前で、僕は世界に響く声を聞いた。
『やあ、人類諸君。はじめまして。突然だが、君達がいる世界は私が作ったシミュレーションだ』
性別も歳も判別できない、その声を聞いたのは全ての人類。騒めき出した周囲の音も関係なく、“声”が明瞭に聞こえてきたことを覚えている。
『君達にとって、私は創造主ということになるだろう。ああ、感謝の必要はない。この世界と君達は、ただ私が実験を行うために創ったのだから』
僕達にとって、創造主、と呼ばれるだろう存在は、淡々と話し続けた。録音した音声のように、誰の質問にも答えないまま。
『この世界での実験は、“神の加護を持たない文明はどう成長するか”だ。結果は実に興味深いものとなった。神が存在せずとも、人は自らの心の内に神を生み出し、信仰の対象とする。神の実在に関係なく、人は神を求める、ということが証明された。
そしてなにより、文明の発展に伴う信仰心の変化は、とても観察のしがいのあるものだったよ』
“創造主”が“神の加護”を語る。言葉の内容への疑問は尽きない。だけどそれより、言葉の節々に現れる、まるで過去形のような言い方が気になった。
『だがとても、ああ、とても残念なことに、このままではこれ以上の観測を行うことが出来ない。君達が、自らの手で滅びるからだ』
滅びの宣託に、どうしてか、反論の言葉は浮かばなかった。
『15年後に、君達人類は自分達が起こした戦争によって滅び去る。地球の表層ごと、真っ新に。だけどそれでは私の実験に都合が悪い。だからこうして干渉することにした』
戦争、実験、干渉、何もかもが遠い話のように感じた。
『どうせ滅びるのであれば、君達には別な実験に協力してもらおう。――これより新たに2つの実験を追加する。1つ目は、“神の加護を持たない文明の人類は、加護を得たときにどのような反応を示すか”』
もう一度現れた“神の加護”。
『2つ目は、“異なる2つの世界が交わったとき、どのような反応を示すか”だ。対象の片方は君達の世界。そしてもう片方は、人類発生のための干渉を行っていない世界。神の加護を得た獣の世界だ』
創造主の言葉と同時に、見上げた空に“穴”が開いた。黒く、暗い。ブラックホールのように渦を巻く穴。
その出現に悲鳴や怒号が響いた。だけどそれでも、“声”は拒否を許さないように脳へと届く。
『それではこれより実験を開始する。人類諸君。君達の有意な生を期待しているよ』
頭から“声”が消えた。そして代わりに、“黒い穴”から何かが現れる。
覚えているのは、脆弱な人類を睥睨する縦に開いた瞳孔、狂ったような唸り声。僕は誰のものかも分からない叫び声と、地鳴りのようなビルの崩壊音の中を必死で逃げて――
そして人類は蹂躙された。“穴”の向こうから現れた異形の存在に。
人類同士の争いなんて、どうやっても出来ない程に。
世界は虚構で、文明は半ば崩壊した。それでも僕達は、この偽物の世界で生きて行く。