蘇生
さて、夜半──
戦士たちは、ふたたび中庭に集まっていた。昼間と同じ格好をしているものもいれば、着替えたものもいる。
中庭にはいくつか物が増えていた。いちばん気になるのは、白布がかけられた大きな箱のようなもの。メイの背丈より、頭ふたつ分は大きい。
メイは、細身の長剣を腰にさし、防具を身につけている。胸と腹部を覆う部分鎧であるが、鉄製で分厚く、およそ矢も槍も通さない。そのかわり重いので、魔術で軽くする。
全身鎧を身に着けないのは、メイの技術では、複数のパーツを同時に軽量化するのが難しいからである。
鎧の下は、普段着と変わらない。前合わせの着物に、足首までのズボンの上から膝丈のスカート。ただ、帯だけはきつく締めてある。
「さあ、」
ラナは、昼間の服装とはかわって、ゆったりした白い貫頭衣をきて、腰と胸の下を紐でぎゅっと締めていた。よく見ると、布のところどころに金色の刺繍がしてある。
「月も、星も、きれいに見える夜ですね。」
にっこりと笑って、ラナは芝居がかった様子で手をかかげた。
季節は、春の終わり。肌寒いというほどではないが、暖かくもない。空は晴れていて、まじりあった月光と星光が広場を照らしている。
召使いたちが、篝火台に灯をともす。まるで昼間のように明るくなる。
「今宵の戦いを、皇帝に捧げましょう。それでは、まず……」
ぽんと、手を叩く。それが合図であったらしく、腰に剣をさした、下人らしき二人の男が、広場に入ってくる。
男たちは、向かい合って立つと、同じような構えで両手で剣をもち、身を傾けた。
柄に装飾がなされた、石に叩きつければぽきりと折れそうな細身の剣である。
「前座であります。この男たちは、デミギア家の家人です。まずは、ご覧ください」
そういって、ラナは、すす、と広場の端までさがる。
ちょうど、小川の外にいる戦士たちと、広場をはさんで向かいあう格好である。
さて、二人の男は、どちらからともなく剣を動かしはじめた。
まずは、剣先がやっと触れ合うていどの距離で、かしゃんと重ね合う。
じゃん、じゃん、と型演舞のようにリズムよく剣先を打ち合わせているうち、二人の足がだんだん近づいてゆく。
しゃん!
ひときわ大きな音とともに、二人の剣が交差する。
ぎりり、とバインドしたかっこうになり、片手ずつの力くらべ。数秒そうしてから、右側の男が、ふいと力をそらすように剣を傾ける。同時に、空の左手を、抜身にそえるようにあてて、両手で剣を保持するように動く。
相手が、跳んだ。後ろにである。
主導権を握られるのを嫌って、逃げたのだ。
左手を剣身からはなして、追うように突きをいれる。が、遅い。跳んだ男はすぐに体勢をたてなおして、突きをかわす。カウンター。前傾姿勢となった男の脇腹を、剣が貫く。
が、そこで戦いは終わらなかった。
腹を貫かれた男が、両手で剣を握りなおし、右から左へ、大きく振り抜いたのである。
首が飛んだ。
ごろりと、剣を握ったままの男の頭が地面にころがり、倒れた。
それから、腹を貫かれた男も、膝をつき、前のめりに倒れる。血を吐いて、目を見開いたまま。
「……いかがでしょうか。ところで、」
ラナは顔色ひとつかえず、目を細めてかすかにわらったまま、
「生と死は戦士のならい。死者はことほいで送り出すべきものですが、
……今宵は、特別です。このように。」
つかつかとサンダルをならして、ふたりの男の死骸に近寄っていった。
血だまりに足跡をつけながら、膝をまげてしゃがんで、落ちた首を両手でそっと持ち上げて、胴にくっつける。それから、
「セリ、セリ、ライサント、メリヤ、キリ、ラーサータンナ、ヤー、メリヤ、メリヤ、オーカマヤ、ララス」
ろうろうと、うたを読み聞かせるように、となえる。
すると、
倒れていた男たちが、ふたたび立ち上がった。
戦士たちは、みな一様に、ぽかんと口をあけて見守るばかりだった。だれかが、「手妻であろう、」とつぶやいた。
「あら、」
ラナはくすくすと笑って、
「手妻とおっしゃいましたか。手妻といえば、帝都随一の手妻使いであられるケイ様は、たねがおわかりになりましたか?」
メイは反射的に、ケイ=バムン──全身をマントで包み、顔を隠した男──のほうを見た。男は身じろぎもせず、小さく、「たわごとを、」とつぶやいただけだった。
「……このように、今宵にかぎっては、戦いによって死したものは、ふたたび立ちあがることができます。皆様、ご安心ください」
とうてい、信じられることではなかった。おもわず、モリスのほうを見ると、少年はじっとラナのほうを凝視して、「しかし、なにも知らぬ者からみれば──われわれがつかう魔剣術も、同じようなものかもしれません」とつぶやいた。
いわれて、ようやくメイは気がついた。
さきほど、ラナがとなえた言葉。
あれは、サラン家のものが魔剣術において使う古代言語と同じではないのか。
といって、メイの知識では、その意味まではわからない。
雑念をふりはらうように頭をふって、ぎゅっと眉をしかめるしかなかった。