6/3(木)
宝くじが当たった。高額当選。2週間前に当たってから、換金までの間はなんだか浮いている気分だった。「誰にも言っては行けません」と店員に忠告された。なんだか悪いことをしているよう。部屋から出れなかった。というかいつも出ていないのだが。ニートの日常を繰り返しただけだ。それでも、大金に変わる紙切れを持っているというのは心に重みをもたらした。
これからどうしよう
そう考えていた矢先だった。それでも考えることは同じだった。
これからどうしよう
誰にも言えないのであれば、ないのと同じようなものだった。やりたいことを探さなければ。さして物欲もないのに、時計やブランド品の商品ページを見ていた。店の前まで行ったが他人の家のような気配に足が重くなり、やめた。
銀座で食事をする。美味しい。でも水を頼むのも一苦労。近所のラーメン屋ならセルフサービスで自分のタイミングで水がガブガブ飲めるから良い。銀座の人間は水をあまり飲まないのだろうか。
預金通帳を眺める。嘘みたいな数字だ。子供のいたずらみたいな数字が並んでいた。サラリーマンの生涯年収より遥かに多い。父のこれまで稼いだお金よりも多いのだろうか。そんなものをなぜ僕が手にしてしまったのだろうか。もし父に宝くじが当たっていたとしても、父は仕事を続けると思う。父は仕事に誇りを持っていた。部下からも慕われているようであった。やめてもすることがないだろう。僕みたいになるだけだ。
はて、仕事をする意味に生きるため以外の何かを見つけなければ行けなくなってしまった。彼女を作れば働く気力も沸くだろうと思っていたが、金ができてしまった。彼女を作る気力もなくなった。犬を飼おうか。実家にいるからダメだ。浮気はできない。実家に戻る?それもどうだろう。たまに帰るくらいの方が距離感的に丁度良い。ニートは常にいると煙たがられるが、たまに帰ると歓迎される。寂しいのだろう。多分。僕の方でも毎日犬の散歩に行くより、合えない期間がある方がよっぽど楽しく散歩に行けた。
実家の近くに家を買おうか。それはそれで近所に怪しまれる。母の日に財布をプレゼントしたら「変な商売してないでしょうね?」と言われた。してない。仕事を始めたと嘘をつくか。でも、なんの仕事を?
夢を探すか。映画の台詞で「本当の宝は人生をかけて夢中になれることだ」と言うものがあった。
宝くじ。お金の制約がなくなったことは、その夢中になれることを見つけるキップを手にしたことになったのかも知れない。
高額当選者の本でも書こうか、いやそれはダメだと店員に言われた。そういうところから個人情報が漏れることは多々あるのだと言う。誰にも言えない、匿名ですら伝えられない。ギャッツビーみたいに豪邸を建ててパーティーしたいな。呼べる友人はいないけど。片付け大変そうだし、そんなに、女の子に興味もないし。
犬と二人きりの時に「僕宝くじが当たったんだ」とこっそり伝えた。
犬は寝ていた。雨だから今日は散歩にいけないと思い明日に備えて寝ているのだろう。
僕は散歩に行ってやろうと思った。雨の中びしょ濡れになってやろうと。なんか青春ぽくていいじゃないか。それに散歩道で運命の相手に出会えるかも知れない。自分の所持金を打ち明けても平気な相手に、職業を打ち明けられる相手に。
外では鳥が鳴いてる。雨の中、どこで鳴いているのだろう。鳥小屋を建ててやろうか、鳥たちが休めるように。それも良い。僕は心が弾んだ。自分で材料を買ってきて鳥小屋を作るところを想像して。
それはきっとすごい楽しいと思った。絵の具も色んな色を思う存分使って。
楽しい、きっとすごく楽しいに違いない!
僕はおまじないの言葉を思い出して、寝ている犬を起こさないように呟いた。
「今から48時間以内に素敵なことが起こります。」
犬を撫でたくなったので、今日はここまで。