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思考実験「~について」

思考の実験をしようと思う。

幻想的な話ではあるが、ある男から聞いた話だ。


「思考は現実化する」と言う考えを知っているだろう?もしそれが真ならば、思考は現実化すると言う思考を持つことで思考は現実化されるんじゃないか?と父さんは思うんだ。逆に言えば今君が見ている現実は、そして今君が【読んでいる】この文章さえも君の思考がもたらした産物なんだと言うことだ。


※「読んでいる」を「書いている」にしたら僕個人のみへの僕の思考からのメッセージとなる。



僕が書いた文章が僕自身へのメッセージになると言うのは不思議な気分だ。僕はこの文章を打つことを思考したのだろうか。全く覚えていない。思考とは、人間は思考のみで生きていると言っても過言ではない。それくらいに思考を続けている。瞑想や単純な体操をしているときでさえも気を抜くと思考してしまう。だからと言って気を入れて思考をするのも大変だ。思考は次から次へ川の流れに乗る木の葉のように映り変わっていく。文章を打つことさへ、気を抜けば目的が分からなくなって多重人格よような文になってしまう。兼好法師が「徒然なるまま~」と表して始めたあの書物も思えば多重人格のような気がする。常に人は変わっている。人の気は変わっている。恐ろしい。だが美しくもある。今この瞬間の自分と言う気は今しか味わえない。そのように思えば美しいとさえ思うのだ。自分の思考の変化、感情の変化、それを楽しむべきだと悟った。魂は傷付かない。魂は傷付かない。快も不快も全てを楽しんでいる。それは生きているからこそ得られる体感であるからである。宇宙体験。とでも言えるか。


思考を、思考を美しいものに向けようと思う。美しい言葉で人生を彩ろうと、美しい心を目指して生きようと思った。人間としての高みを。ガンジーの死の直前までの振る舞いのように。それが本当ならばの話だが、でもそう言うものを目指していきたい。私は生きているのだ。それも思考の結果だろう。思考が見せている錯覚かもしれない。でもそれでも言い。私はこの宇宙の中で魔法にかけられている。美しい魔法に。ならば楽しむしかない。無に行き着くまで。


※これを書いたあと、スーパーに買い物に行ったらシャンプーの陳列棚の所に亡くなった女優の広告写真を見た。彼女は先日自ら命を絶った。会ったことはないが映像で幾度もみて、綺麗だと思っていたと思う。でもきっと僕も他の大勢の視聴者と同じく、彼女が亡くなっていなければその美しさを立ち止まって考えることも感じることもなかったと思う。救えなくて申し訳ない。彼女が成仏しますように。合掌。


2020/5/2 田舎のスーパーのフードコートにて。

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