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千夜一日物語(2024へ)

2020/9/10。晴れ。(気分も大分良い日だった)


今日はクイズ番組をKと観た。


ここまで書いて思った。私は高校の時、なぜ漱石の「こころ」はあの悲惨な章を教科書で取り上げるのか甚だ疑問であった。高校生にやらせるなら父と私とかのが勉強になるし、よっぽど両親のことを考える機会になるだろうと、思っていたのだ。あれは主人公も思春期で親を低く見ているのを改める描写もあるし、教えるのにも良いと思った。教育実習に私が行ったとき、担当の教師にそののことを聞いたら、「そりゃ、文学史に残る悲惨な死の描写だからだ」と言っていたがなんだか濁された気分だった。文学史に残る悲惨な死

なら三島を取り上げるべきだろう。だけど教科書に三島の作品は1つもなかった。


実習に行ってから五年が経ち、ようやく、一つの解のようなものを閃いた。なぜ漱石がKを死なせたのか。Kとはすなわち登場人物の中でも名前がない。つまり存在しないメタファーだと言いたかったのではないだろうか。そしてKとは「こころ」漱石は叶わぬ恋に破れた弱いこころを作品の中で殺したのではないか?自分自身がその恋(或いは夢?夢に恋することもあるだろう)への未練に踏ん切りをつけるために。もしくは同じ境遇の男達へのメッセージとして、Kを殺したのではないだろうか?

この考えが出た頃、私もまた自分の中のKを殺したのかも知れない。

よしよし。私の心よ。よくやった。お前は優しくて偉い。私が褒めてやろう。いつもありがとう。そして漱石よありがとう。

そういえば私の本名もK。奴は私に時空を越えて挑戦状を渡したのだろうか。


もう顔も見なくなって久しくなる。そして代替わりした医者もまた、世代交代の時刻がやってきたようだ。

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